ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)

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五十二話

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 薬を口の中に放り込みコップの水を一気に飲み干した。頭痛が酷い。これは完全に二日酔いだ。今し方痛みを緩和する薬を飲んだので暫くすれば効いてくるだろう。それまでは耐える他ない。
 こんな状態なのだから普通なら最悪な気分になって当然だが、マンフレットは違った。寧ろ最高の気分だ。 
 今朝目を覚ました場所は執務室のソファの上だった。どうやらいつの間にか寝てしまったらしい。そこまでは些末な事だ。だが問題はマンフレットの腕の中で彼女が眠っていた事だ。一瞬思考が停止し、頭が真っ白になる。だが直ぐに頭痛と共に昨夜の記憶が蘇ってきた。始めは酔って手を出すなんて最低だと自分を責め、目を覚ましたエーファに謝罪をするが、彼女は意外な反応を見せた。絶対に軽蔑され嫌われてしまった……そう思い絶望していると、潤んだ瞳で頬を赤らめながら嫌じゃなかったと言われたのだ。これはもう言うまでもなく、エーファは自分の事を……。

「マンフレット様。非常にお伝え辛いのですが、心の声がだだ漏れです」
「な……」
「それに接吻のみでその様に興奮されるなど、生息子ではないのですから」

 先程薬と水を持って来たのだからいるに決まっている。だが気分が高揚し過ぎてギーの存在を完全に消し去っていた。

「し、仕方がないだろう。私だって、自分の感情が上手く制御出来ないんだ。こんな事は初めてで、どうしようもない」


◆◆◆

 自分の主人の変わっていく姿に嬉しく思う反面、不安も感じていた。
 昔から恋は盲目とよく言ったものだが、マンフレットも今正にそこに陥り自分を見失っている様に思えた。

「マンフレット様、ようやくひと段落ついた事ですし、たまにはゆっくりとエーファ様とお話しされては如何ですか」
「話なら昨夜もその前も、食事の席でもしている」
「それは重々承知しております。ただもう少々エーファ様のお話を……」
「ギー。幾らお前でも私達夫婦の事に干渉する事は赦さない。エーファの事は誰よりも夫である私が一番良く理解している。お前の意見は不要だ」

 頭痛の事もあり何時も以上に苛々しているのが伝わってくる。それに加え、エーファへの執着が日に日に増しており、それと共に傲慢さが目立ってきている。

「出過ぎた事を、申しました」

 深々と頭を下げると、マンフレットは不機嫌なまま部屋から出て行った。
 
「困ったお方ですね……」

 ギーは、一人ほやくとため息を吐いた。



「エーファ様、何方かにお出掛けでしたか」

 同日の夕刻、外から帰って来たエーファとエントランスで出会した。

「はい、その……実家へ」
「左様でしたか」
「あのギーさん。実はお願いしたい事があるんですが、良いですか」
「私に出来る事でしたら何なりと」
「私にお茶を淹れて頂きたいんです」

 エーファからの意外な申し出に一瞬呆気に取られるも、直ぐに我に返り了承をした。先にエーファには自室に戻って貰い、お茶の準備をする為にギーは厨房へと向かった。


「どうぞ」
「ありがとうございます、頂きます」

 嬉々としてお茶を啜る彼女は何処か何時もと様子が違う様に思えた。

「今日、両親から絶縁されたんです」
「……」

 エーファは、お茶を半分残しカップを置いた。だが視線はずっとカップへと向けられたままだ。

「元々そのつもりで会いに行ったんですけど、先にマンフレット様との離縁の話を伝えたら「お前みたいな役立たずはもうソブール家の敷居は跨ぐな!」と言われちゃいました」
「エーファ様……」

 両親との絶縁の話をしているにも関わらず、エーファはどこか清々しく見えた。

「本当に、屋敷を出て行かれるのですか」
「追い出される前に出て行きます」
「エーファ様……」
「冗談です」

 このままならエーファは本当にこの屋敷を出て行くだろう。改めて荷物の整理がされた彼女の部屋を見渡し焦燥に駆られるが、使用人に過ぎない自分にはこれ以上何もする事が出来ない。

「マンフレット様は…………いえ、やっぱり何でもないです」

 何か言いた気にしながらも彼女は口を閉じた。そしてすっかり冷めてしまった残りのお茶を飲み干すと「ご馳走様でした」そう言って笑った。



 
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