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第2章

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「ん?…は⁈…う、うわっ⁈」


ぼふっっ‼︎‼︎。

青年は突如悲鳴と共に上から降って来た人間らしきものを咄嗟に受け止めた。そして受け止めたのはいいがそのまま勢い余って地面に転倒してしまう。

「っ…一体何が…」

青年は身体を打ちつけた衝撃に痛みを感じ顔を歪ませる。暫しの間の後、恐る恐る腕の中にある柔らかな何かを覗き込んだ。

「えっと…人、か…?」

「へ…きゃあ‼︎す、すいませんっ‼︎」

薄暗い中、雲間から月が現れ照らし出す。そしてその腕の中の何かを確認した。…その正体は愛らしい天使か…と見間違う程に美しい少女だった。青年は顔は一気に真っ赤に染まり視線が泳ぐ。落ち着かない様子に見える。

「い、いや…その、君、大丈夫?怪我、して、ない?」

かなり辿々しく不自然な喋り方になってしまった。

「私は、大丈夫です…でも貴方が…」

少女は恥ずかしいのやら申し訳ないのやらで顔を真っ赤にしている。まさか下に人がいるなど思っても見なかった。失礼な事に踏み潰してしまっている…。早くどかなくてはとは思うが身体が思うように動かなかった。

「あー…僕は全然大丈夫だから、気にしないで。それより…君、なんで上から降って来たの…驚いたよ」

青年の言葉に少女は困った様に視線を泳がせて言葉を探している様だった。取り敢えず青年は少女を抱き上げ立たせてやる。

「ありがとう、ございます…あの、貴方は…」


「あー…僕は…通りすがりの…侵入者?みたいな…はは」

「へ…」

バツが悪そうに笑いながら話す青年の、意外過ぎる言葉に少女は目を丸くした。それもそうだろう。自ら侵入者だと公言する者など見た事がない。

「あの…」

「アルレット様ー⁈」

その時悲鳴に似た声が頭上から響いた。どうやら侍女が戻って来た様だ。アルレットは身体をビクッと震わせ蹌踉めく。逃げなくては。でも、何処へ向かえば良いのだろう。部屋から脱出した後は考えていなかった。

「…あの声は、君を探してるのかな?アルレット?」

アルレットは戸惑いながらも小さく返事を返した。その様子に青年は何か勘付いた様子で。

「なるほど。なら…おいで」

「えっ…⁈」

「失礼するよ」

青年はアルレットをひょいと横抱きにすると勢いよく走り出した。アルレットは驚き声も出ずになされるがままでいた。一体何が起きているのか…頭が追いつかない。








「レーヴァン様、此方の方は…」

突然現れた人物にグラシアノとモデストはレーヴァンを見遣る。

「あぁ、先日話したの相手だよ」

レーヴァンはしれっと話すが、グラシアノとモデストは顔引きつらせて固まる。その理由は…。

「あ、あの…その…レーヴァン様」

「何?」



「この方…男性、ですよね…どう見ても」



瞬間その場の空気の流れが止まった様に感じた。そしてそれを破ったのは周囲の女性達の黄色い声だった。

「ねぇ、サロモン様よ!」

「相変わらず素敵ね~」

「先程殿方と一緒にいらっしゃるわ」


レーヴァンは愉快そうに笑った。

「君も大概女性から好かれる見たいだね」



「色男の運命だよ。やぁまた逢えたね、レーヴァン。嬉しいよ。…で、いつ気付いたの?僕が男だと」

そう。ローサの正体は女装したサロモンだった。サロモンはお忍びで街へ出掛ける時は決まって女装をしていた。最初は冗談のつもりだったが意外とバレないもので、愉しくなってしまい日常的にしている。今では趣味に近い。サロモンのサロを逆さにしてロサ…ローサ。ちょっとした遊び心だ。

「君が僕の服の染みを拭っている時かな?ピンときたんだ」

あの時レーヴァンはぶつかる前は女性だと認識したが…ちょっとした仕草や話し方漂う雰囲気などで分かった。一見すると女性にしか見えなかった。完璧とも言える程に。きっと普通の人間なら簡単に騙されるだろう。


「流石、王太子殿下だねー。やっぱり、君を騙すのは難しかったかな」

レーヴァンをサロモンは『王太子殿下』と呼んだ。その一言でレーヴァン達の素性を全て把握している事が想像出来た。レーヴァンは笑みを浮かべながらもサロモンへ鋭い視線を送った。

「僕はねレーヴァン、君を良く知っている。この国に来た目的も君の唯一の弱みも、ね」

レーヴァン達が国に侵入したのに気付いたのはある筋からの情報だ。兄同様悪趣味な宿屋の主人だ。レーヴァン達の話はゼブランには報告をしなかった。その方が絶対に面白くなると思ったからだ。放置しようかとも考えたが。


「ふ~ん。それで、僕に接触して来たの?」

レーヴァンの言葉にサロモンは笑みを深める。実に愉しそうだ。

「君に興味があったんだ」

「……僕にはそういった趣味はないよ」

レーヴァンは心底嫌そうな顔をする。冗談じゃない。男同士などに興味はない。まあ世の中にはそう言う趣向の者達もいるらしいし、それを否定するつもりはないが…。

「やっぱり気が合うね、僕も可愛い女の子の方が良いな。例えば…アルレット、とかね」

『アルレット』その名前にレーヴァンはサロモンの腕を掴んだ。周囲の目がある為これ以上は手を出せない。

「…彼女を拐ったのは、君か。アルレットは何処にいる」

レーヴァンの声は冷たく低い声色に変わり、痕が残る程強くサロモンの腕を握る。だがサロモンは気にも止めず、笑いながらレーヴァンの耳元で囁いてくる。

「そんなに怖い顔しないでよ。折角の色男が台無しだよ?…君の愛しのアルレットは無事だから安心して。…それにしても本当に彼女の事大好きなんだね。まあ、そうだよね。実の弟と決闘までしてたしね。…あぁ、そうだ。彼女の身体は柔らかくて抱き心地が良くて、全てが本当に甘美で…素晴らしかったよ。ご馳走さま」

レーヴァンは目を見開きサロモンを凝視した。事実か否かを探る為だ。だが判断出来かねる…こればかりは分からない。レーヴァンを揺さぶる為に嘘を吐いているとも考えられるが…もしもサロモンがアルレットを気に入り自分のモノにしようとしているなら…既に事は済んでいるだろう。

もし、自分がサロモンの立場ならとっくに抱いている。欲しいモノを得る為ならば手段は選ばない。

サロモンからは自分と同じ匂いがした。ローサとしてあった時に感じた、危険な匂いだ。多分サロモンも感じたのだろう。だからあの様に言ったのだろう。


『私達気が合うと思わない?』


「彼女の中、狭くて熱くて融けそうなくらい気持ち良かったな」

まるで追い討ちをかける様に更にサロモンは言葉を続ける。

レーヴァンの顔には嫌な汗が流れた。鼓動が煩いくらい鳴っている。アルレットがもしサロモンに抱かれたとして、レーヴァンのアルレットへの気持ちは揺るがない。

だが、これが事実ならば赦せない。今目前にいるこの男を八つ裂きにしてやりたい。いやそんなのは甘い。死にたいと思える程の生き地獄を味あわせてやる。…いや、ダメだ。冷静にならなくては。相手の思う壺だ。レーヴァンは深く息を吐いた。冷静になれ。



「でも、アルレットは

「それは仕方ないよ、彼女君の弟と結婚してるしね。それに僕は生娘じゃなくても。と言うか、あの変態の弟はどうしたんだい?てっきり君同様追いかけて来ていると思ったのに…姿がないね」

変態の弟…アルレットに足枷を付け監禁していた事を言っているのだろうか。ルイスが変態であると言う事は否定はしない。強ち間違いではない。
レーヴァンはサロモンの腕を離なすと、鼻を鳴らす。

「弟とは離縁させたよ」

「流石鬼畜の兄だね。やる事がえげつない。…となるとアルレットは今は自由の身って事か」

弟への悪態の次は兄への悪態を吐くサロモン。ルイスを庇いたい訳ではないし自分の事も善人とは思ってはいない。だが、他人に言われると腹立たしい。

「まあ、そうだね。でも正解だけど間違いだ」

妙な言い回しにサロモンは不可解な顔をした。

「残念だったね。彼女は僕の妻になるんだ。だから手を出す事は赦さないよ」

その言葉にサロモンは更に面白くなさそうな表情を浮かべる。

「だから、もう彼女の事は僕が」

「生憎アルレットは生娘なんだよ」

これは執事のミランからの証言で確認済みだ。でもサロモンはそれを知らなかった。となればまだ手を付けていない事になる。そうサロモンの言葉はレーヴァンを揺さぶる為の嘘だ。

「どう言う意味?まさか結婚して半年以上経ってたのに手を付けなかった訳じゃ…」

サロモンは半信半疑で質問したが、レーヴァンの顔はそれを肯定していた。その事実にサロモンは唖然とする。幾ら政略結婚でも普通直ぐに初夜は済ませる筈だ。どんなに相手に不満があったとしても。例外はない…。

しかもサロモンが調べた限りではルイスはかなりアルレットに執心していた様子だった。それは部屋に監禁する程に…。それなのに、何故だ?

サロモンがレーヴァンに言った事は事実無根だが、願望ではある。兄ゼブランの妃としてではなく、もしサロモンの妃として連れて来たのであったならば今頃は毎晩の様に情事に勤しんでいたに違いない。

それをどうやって我慢していたのだろうか…同じ男として理解に苦しむ。もしかして、不能なのか。


「僕の弟はちょっと変わっていてね」

だろうね。

その言葉にサロモンだけではなく、隣で先程から聞き耳を立てているグラシアノやモデストも同意見だ。本当にその言葉に尽きる気がする。


話がひと段落ついた時、周囲が何やら騒がしくなって来た。玉座に座るセブランの元へ1人の兵士が駆け寄って行くと、耳打ちをした。その瞬間セブランの顔色は見る見る内に不機嫌なモノへと変わっていく。セブランはそのまま立ち上がると何処へと姿を消した。

先程の報告していた兵士をサロモンは呼び止めた。そして聞かされた内容にサロモンも顔色を変える。


「王の花嫁が…逃げたんです」






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