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しおりを挟む「姉さん、おめでとう!姉さんは自由になったんだ」
夕方屋敷へ戻ると、ユスティーナの帰りを待ち構えていたであろう弟のロイドから、開口一番にそう言われた。意味が分からず首を傾げると、弟は笑った。
「姉さんとレナード殿下の婚約が解消されたんだ!」
突然の事にユスティーナは呆然とする。
「今朝、ようやく陛下が正式に書面にしてくれたんだよ!でも折角婚約解消になったっていうのに、姉さん中々帰って来ないからさ。僕早く知らせたくて知らせたくて仕方が無かったんだよ?あぁそうだ!今夜はお祝いだから、姉さんの好物いっぱい用意させたんだ!だから……」
興奮気味に話すロイドが差し出した正式な婚約解消の書面を、ユスティーナは無言で受け取り目を通す。どうやらユスティーナを揶揄っている訳ではなく事実の様だ。
「……ごめんなさい、ロイド。少し一人にさせて」
やはり、自分は彼には必要とされていなかった見たいだ。
ユスティーナは自室に戻ると、ランプを窓縁に置いてその場にしゃがみ込んだ。行儀が悪いが、そのまま床に座り膝を抱えた。
ずっと、彼に必要とされたかった。彼に憧れ、彼の様になれたらと思った。彼の婚約者になれて嬉しかった。誇らしかった。彼に自分を見て貰いたくて、認めて貰いたかった……。
だが彼はそんなユスティーナとは対照的に、ユスティーナにはまるで関心がない様で、彼の兄の婚約者であるジュディットばかりを見ていた。それでも何時か、彼が自分を見てくれる日が来るかも知れないと淡い期待を抱いていたが、結局それは無理だった様だ。
ユスティーナとレナードが出会ったのは今から六年前の事で、ユスティーナが十歳の時だ。
その日、ユスティーナは父に連れられ登城した。特に何も聞かされておらず、中庭へ連れて行かれそこで待つ様にと言った父は、一人何処かへといなくなってしまった。
暫くは大人しく座って待っていたユスティーナだったが、中々戻らない父に退屈になり中庭を離れた。
初めての城に浮かれていた事もあって、調子に乗ってしまい気付いた時には、完全な迷子になっていた……。
此処さっきも通った気がする……どうしようー。
『お前がやったに決まっているんだ‼︎』
『⁉︎』
ユスティーナが途方にくれていた時だった。突然怒鳴り声が聞こえて来て、思わず身体を震わせる。一体何事だろうかと、柱の陰からこっそりと声の方を覗いてみると、見るからに傲慢そうな男が青い顔をした青年を怒鳴りつけていた。
『わ、私は本当にやっていません!信じて下さい!』
『この期に及んでまだ口答えをするつもりか‼︎これだから平民は嫌なんだ!信用なんてまるで出来ない。あれはな、お前の様な卑しい身分の人間が一生掛かって働いても買える様な代物ではないんだぞ‼︎』
男に殴り飛ばされた青年は地面に倒れてしまう。更に男は青年を足蹴りし、手を踏み付けた。青年は呻き声を上げている。ユスティーナはその光景に目を見張り、恐怖に声すら出ない。助けてあげなくてはと狼狽えるが、身体が全く動かない。
だ、誰か‼︎ー。
祈る様に両手を握り締めたその時だった。
『何をしているんだ』
深く蒼い瞳の美しい青年が現れた。彼はツカツカと歩いて来ると男と倒れ込む青年の間に立つ。
『殿下⁉︎あ、あのですね、殿下。その下男があろう事か、蔵にあった美術品を壊したんです‼︎』
『ち、違いますっ、私が蔵に入った時には既に壊れていて』
『煩い!黙れ、まだそんな嘘を』
男が殿下の横を擦り抜けまたもや青年を足蹴りしようとしたが、殿下が男の腕を掴み後ろに押し退けた。
『殿下っ⁉︎何をなさるのですか⁉︎』
『彼は違うと言っている。先程からお前の煩い声は廊下に響いていたぞ。平民だから何だ?そんな下らない理由だけで彼を犯人扱いするなんておかしいだろう』
『しかし、殿下っ!どう考えても犯人はこの男なんです‼︎平民が言う事など信用出来る筈がない‼︎』
『黙れ。平民だから貴族だから何だと言うんだ。同じ人間だろう。信用出来るかどうかは関係ない。私は彼より、お前の方が余程信用出来る様に思えないがな』
『っ‼︎』
『この件は私が引き受ける。もうお前は下がれ』
殿下に睨まれた男は不満そうにしながらも、頭を深々と下げると逃げる様に去って行った。そして殿下は青年へと手を差し出す。
まるで、騎士様みたいー。
ユスティーナはそう思い、目を輝かさせた。
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