47 / 58
四十六話
しおりを挟むエーファは、頬を上気させ浅い呼吸を繰り返している彼の手を握った。すると無意識に握り返してくれた。
「マンフレット様……」
湯浴みを済ませたエーファは、マンフレットとエメの元へと向かった。部屋の中に入るとエメの横で座り込み眠るマンフレットがいた。起こさない様に近付き覗き込むと、額に汗を掻いている事に気が付き触れてみる。すると驚く程熱い。慌てて人を呼び医師の手配をして貰う。
マンフレットをベッドに寝かせ医師を待っていると、先に獣医がやって来てエメを診てくれた。かなり衰弱しているので暫くは絶対安静にし確りと栄養を補給させ、こまめに傷口の消毒と新しい包帯に取り替える様に言われた。ただ今の所は命には別状はないらしく胸を撫で下ろした。その直後獣医と入れ違いに今度はマンフレットの医師がやって来た。
『過労ですね。十分な休養が必要です』
解熱剤を処方されたが、一番の薬は身体を休める事だと言われた。
桶の上でタオルの水を絞りそれでマンフレットの額を拭うと、苦しそうな表情が一瞬和らいだ気がした。
「後は私が見ておりますのでエーファ様はお休み下さい」
ギーに声を掛けられエーファが壁時計を確認すると、後少しで日付けが変わろうとしていた。思っていた以上に時間が経っていた事に驚く。
「いいえ、マンフレット様は私が見ていますのでギーさんこそお休み下さい」
「しかし……」
「私がそうしたいんです、お願いします。もし何かあれば直ぐに呼びますから」
今日は兎に角大変な一日だった。無論ギーだってそうだ。ヴィルマ家本邸へ行って戻って来たかと思えば直ぐにリュークを送り届ける為に再び本邸へと向かう事になってしまった。移動は馬車ではあるが疲れているに決まっている。それにギーに言った様に、自分がマンフレットの側に付いていたい。このまま自室に戻りベッドに横になった所で、マンフレットの事もエメの事も心配で眠れる気がしなかった。
「承知致しました。ですが無理は禁物です。それにもしエーファ様が身体を壊される様な事がございましたら、私がマンフレット様から叱られてしまいますので」
冗談めいてそう話し珍しく微笑すると、ギーは丁寧にお辞儀をし部屋から出て行った。
それから数日の間マンフレットの熱は中々下がらず、彼の意識も混濁していた。その間もエーファは看病しつつパーティーの準備を疎かにしない様にと書類など必要な物を一式持ち込み作業を進めた。
「エメ、痛くない?」
にゃ!
エメの方が回復が早く大分食欲も出て来た。エーファが包帯を巻き直している間、大人しく終わるのを待つエメに思わず笑みが溢れる。
「マンフレット様、タオル交換しますね」
声を掛け額のタオルへと手を伸ばすと、不意に手首を掴まれ目を見張る。
「エーファ……?」
「マンフレット様! はい、そうです、エーファです」
彼はゆっくりと瞼を開けて此方を見た。意識がはっきりしないのか、ぼんやりとした様子で瞬きを何度も繰り返す。その間も掴んでいるエーファの手を放そうとはしなかった。そんな彼が可愛く思えて頬が緩む。そしてようやく目を覚ました彼に、安堵からか一気に気が抜けてしまい目頭が熱くなる。
「夢現だが、君が看病してくれていたのを覚えている。随分と迷惑を掛けたな……」
「私がそうしたかったんです」
「エーファ……」
「これは私の我儘なんです。なので迷惑なんかじゃありません」
「エーファ……抱き締めても、良いか」
翡翠色の熱を帯びた瞳で真っ直ぐにエーファの瞳を見つめ、何時もより少し掠れた低い声でそう囁いた。その瞬間、心臓が高鳴り煩いくらい脈を打つのを感じた。彼からそんな風に言われ激しく動揺してしまう。
触れられている手が異様に熱い。それどころか彼から熱が感染ったのではないかと思える程顔や身体中が熱くて仕方がない。それ故、エーファは彼の問いに返事をする余裕はなく、小さく頷くだけで精一杯だ。すると次の瞬間腕を少し強めに引かれたエーファはマンフレットの上に倒れ込んでしまった。確かに了承はしたが、これはやはり恥ずかし過ぎると身動いだ。だが彼は放すつもりはないらしく更に腕に力を込めてくる。
「エーファ」
「マンフレット様、あの……」
「愛している」
「え……」
彼から発せられた言葉に目を見張り自分の耳を疑った。
彼が自分を愛している? そんな筈がない! ないない、絶対にない! きっと何かの間違いだ、そうに違いない。
エーファはマンフレットの真意を確かめ様と顔を覗く。すると彼は目を細め唇は弧を描いていた。
「このまま、側にいて欲しい……ーー」
力尽きたのかマンフレットはエーファを抱き締めたまま再び瞳を伏せると寝息を立て始める。まだ少しだけ体温が高く感じるが、その寝顔は穏やかだ。普段に比べてると大分幼く見えた。
「今だけ、良いですか……」
エーファもまたマンフレットの胸に顔を埋めると瞳を伏せる。彼の温もりと心音が心地よく、日々の疲労感も手伝い深い眠りに落ちていった。
57
お気に入りに追加
3,026
あなたにおすすめの小説
【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います
菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。
その隣には見知らぬ女性が立っていた。
二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。
両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。
メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。
数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。
彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。
※ハッピーエンド&純愛
他サイトでも掲載しております。
旦那様、私は全てを知っているのですよ?
やぎや
恋愛
私の愛しい旦那様が、一緒にお茶をしようと誘ってくださいました。
普段食事も一緒にしないような仲ですのに、珍しいこと。
私はそれに応じました。
テラスへと行き、旦那様が引いてくださった椅子に座って、ティーセットを誰かが持ってきてくれるのを待ちました。
旦那がお話しするのは、日常のたわいもないこと。
………でも、旦那様? 脂汗をかいていましてよ……?
それに、可笑しな表情をしていらっしゃるわ。
私は侍女がティーセットを運んできた時、なぜ旦那様が可笑しな様子なのか、全てに気がつきました。
その侍女は、私が嫁入りする際についてきてもらった侍女。
ーーー旦那様と恋仲だと、噂されている、私の専属侍女。
旦那様はいつも菓子に手を付けませんので、大方私の好きな甘い菓子に毒でも入ってあるのでしょう。
…………それほどまでに、この子に入れ込んでいるのね。
馬鹿な旦那様。
でも、もう、いいわ……。
私は旦那様を愛しているから、騙されてあげる。
そうして私は菓子を口に入れた。
R15は保険です。
小説家になろう様にも投稿しております。
前世と今世の幸せ
夕香里
恋愛
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。
しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。
皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。
そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。
この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。
「今世は幸せになりたい」と
※小説家になろう様にも投稿しています
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜
冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。
そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。
死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……
あなたが私を捨てた夏
豆狸
恋愛
私は、ニコライ陛下が好きでした。彼に恋していました。
幼いころから、それこそ初めて会った瞬間から心を寄せていました。誕生と同時に母君を失った彼を癒すのは私の役目だと自惚れていました。
ずっと彼を見ていた私だから、わかりました。わかってしまったのです。
──彼は今、恋に落ちたのです。
なろう様でも公開中です。
この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。
天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」
目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。
「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」
そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――?
そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た!
っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!!
っていうか、ここどこ?!
※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました
※他サイトにも掲載中
寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる