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三十八話
しおりを挟む「昔からむっつりで何を考えているか分からなかったけど、どうやら随分と性悪な様だね」
「お褒めのお言葉として受け取っておきます」
毎日の様に屋敷にやって来るリュークは、毎回エーファの隙をついてはギーに嫌味を言ってくる。マンフレットとは二歳しか離れていない筈なのだが、相変わらず幼いと内心呆れている。
本当ならば屋敷に立ち入らせたくはない。だがエーファの手前そうもいかない。もし強引に追い返せばエーファが何かあるのではないかと勘繰ってしまう可能性がある。マンフレットには手紙でリュークの事は知らせたが届けられるのに数日、返信が来るのにその倍は用する。それ故、マンフレットの指示があるまではリュークの動向を監視するくらいしか出来ないという情けないのが実情だ。
リュークはエーファに近付いて一体何をするつもりなのか……またブリュンヒルデの時の様にーー。
「ギーさん?」
「っ……」
エーファの声に我に返り、今自分がエントランスにいた事を思い出した。その理由はまたヴィルマ家本邸へと所用で出向かなくてはならないからだ。マンフレットの実母のエルザは、何に置いても体裁を重んじる人だ。少し前にも呼び出されたが、二ヶ月後に迫ったパーティーの準備の進行具合か気になって仕方がない様子だった。今回もまたその話だろう。
「エーファ様。本日もまたリューク様がお見えになるかとは思いますが、余り気を許されるぬ様に……」
「ご心配には及びません。マンフレット様の弟君であるリューク様には義姉として恥じぬ言動を心掛けています」
真実を知らないエーファは仕方がない事だギーからの忠告を違う意味で捉えている。気を抜かない事に越した事はない。何しろ最近は二人の仲睦まじい光景を目にする事が増えた。無自覚にエーファはリュークを受け入れてしまっている。このタイミングで自分が不在となるとリュークが調子づく可能性が高い。ニーナや他の使用人達には警戒する様に言い付けてあるが正直心配である。
「では、行って参ります」
不安の残る中、ギーはヴィルマ家本邸へと向かう為馬車に乗り込んだ。
◆◆◆
今はまだ昼間だが洋燈がなければ真っ暗で一寸先すら何も見えない。少し肌寒く感じるのはやはり地下だからだろうか。
エーファは自分の腕を強く掴み前を歩くリュークを見て眉根を寄せた。
ギーが出掛けた後、何時も通りリュークが屋敷を訪ねて来た。エーファとリュークは応接間でお茶をしつつパーティーの準備の話や雑談をする。そのテーブルの下ではエメが今朝採れたニンジンを食べていた。此処までは普段と変わらなかった。
『今日はギーはいないんだね』
『はい、ヴィルマ家の本邸に所用で出掛けております』
ニーナがシェフの作った搾りたてトマトジュースとトマトゼリーをリュークの前に並べる。先日は何とか時間を作ってケーキを焼いてみたが、最近は寝る時間も削るくらい多忙な事もありそう何度も作れない。なので今日はシェフに頼み用意して貰った。
『シェフ特製トマトジュースとゼリーです』
『……』
そう説明をするが彼は出されたトマトジュースとトマトゼリーには手を付ける事なく凝視したまま固まってしまった。
『リューク様?』
『え、あぁ、ありがとう、頂くよ……あ、うわ‼︎』
彼はトマトジュースのコップに手を伸ばすが、手を滑らせると盛大にぶちまけてしまった。
『大丈夫ですか⁉︎』
控えていた使用人達は慌てて拭くものを取り向かい、ニーナも「新しいものを持って来ます!」と言って部屋を出て行き一瞬にしてリュークと二人きりとなった。
『大丈夫だよ。それより、義姉さんに見せたいものがあるんだ』
ニーナ達が戻って来るまで待って欲しいと告げるが、リュークは待てないと言ってエーファを連れて少し強引に部屋を出る。困惑するエーファを他所に、リュークは鼻歌でも歌い出しそうなくらい機嫌が良い。何処となく何時もの彼と雰囲気が違う様に感じるのは思い過ごしだろうか……。
まるで屋敷内を熟知しているかの様に歩くリュークを見ながら、一年近くこの屋敷で暮らしている自分よりも詳しいのではないかと思った。彼はエーファが嫁いで来てから最近まで一度たりとも屋敷を訪れる事はなかったが、もしかしたら以前は良く屋敷に出入りしていたのかも知れない。仲の良い兄弟なのだから別段驚く事はない。寧ろ今まで何故彼は屋敷を訪れなかったのか……そっちの方が不自然とすら思えてしまう。
私が嫁いで来たから? それなら何故今なのか。彼自身が多忙だったとか? 一年近くも来れないくらいに? 次々に疑問が浮かんでは消えて行く。
何故今なのかーー折角来ても彼の目的である兄のマンフレットはいないのに。初日は知らなかったのだから納得も出来るが、マンフレットが暫く不在だと知っても尚こうやって毎日やって来る。無論迷惑などと言うつもりはない。寧ろ色々と相談に乗って貰えて本当に助かっている。リュークがいなかったら未だ食事内容すら決め兼ねていたに違いない。ただその事に気を取られ何の疑問も抱かなかったのは否めない。今そんな事を考えてしまうのはきっとリュークの纏う空気が変わったからかも知れない。言葉では表し辛いが、何というか少し怖い……。
そんな事を延々と考えていると、リュークはとある場所で足を止めた。
『灯りは僕が持つから入って』
エーファは屋敷の奥にこんな場所があるなんて知らなかった。廊下の突き当たりの扉を開けると中は真っ暗で、洋燈で照らせば下へと続く階段が見える。リュークから入る様に促されるが、流石に不審に感じ小さく首を横に振って拒否をする。するとリュークはエーファの腕を掴み強引に引っ張る。抵抗をするが成人男性の力に敵う筈もなく、半ば引き摺られる様にして連れて行かれた。
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