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ロジェ村での出来事を話すと、ヴォルフラムは驚愕した様子で固まった。かなり動揺していると分かる。珍しい。

「……その話は本当、なんだよね?」

「はい、嘘ではありません。調べまわるなど勝手な真似をしてしまい、すみませんでした……」

怪訝そうな顔で見られて、余計な事をして怒らせてしまったかも知れないと萎縮する。

「いや、それは構わない。そうではない、そうじゃないんだ……」

困惑した様子のヴォルフラムは独り言の様に呟きながら、口元を手で覆う。怒っている訳ではなさそうだが、かなり考え込んでいる。

「ルネはもう……随分と昔に亡くなっているんだ」

ヴォルフラムが話すには、ルネはベリンダ妃が亡くなった一年後に自ら命を経ち亡くなったそうだ。ベリンダはルネが気に入らなかったらしく、それまで酷い嫌がらせをしていたらしく、ベリンダが病で亡くなると、それを理由にベリンダ妃を殺したのがルネだと噂された。彼女は精神を病み、ベリンダの死から一年後に自害してしまった。遺体は故郷のロジェ村へと返された。それはもう十三年も前の話だと言う。
ヴォルフラムの話を聞いたユスティーナは、苦笑した。

「……始めは全く気付かなかったんです。ただ少し不思議な雰囲気の方だとは思いましたが」

ユスティーナが見たあの墓には、ルネと名前が彫られていた。それを見た瞬間、彼女をがもうこの世のものではないと、分かった。ただ嫌な感じはしなかったし、ヴォルフラムの事を知る事が出来るならと特に気にはならなかった。寧ろだからこそ、彼女の話は信じられるとも言える。彼女がヴォルフラムに恨みがない限り、嘘など吐く必要がない。生きている人間と違い、損得の余計な感情はないと思うから……。

「ルネ様からお聞きした事が全てではないとは分かっています。ですが、迷いを払拭し私の気持ちを固めるには十分でした」

彼女と話を終えた時、ユスティーナの中からは迷いや不安は消え、胸の痞えが取れた。

「ヴォルフラム殿下……私は未熟者で、正直頭も良くありません。容姿も人並みで、特別なにかに秀でている訳でもない。私にあるのは、オリヴィエ公爵令嬢という肩書きだけです。それと、貴方を想う強い気持ちだけは誰にも負けないと、胸を張れます」

ユスティーナは少し意地悪そうに笑って見せると、彼は戸惑った。何時もと立場が逆転している。そんな珍しい彼の姿が可笑しくて、愛おしい。

「なので実質私が貴方に差し上げられるのは、この身一つとなります。それでも、ヴォルフラム殿下が私を望んで下さるなら……私は貴方と共に地獄にだって堕ちる覚悟です」


◆◆◆

ユスティーナの言葉にヴォルフラムは情けない事に戸惑うしか出来なかった。彼女が一ヶ月前、急に遠方へと出掛けて行ったと報告を受けた時も驚いたが、まさか彼女がルネと会ったとは嘘の様な話だった。先程ユスティーナにも話したが、彼女はヴォルフラムが七歳の時に亡くなっている。その彼女と会ったと言う事は、ユスティーナは彼女の幽霊と遭遇した事になる。しかもだ、会うだけではなく人生相談的なものをしてきたと言うのだから、驚くやら呆れる他ない。

ヴォルフラムは乳母のルネの事は気に入っていた。ユスティーナの話では彼女は母代わりすらなれなかったと言っていたそうだが、それは違う。地獄の様な日々の中で、感情が分からなくなっていたヴォルフラムはどう表現すれば良いのかが分からなかっただけだ。
ルネはヴォルフラムにとって唯一家族と認識出来る存在だった。ただ身体を慣らす為に毒を飲み、症状が何時もよりも重かったあの夜、彼女を拒絶した。心配を掛けたくない反面、床に転がる無様な姿など見せたくなかった……。ただ本当に彼女が部屋を出て行ってしまった瞬間、勝手な話だが、見捨てられた気がしてしまった。それからそれまで以上に彼女とどう接すれば良いのか分からなくなり、無意識に距離をとる様になった。

そして彼女が死んでから、それを後悔をした。

生母のベリンダ妃が病で死に、なんともつまらない理由からルネが殺したのだと噂が広まった。周囲から彼女が白い目で見られているのは気付いていたが、愚かな自分は取るに足らないとそれを放置してしまった。そして次第に彼女の様子はおかしくなっていき、最後には自ら命を絶ち死んだ。

滑稽な話で、本当の意味で彼女を見捨てたのは、自分だった。

ルネの最期をヴォルフラムは知らない。彼女は城の納屋で首を吊っていたと聞かされた。足元には遺書と呼べるか分からないくらいの小さな紙切れが落ちていて「ヴォルフラム殿下には見せないで下さい」とだけあったそうだ。理由は分からない。だが彼女の意思を尊重し、亡くなったルネとヴォルフラムは対面する事は無かった。その後、遺体は故郷である村に返され埋葬したと聞いた。普通ならば墓参りくらいはと思うが、一度も行った事はない。ヴォルフラムは一見すると自由奔放にしている様に見えるかも知れないが、実際は王太子である自分はそう簡単に遠方などへは出掛けられない。ヴォルフラムが自由に動き回れるのは、精々城下周辺の数刻で行って戻れる距離だけだ。それくらいなら居なくなっても、幾らでも誤魔化しが利く。

話は戻るが、ルネが亡くなる前日、彼女は何時もと様子が違った。その頃ヴォルフラムはもう七歳になり、乳母であるルネとは過ごす時間は殆ど無くなっていたのだが、あの日だけは彼女は朝から晩まで片時もヴォルフラムの側を離れなかった。夜ベッドに入り、まるで赤子にする様に寝かしつけをしようとするのでヴォルフラムは拒否をしたが、珍しく頑なに譲らなかった。

『ヴォルフラム殿下、良き王になられますよう……』

眠りに落ちる寸前に聞こえた、彼女からの最期の言葉を思い出した。




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