ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)

文字の大きさ
上 下
50 / 58

四十九話

しおりを挟む

 広間の煌びやかな装飾に磨き上げられた床、テーブルに並ぶ豪奢な料理や飲み物、次々に訪れる招待客。厨房も特に問題なく回っている。今の所不足している物もない。

「奥様、余り動き回られますと髪やドレスが乱れてしまいます!」

 エーファが廊下を歩いていると後ろからニーナが追いかけて来て声を掛けられた。

「でも心配で……」
「奥様のこれまでの準備は完璧です。後は私共使用人にお任せ下さい。皆、全身全霊で挑む所存です! なので奥様は旦那様の隣で支えて差し上げて下さい」
「ニーナ、ありがとう。頼もしいわ」

 ニーナの言葉にハッとして、直ぐに反省をする。ニーナもギーも他の使用人達も皆、普段から確りと仕事をこなしている。元々心配など不要であり、また心配しているという事は彼等を信頼していないと言っているも同義だ。

「エーファ様、此方にお出でになられたのですね。マンフレット様が探しておりました」

 ニーナと別れ踵を返すと今度は向かい側からギーがやって来た。広間に姿の見えないエーファを探しに来てくれたらしい。もうそんな時間かとエーファは焦った。どうやら一番心配しなくてはならないのは自分自身の様だと苦笑した。


 感嘆してしまう。本当に彼は何を着ても似合う。歩いているだけなのにまるで絵画の様だ。
 エーファが広間に入ると直ぐにマンフレットが気付いて此方へとやって来てくれた。そこで歩いて来る彼を見て思わず見惚れてしまった。
 今日の彼はベージュを基調としたシンプルな装いだ。ポケットチーフの碧色が差し色となり予想以上に纏まりのある洗練された仕上がりになっている。因みにポケットチーフの色は始めは無難な白色の予定だったが、エーファのドレスを見たマンフレットが同じ色にしたいと言い出したので急遽変更をした。正直マンフレットは、服装に拘りがある様に思えなかったので意外だった。

「エーファ、探したぞ」
「遅くなり申し訳ありません」
「君の事だ、どうせ心配で厨房の様子など色々と見て回っていたのだろう」
「え……」

 エーファが説明するまでもなくどうやらマンフレットには全てお見通しの様だ。流石だ……。だが感心している場合ではない。怒られるかも知れない……そう思いエーファは身構えるが杞憂に終わった。ただ彼の様子が少しおかしい気がした。

「それより……その」
「?」
「いや……」
「マンフレット様?」
「あー……に、に、に」

(ににに、とは一体……)

 言い淀むマンフレットにエーファは首を傾げながらも大人しく待っていた。

「似合っている」
「!」

 予想外の言葉に目を見開き彼を凝視する。早く何か返事をしなくてはと思うが言葉が全く出てこない。

「この広間の誰よりも、綺麗だ……」

 そこまで話すとマンフレットは落ち着かない様子であからさまに視線を逸らした。
 顔から火が出そうだ。きっと今、熟れ過ぎたトマトくらい顔が赤くなっているに違いない。
 エーファが余りの出来事に呆然としているとマンフレットが踵を返すのが見えた。もしかしたらお礼一つ言えないエーファに呆れ返ってしまったのかも知れないと焦る。

「あ、あのマンフレット、さま……え」

 行ってしまうと思われた彼の腕は確りとエーファの腰に回されていた。驚き過ぎて今度は間の抜けた声が洩れてしまう。

「行くぞ」
「はい、マンフレット様……」

 エーファはマンフレットを見上げると、はにかんで返事をした。

 
しおりを挟む
感想 194

あなたにおすすめの小説

出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。 ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。 しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。 ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。 それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。 この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。 しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。 そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。 素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。 そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。 死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

処理中です...