ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)

文字の大きさ
上 下
46 / 58

四十五話

しおりを挟む


「では行って参ります」
「あぁ、頼んだ」

 侍従等にリュークを拘束させた後、馬車に乗せた。帰宅したばかりのギーに申し訳ないが、弟はヴィルマ家の本邸に送らせる事にした。事情を母に説明し監視を付けた上で父が領土から帰るまでの間は部屋から出さない様にして貰う。父が戻り次第マンフレットから事の次第と、弟との縁切りを報告するつもりだ。

「やはりお前は見込みがあったな」

 にゃぉ。

「すまない、もう少し耐えてくれ」

 にゃ。

 衛生面と寝心地を考え、上着から新しい厚手の柔らかいタオルに取り替えた。出血もしており損傷が酷く弱っている。応急処置はしたものの、何せ相手は猫で知識など皆無だ。今、使用人に獣医を呼びに行かせているが一刻も早く診せた方がいい。
 
「白いの……いや、エメ。エーファを護ってくれて感謝している。……ありがとう」

 にゃ!

 エメが立ち上がり胸を張ろうとするが、フラつきタオルの上に倒れ込む。マンフレットは慌てて手を差し出し衝撃を緩和した。

「おい、余り動くな! 身体に障るだろう」

 にゃ……。

「全く調子に乗……」

 マンフレットの叱責に耳を垂らし項垂れるエメの姿にエーファを思い浮かべてしまい言葉に詰まった。ため息を吐き頭をそっと撫でると頬を寄せてくる。気の優しい所は飼い主に本当にそっくりだと苦笑した。

 それにしても自分の帰還するのが後少し遅かったらと考えただけで背筋が凍る。いや寧ろ後一日早ければそもそもエーファやエメを危険に晒す事はなかった筈だ。そう思うと何故それが出来なかったのかと悔やむばかりだ。全て自分の能力の低さや判断力が甘かった所為だ。
 ギーからの手紙を受け取ったのはマンフレットが向こうに着いてから十日目の事だ。内容はリュークが屋敷に現れエーファと接触をしたとあった。お茶や雑談をしその日は大人しく帰ったらしいが、正直嫌な予感がした。ただマンフレットの帰還予定まではまだ一ヶ月はある。仕事は余裕を持って計画していたが流石に今直ぐに終わらせる事は不可能だった。

『父上、申し訳ございませんが、私はひと足先に帰らせて頂きます』

 引き継ぎなどの重要な事柄だけを抜粋し丸二日寝ずにこなした。残りの雑事は結果間に合わず、情けないが父に頼む他ないと頭を下げた。仕事を中途半端にするなどこれまでの自分では考えられなかった。無論父も同じ様に思った様で怪訝な顔をし当然理由を聞かれたが、マンフレットは「夫婦の事ですので」と言葉を濁す。余計な詮索をされて時間を使いたくなかった。冷静を装っていたが、内心酷い焦燥感に駆られていた。
 マンフレットは馬車ではなく自ら馬に飛び乗り走り出す。馬車よりも小回りも効き細い山道なども通り抜ける事が出来る。馬車ならば最低五日はかかるが、これならば三日もあれば帰還出来るだろう。道中疲労と睡眠不足で意識が飛びそうになったがエーファを思い浮かべ耐えた。何もなければそれでいい、だがもしも彼女の身に何か遭ったら……そう考えるだけでおかしくなりそうだ。

『エーファ⁉︎』

 道中仮眠を取りつつ昼夜問わず駆け続けた。その甲斐あって、三日せずに帰り着いた。
 マンフレットは中に入ると直ぐに屋敷内の異変に気付いた。使用人等が騒がしく焦った様子で動き回っている。「こちらにはおりませんでした」などと会話が聞こえ、堪らず声を掛けるとエーファが居なくなったという。しかもリュークと共に……。
 広い屋敷故全てを探すのは時間を有する。だが話から結構な時間が経過していると知り、瞬間二人が駆け落ちしたのではないかとそんな下らない妄想が頭を過った。

『エーファっ……』

 この短期間にリュークは屋敷に通い詰めエーファとの仲を縮めていたと先程耳にした。その所為かブリュンヒルデとエーファの姿が重なる。

『いや、絶対にあり得ない。彼女はそんな人間じゃない』

 屋敷中を走り回り一部屋ずつ扉を開けていった。きっとこの屋敷のどこかにエーファは居る。大方リュークに強引に連れて行かれたに違いない。向こうが身を隠しながら移動しているなら、見つからないのも納得が出来る、そう結論付けた。だが一向に見つかる事は無く途方にくれた。

『エーファ……何処に行ったんだ……』

 気付けば地下へと続く扉の前まで来ていた。これだけ探していないならこの場所の可能性が高い。そう思いマンフレットが扉に手を掛けた時、扉の中から僅かだがカリカリと聞こえた。まるで爪で引っ掻いている様な音だ。

『白いのか⁉︎』

 にゃ……。

 急いで扉を開けると、やはりそこには白い塊がいた。だが様子がおかしい。

 にゃ、にゃ……。

 頭から血を流し白い毛を赤く染め、息をするのも苦しそうだ。そして力尽きたのかその場でパタリと倒れた。だがそれでもマンフレットの姿を確認すると力を振り絞り身体を起こそうとしながら何かを訴える様にか細い声で鳴いた。
 マンフレットは上着を脱ぎそれで白い塊を包むと、地下へと続く階段を降りて行った。







 
しおりを挟む
感想 194

あなたにおすすめの小説

もういいです、離婚しましょう。

うみか
恋愛
そうですか、あなたはその人を愛しているのですね。 もういいです、離婚しましょう。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

処理中です...