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しおりを挟むユスティーナは呆気に取られて固まった。目を見開きダラシなく口が半開きになってしまう。だが仕方がない。それだけ驚愕したのだ。
「あ、の……」
暫くして我に返ったユスティーナが声を上げようとするが、彼は顔の前で人差し指を立てて笑った。所謂静かにと言う意味だ。
「シスターサリヤ、少し彼女をお借りしても宜しいですか」
彼はそう言うとユスティーナの手を取り、人目がない木陰へと移動した。
「あ、あの、何故殿下が此方に⁉︎」
「さっきシスターサリヤが説明してくれた通りだよ。たまたま柄の悪い男にあの子が絡まれていて助けたんだ」
「い、いえ、そう言う話ではなく」
慌てふためくユスティーナは周囲をキョロキョロと見渡す。それに気付いた彼は軽く笑った。
「僕一人だから大丈夫だよ」
その言葉に更に驚愕して、慌てた。何が大丈夫なのかが全くもって分からない。寧ろ全然大丈夫ではない!
「冗談ですよね⁉︎」
失礼な態度だが今はそれどころではない。
「え、冗談じゃないよ」
爽やかに笑う彼を尻目にユスティーナは再び固まった。
「街を視察しようと思ってね。平民等の生活を知るのも大切だからね、って言うのは建前で正直なところ息抜きがしたくてさ」
「でも、お供も付けずに危険過ぎます!」
「大丈夫だよ、さっきリックも言ってただろう?僕こう見えてすご~く、強いんだよ?」
戯けた様に話す彼にユスティーナは脱力する。眉根を寄せて彼を見遣る。
「僕の事、心配してくれるの?」
「勿論です!殿下は」
「王太子だから?」
「それは」
「それとも、僕がレナードの兄だからかな」
「……」
含みのある笑みを浮かべ、深い蒼色の瞳が真っ直ぐにユスティーナを見遣る。思わず息を呑む。彼はレナードの兄でありこの国の王太子のヴォルフラム。あのジュディットの婚約者でもある。
「それにしても奇遇だね。こんな所で君に会えるなんて嬉しいな。実はね、ユスティーナ嬢。君と話したかったんだ」
これまで彼とは挨拶程度で、余り話した事がない。まして二人きりなどと……緊張から顔が強張り、喉をごくりと鳴らす。一体何を言われるのだろうか。
「君には弟と僕の婚約者が随分と迷惑を掛けてしまっている様だから、一言謝りたくて。ごめんね」
まさか謝罪をされるとは意外だった。逆に「君が確りしないから弟がフラフラとジュディットへと行ってしまうんだ」くらい言われてお叱りを受けるのではと思っていた。
「いえ、そんな……。私に魅力がないばかりにレナード様はジュディット様の元へ行かれてしまうんです。ジュディット様は殿下の婚約者なのに、私の所為で申し訳ありません」
自分で言って自分で落ち込む。不甲斐ない自分が情けない。ユスティーナは項垂れた。
「⁉︎」
すると、ヴォルフラムに頭を撫でられた。目を見張り彼を見るが、ヴォルフラムは優しく笑む。
「君に落ち度はないよ。弟は君と婚約するずっと以前からジュディットの事が好きだったんだ」
ユスティーナは、その言葉にハッとする。
レナードとジュディットは幼馴染だ。無論ヴォルフラムもだが。
ヴォルフラムとジュディットが婚約したのは十年程前で、もしかしたらそれよりも前から彼女の事が好きだった可能性がある。だとしたら兄に好きな女性を奪られてしまい、それでも尚未だ彼女を思い続けている事になる。その間ユスティーナと婚約もしている。それでも諦めきれないでいる……。
敵わないー。
改めて、痛感した。高々数年の月日の付き合いの自分……容姿、性格や人柄だって彼にとって魅力的なのは全てにおいてジュディットだ。
「殿下は、平気なんですか……。レナード様とジュディット様が仲良くされていて」
何時かの令嬢達が噂していた言葉が蘇る。
レナードがジュディットをヴォルフラムから略奪する。あれだけ噂になっているのだ。きっとヴォルフラムだって耳に入れた事くらいはあるだろう。
「君には悪いけど、本音で言えばレナードがジュディットを奪ってくれるなら、そんな嬉しい事はないと思ってる」
「え……」
ユスティーナは耳を疑った。一瞬何を言われたのか理解出来なかった。
「僕はジュディットに興味も関心も無い。彼女が何処の誰と一緒に居ようがどうでもいい。それが実弟だとしてもね」
「そんな……」
「実はねここだけの話、僕には好きな女性がいるんだ」
ヴォルフラムの予想外の告白に、ユスティーナは唖然とした。あんなに美しい婚約者がいるにも関わらず別に好きな女性がいるなんて信じられない。
ユスティーナは動揺しながらもヴォルフラムの射抜く様な眼差しに、目が逸らせなかった。何故だが心臓が煩く脈打つのを感じた。
「軽蔑、したよね。婚約者がいるのに、別の人が好きだなんて。僕もレナードと変わらないね」
自嘲気味に笑うヴォルフラムに、ユスティーナは何も言えない。彼を否定するならばレナードの事も否定する事と同義になってしまう。
「ジュディットとは婚約はしているけどそれは政略的なもので、気持ちまでは縛られたくないんだ。僕は彼女が……好きだから」
一寸も目を逸らさないヴォルフラムに、まるで自分に言われている様な錯覚を起こし変な気分になる。
「だからレナードの気持ちも分かるんだ。でもそれと同時に、酷く彼に嫉妬もしている」
何故レナードにヴォルフラムが嫉妬するのか分からない。やはり彼はジュディットが好きなのだろうか……。ユスティーナは困惑をする。するとヴォルフラムはユスティーナの頬に触れ顔を近付けてきた。余りの事に動けずにいると、彼は耳に触れそうな程に唇を寄せる。熱い息が耳に掛かり思わず身体を震わせた。
「僕が好きな女性は、君だよ、ユスティーナ」
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