36 / 63
35
しおりを挟むヴォルフラムが部屋を出て行った後、侍女の一人が空気を入れ換える為に窓を開けた。ユスティーナは部屋に入ってくる爽やかな風に、瞳を伏せる。心地が良い。そして暫くすると、遠くで鐘が鳴り響く音が聞こえた気がして、思わず目を開き窓の外へと視線を向けた。
後から知った……この日ジュディットが処刑されたのだと……。
「姉さん、具合はどう?」
「ロイド、大丈夫よ。まだ一人で歩くのは難しいけど」
ユスティーナが目を覚まして一ヶ月経つ。目を覚ました部屋は離宮の一角にある部屋だった。王太子であるヴォルフラムの為に造られた此処は、彼の許可を得た人間しか入れずとても静かだった。
「元気なったら、リックやシスター達に会いたわ」
教会と孤児院は全焼してしまい、彼等は今はヴォルフラムが用意してくれた建物で生活していると聞いた。
「ヴォルフラム様には、感謝ばかりね」
それに、瓦礫の下敷きになったユスティーナとリックをあの炎の中、命を掛けて救い出してくれた。彼は命の恩人だ。
「……」
「ロイド?」
急に黙り込み眉根を寄せる弟にユスティーナは首を傾げるが、視線を首元に感じ弟が何を思っているのかが分かり苦笑する。
「痕が、残っちゃったね」
そう言われ、自分の首筋に触れた。目覚めた時には既に痛みはなかった。だが、首筋だけでなくユスティーナの身体の至る所には火傷の痕が残っている。顔だけは無傷だったのが幸いだと思う。
「リックも無事で、私もこうして生きているの。贅沢は言えないわ」
「確かにそうかも知れないけど……」
言葉とは裏腹にロイドは不満そうに口を尖らせる。
「ねぇ、姉さん。そう言えばあの事は、ヴォルフラム殿下にはもう話したの?」
「……ううん、まだ。でもきっと、ヴォルフラム様も私と同じ気持ちだと思うの。だから大丈夫よ」
ユスティーナはそう言って微笑んだ。
こんな全身傷だらけの自分は彼には相応しくない。潔く身を引くのが当然だ。今はまだ療養中故に彼も何も言わないが、ヴォルフラムも同じ様に考えていると思う。
それから更に一ヶ月が過ぎ、ようやくユスティーナは普通に歩けるまでに回復をした。その間ヴォルフラムは一日として欠かさずユスティーナを見舞ってくれた。彼の優しさに、嬉しく思う反面胸が苦しくなった。
「ヴォルフラム殿下には本当に感謝してます。ありがとうございました。この御恩は生涯決して忘れません」
ある朝、何時もの様に彼が部屋を訪ねて来た。ユスティーナは身支度を整え彼を待っていた。彼が部屋に入って来るとユスティーナは立ち上がり、正式な礼をとると感謝の言葉を伝えた。するとヴォルフラムは驚いた様子で目を見開く。
「ユスティーナ、改まってどうしたの……」
「見ての通り、私はもうすっかり元気になりました。これも全てヴォルフラム殿下のお陰です。ですが、これ以上ヴォルフラム殿下にご迷惑はお掛け出来ません。ですからそろそろ屋敷へ戻ろうと思います」
「迷惑なんてあり得ないよ。君は僕の婚約者なんだ。確かに婚儀はまだだけど、今更屋敷に帰る事もないだろう」
戸惑う彼にユスティーナは、微笑んだ。
「ヴォルフラム殿下、私と婚約を解消して下さい」
63
お気に入りに追加
5,117
あなたにおすすめの小説
あなたの姿をもう追う事はありません
彩華(あやはな)
恋愛
幼馴染で二つ年上のカイルと婚約していたわたしは、彼のために頑張っていた。
王立学園に先に入ってカイルは最初は手紙をくれていたのに、次第に少なくなっていった。二年になってからはまったくこなくなる。でも、信じていた。だから、わたしはわたしなりに頑張っていた。
なのに、彼は恋人を作っていた。わたしは婚約を解消したがらない悪役令嬢?どう言うこと?
わたしはカイルの姿を見て追っていく。
ずっと、ずっと・・・。
でも、もういいのかもしれない。

旦那様は離縁をお望みでしょうか
村上かおり
恋愛
ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。
けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。
バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません
しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。
曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。
ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。
対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。
そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。
おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。
「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」
時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。
ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。
ゆっくり更新予定です(*´ω`*)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。
緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」
そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。
私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。
ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。
その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。
「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」
お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。
「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」
王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?
ねーさん
恋愛
公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。
なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。
王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!
【完結】私の婚約者は、いつも誰かの想い人
キムラましゅろう
恋愛
私の婚約者はとても素敵な人。
だから彼に想いを寄せる女性は沢山いるけど、私はべつに気にしない。
だって婚約者は私なのだから。
いつも通りのご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不知の誤字脱字病に罹患しております。ごめんあそばせ。(泣)
小説家になろうさんにも時差投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる