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四十八話

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 明日は遂にパーティーが開かれる。この数ヶ月を準備に費やしてきた。途中予想外の悶着も起きてしまったが無事準備は整い後は明日を迎えるのみだ。そしてパーティーが終われば、彼との日々も終わってしまう。
 
 にゃあ。

「ごめんね、起こしちゃったね」

 中々寝付けずに窓の外を眺めていたが、どうやら月明かりの所為で眠っていたエメを起こしてしまった。

 にゃ~あ。

 足に身体を擦り付けてくるエメを抱き上げるとエーファに抱きついてくる。暫く頭を撫でていると大きな欠伸をしてそのまま、また寝てしまった。鼻先を人差し指で軽く触れると、くすぐったそうに顔を逸らした。その様子に思わず笑い声が洩れてしまう。だが直ぐに眉根を寄せ、窓の外へと視線を戻した。今宵の満月は緑に輝き彼の美しい瞳を彷彿させた。

「……」

 マンフレットの元へと嫁いで来てから、もう直ぐで一年が経つ。長い様であっという間だった。始めは彼から拒絶され悲しくて、でも仕方がないと受け入れた。諦める事は慣れているとただ時間が過ぎるのを待とうと決めた。そんな矢先使用人等の間で風邪が蔓延し極度の人手不足と聞き、素人ながらに手伝いを始めた。この屋敷の人達は皆本当に優しくて温かい。こんなに誰かに優しくされたのも、必要とされたのも初めてだった。
 
 その後レクスと出会い、エメとも出会った。レクスとは喧嘩別れの様な形となりあれから会う事はない。とても良い人だったので未だに本当に申し訳なく思っている。マンフレットは何も言わないが、屋敷に来ない事を考えると気不味い関係になってしまい昔からの友人関係に亀裂が入ってしまったのかも知れない。自分の所為であるのでこんな事を思うのも烏滸がましいが、何時か元の関係に戻って欲しいと願っている。

 一見すると無表情で冷淡な印象を受けるマンフレットだが、屋敷にエメを迎え入れる事を承諾してくれた。彼は感情表現が苦手で不器用なだけで優しい人だ。毎回エーファの作った料理やお菓子を完食してくれたとギーから報告を貰っていた。 
 夫婦として参加した夜会では、見知らぬ男性等から身に覚えのない言い掛かりを付けられ非難を受けていた所を庇ってくれた。彼は夫として義務だと言っていたが、それでも嬉しかった。
 それから暫くしてマンフレットと食事を一緒にする様になり、彼からテーブルマナーがなっていないと指摘された時は正直かなり落ち込んでしまった。だがニーナに励まされレクスから手解きを受ける中で、エーファ自身が変わりたいと思う様になった。レクスからはテーブルマナーのみならず他の事柄も沢山教えて貰えた。「頑張ったな」と彼から言って貰えた時は嬉しくて仕方がなかった。

 誕生日の朝、ニーナから自分の予定を告げられ驚きながらも半ば強制的に屋敷から出されてしまい、用意されていた馬車に乗り込もうとすると先にマンフレットが乗っており更に驚かされた。
 馬車の行き先はお洒落なお店だった。そこでも夜会同様一悶着遭ったが、また彼が庇ってくれた。勿論エメもだ。その後、テーブルに乗り切らない程の特注のお菓子達をマンフレットと一緒に堪能し、帰り際にお土産まで貰った。次に向かった先はヴィルマ家の別邸だった。そこでアレースと出会った。漆黒という表現が良く似合う真っ黒で艶やかな毛並みの美しい馬だ。吸い込まれそうな翡翠色の瞳のアレースは、まるで彼の分身の様で思わず見惚れてしまった。アレースにマンフレットと共に騎乗し青々と生い茂る草木や野花の中、風を切る様に駆け抜けた。エーファの後ろに跨る彼との距離は一寸もない。まるで背中から抱き締められている様で落ち着かず、そっと盗み見た彼の手綱を握り馬を操る姿は普段にも増して凛々しくて美しかった。
 休憩の為にアレースから降りると彼は離れて行ってしまう。少し寂しさを感じながらも、足元に広がるシロツメクサが目に入った。生家の庭の片隅に生えていたので、昔よく花冠を作り一人遊びをしたのを思い出す。それと同時にある事を思いついた。

『上手に編めたのでマンフレット様にあげます』

 正直男性に花冠など嫌がられるかも知れないと思ったが、どうしても彼に渡したかった。

 シロツメクサの花言葉それは……『私を思って』

 きっと彼は花に興味はないだろう。だからこの想いは永遠に届かないーーでもそれで良い、そう思った。

『男の私より、女の君の方が良く似合う』

 だが予想外に、いや寧ろ予想通り彼から返されてしまった。だが悲しくはない。何故なら彼は花冠を外しエーファの頭に被せると「綺麗だ……」と言ってくれた。そして顔を近付けさせそっとエーファの額に口付けを落とした。まるで夢でも見ている様だった。

 夢現のまま屋敷に戻るとレクスやニーナ、使用人の皆からは沢山のお祝いの言葉を貰った。そして広間は沢山の花で飾り付けされ、テーブルには沢山のご馳走が並べられていた。誕生日を誰かにお祝いして貰えた事が嬉しくて涙が溢れ出しそうになる。これまで自慢話なんてした事はなかったが、感情が昂ぶり気付けば昼間の出来事を鼻高々に語っている自分がいた。
 だが幸せな時間は続かず、大分酔いの回ったレクスがマンフレットに絡みだし一気に不穏な空気になった。

『ーーブリュンヒルデに比べればまだまだだ』

 彼の口からそう言われ、一瞬にして現実に引き戻された。忘れていた訳じゃない。分かっていたのに、少し彼に優しくされたからと調子づき勘違いしてしまった。何も言えずその場から逃げ出してしまった。その後追いかけて来たレクスから想い告げられ戸惑い、そして申し訳なさでいっぱいになるが失礼にならない様に断った。
 本来ならばマンフレットとは離縁が決まっているのだからレクスからの申し出は受けるのが最良だとは分かっていた。こんな良い話はエーファには勿体無いくらいだ。彼の為人は良く知っており、家柄も申し分ない。離縁後、再婚となった時にこんな良縁には巡り会えないだろう。だがそれで良い。エーファは既に離縁後の身の振り方は決めているのだからーー。


「マンフレット様……」

 彼の実弟であるリュークを安易に信じ騙された時も彼は駆け付けてくれた。軽率な行動をして迷惑をかけたエーファを責めるどころか「遅くなってすまない、すまなかった」と言って抱き締めてくれた。

 口止めをされていたらしいが、後からこっそりとギーから教えて貰った。あの時エーファの身を案じたマンフレットは仕事を切り上げ、寝る間も惜しみ三日かけて馬で駆けて帰って来たと。ただその後彼はその所為で過労から高熱を出し倒れてしまった。

『愛している』

『このまま、側にいて欲しい……ーー』

 彼から告げれた言葉ーー無論嬉しくない筈がない。だがあの時彼はまだ熱が下がり切らず意識が朦朧としていた。だからきっと何かの間違いに違いない。誕生日の時の様にまた一人舞い上がり勘違いしない様にと自分に言い聞かせるもーー別れが辛くなるだけだと分かりながら、今だけはとエーファはマンフレットの腕の中で束の間の幸せな夢を見た。

(マンフレット様……)

「さようなら」

エーファは首から下げている琥珀のペンダントを掬い上げ握り締めた。
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