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「何もかも分かっていたんだ、兄上は……。ジュディットがあんな事件を引き起こした事さえ、分かりながらワザと何もしなかった。その理由は彼女を破滅させる為だ。私がこうして平民となったのも、ジュディットが処刑されたのも全て兄上の思惑通りだ。」

「⁉︎」

ユスティーナは、弾かれた様にレナードへと顔を向ける。

「どうして……そんな……何故……」

動揺して上手く言葉が出ない。暫くユスティーナは黙り込んだ。レナードはそんなユスティーナを急かす事はせずに、黙って待っていてくれた。少し気持ちが落ち着き、独り言の様に呟く。

「……私には、分かりません。……何故、ヴォルフラム殿下は、ジュディット様やレナード様を陥れようとしたんでしょうか……。ジュディット様はヴォルフラム殿下の大切な婚約者で、レナード様は大切な弟君だった筈です……それを、そんな……分かりません、おかしいです、変です……」

動揺が隠しきれず、取り乱してしまう。そんなユスティーナをレナードは凝視する。

「恐らく君を手に入れる為……だろうな」

「……」

ポツリと言ったレナードの言葉にユスティーナは驚き口を噤む。そんな事はあり得ない。ヴォルフラムが自分などの為にジュディットやレナードを意図して破滅させたなどと、流石に冗談が過ぎる。

「一体何時から策略していたのかまでは分からない。だがあの人は自分の欲しいモノの為に、手段は選ばない。障害となる邪魔なモノは徹底的に排除する。穏やかで優しい仮面の下は、冷酷非道で無慈悲だ。それを知っている者は殆どいないだろう。弟の私すら兄上の本性を知ったのは、あの事件の時だったからな」

彼はそう話しながら自嘲気味に笑う。
俄には信じ難い。だがレナードが嘘を吐いている様にも見えず、ユスティーナは困惑するしかなかった。

「もしもそれが事実なら、理解に苦しみます…………。どうして、ヴォルフラム殿下は私みたいなつまらない娘を選んだのでしょうか……。私は元々オリヴィエ公爵の娘、その肩書きしか取り柄の無いような平凡でつまらない娘です。王太子殿下である彼がそうまでして手に入れようとする価値のある人間ではありません……」

婚約者であったジュディットの方が余程価値があった筈。絶世の美女であり、肩書きも申し分なかった。
そう考えると、後は彼の目的はやはりオリヴィエ家しかない。だが……。

「ヴォルフラム殿下に取って、オリヴィエ家はそんなに重要な存在なんですか?こんな醜い姿になっても娶りたいくらいに……」

レナードの話が嘘か本当かは分からない。だが色んな感情が溢れてくる。理由はどうあれ、そうまでして自分を望んでくれている彼に期待や喜びが生まれ、だがその一方でそれはユスティーナのオリヴィエ公爵令嬢と言う肩書きの為だという事実に悲しみを感じ、更に醜い姿になってしまった現実を改めて思い知り落胆し息苦しくなる。

ロイドには『私もこうして生きているの。贅沢は言えないわ』エルマには『私はこれくらい平気よ』そんな風に強がった癖に、本当は全然平気なんかじゃなかった。
後悔なんかしていないと必死に自分自身に言い聞かせていたが、全身の火傷の痕を見る度に消えてしまいたいと思う情けなく弱い自分がいる。本当はヴォルフラムに見放されるのが怖いだけだ。捨てられて傷付くのが怖いから先に彼から離れ様としている、ただそれだけ。

私は、身体だけじゃなくて心まで醜いー。

「私は君が醜いなどとは思わない。女性の君にこんな風に言っても嬉しくはないかも知れないが、その痕は人の命を救った証であり勲章と同じだ。それを蔑む人間こそ醜い。だから、余り自分を卑下する必要はない」

彼なりに慰めてくれているのだろう。ユスティーナは泣き笑いの様な表情になる。

「兄上が君を欲する理由までは私には分からない。知りたいのなら本人に直接聞くしかないだろう。ただあの人が、本当の事を話すかは難しい所だがな」

そこまで話し終えるとレナードは真っ直ぐと正面へと視線を遣る。そこにはリックが立っていた。ユスティーナは徐に立ち上がるとレナードに挨拶をし頭を下げた。そして踵を返す。

「ユスティーナお姉ちゃん!」

リックが待ちきれないとばかり、駆け出して来たかと思えばユスティーナに抱きついた。それをユスティーナは確りと受け止めるとギュッと抱き締めた。


◆◆◆

ユスティーナがリックと暫く抱擁を交わした後、二人は裏庭から去って行く。レナードは一人ベンチに座りその光景を眺めていた。

「良かったんですか?彼女に貴方の本性がバレてしまいましたよ?どうして、止めなかったんですか……兄上」

レナードがそう言うと、木の陰からヴォルフラムが姿を現した。
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