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三十七話
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「それじゃあ僕はこれで失礼するよ」
翡翠色の美しい瞳を細め爽やかに笑みを浮かべると彼は席を立った。外見や雰囲気はまるで似ていないが、目元を見るとやはり血の繋がりを感じる。
エーファがシェフと話し合いをしている最中に少し強引に部屋に現れたのはマンフレットの実弟のリュークだった。身長はマンフレットと然程変わらないくらいだが、色白で身体の線が細く一見すると女性と見紛う。漆黒の艶やかなマンフレットの髪色とはまるで違う朝焼けの様な赤毛を後ろに一つに束ねており、雰囲気もマンフレットとは真逆で明るく社交的でまた違った魅力を醸し出している。
「また来るね……義姉さん。やあ、ギー、お邪魔したよ」
馬車に乗り込む彼を見送っていると、入れ違いにギーが屋敷に戻って来た。すれ違い様にリュークがギーに笑い掛けると、ギーは眉一つ動かす事なく無言のまま頭を下げた。
「エーファ様、リューク様にお会いになられたのですね」
いつになく深刻な面持ちで口を開くギーに、エーファは少し戸惑う。
「はい、あの……ギーさんが出掛けられて暫くしたらリューク様が屋敷を訪ねていらして、それで……」
「リューク様とは何かお話になられましたか」
夫の実弟が屋敷を訪ねて来たのでお茶を出し世間話をしただけだ。少々強引な印象は受けたが、然程気に掛ける程でもない。レクスが以前マンフレットは昔から弟を可愛がっていたと話していた事もあり、折角訪ねて来た夫の弟を無下には出来ない。だがギーの物言いからして、もしかして不味かったのだろうかと心配になる。
「大したお話はしていません。マンフレット様が猫好きなのだとか、マンフレット様の好物はニンジンなのだとか他にもマンフレット様の趣味など、その様な話を聞かせて頂きましたが……」
リュークは兄であるマンフレットの事を終始楽し気に語っていたので、彼もまた兄を慕っている印象を受けた。既にエーファも知っている事柄から新しい彼の一面まで知り得る事が出来き密かに嬉しく感じている。
「左様ですか」
「すみません。もしかして余計な事をしてしまいましたか」
「いいえ、エーファ様に落ち度はございません。何事も無かったのでしたら構いません……」
それだけ話すと彼は早々に踵を返し行ってしまう。やはり様子が何時もと違うギーにエーファは眉根を寄せた。
「義姉さん、これなんてどう? この前話してたやつだよ」
それから翌日以降毎日の様にリュークは屋敷を訪ねて来た。ギーは何か言いたそうにしていたが、別段口を挟んでくる事はない。ただ彼が居る間はずっとエーファ達の側に控え片時も離れなかった。ギーの意図は分からないが、彼の仕事は他の使用人達よりも遥かに多く多忙であるので少し心配だ。それにまるで監視でもされている気分にもなり正直複雑だったりもする。
「美味しい」
「でしょう? これ僕の一推しなんだ」
パーティーの準備に頭を悩ませていたエーファにリュークは色々と助言をくれた。今は食後のデザートの試食をしている最中だ。
アプリコットやオレンジ、チェリーの砂糖漬けは艶やかに輝き宝石を思わせるくらい美しい。無論味も文句のつけようもない。果物の甘さや酸味、そこに砂糖の甘さが程よく加わり実に上品で贅沢な味わいだ。味良し見目良しと完璧だ。リュークのセンスの良さに感嘆してしまう。
当日は食事の準備だけで手一杯になると予想されるのでデザートは外部に受注した方が良いとリュークから助言を貰い、更にお店まで紹介してくれた。流石マンフレットの実弟という事だけあり仕事が早く助言も的確だ。
「リューク様、色々とご相談に乗って頂きありがとうございます。あのお礼の代わりになるかは分かりませんが、もし宜しければこちらをお召し上がり下さい」
ニーナがタイミングよくお茶のお代わりと共にケーキを手に戻って来たのでリュークにケーキを勧めた。
「もしかして、義姉さんの手作り?」
「はい、なのでお口に合うかは分かりませんが……」
「義姉さんの手作りなら絶対美味しいに決まってるよ! 因みにこれって何ケーキ?」
「トマトケーキです」
「え、トマト……」
親身になって相談に乗ってくれているリュークに何かお礼をしたいと思っていたのだが、エーファに出来る事などたかが知れていると悩んでいた。そんな時にギーからリュークがトマト好きだとこっそり教えて貰ったのだ。
「ギーさんからリューク様は無類のトマト好きなのだと教えて頂いたので作ってみたんです」
「へぇ、ギーがね」
一瞬彼は少し離れた壁際に控えているギーに意味あり気な視線を向けるが直ぐに手元に戻した。暫しそのままケーキを凝視していたが「頂きます」と言って笑みを浮かべると取り分けられたケーキを頬張った。
翡翠色の美しい瞳を細め爽やかに笑みを浮かべると彼は席を立った。外見や雰囲気はまるで似ていないが、目元を見るとやはり血の繋がりを感じる。
エーファがシェフと話し合いをしている最中に少し強引に部屋に現れたのはマンフレットの実弟のリュークだった。身長はマンフレットと然程変わらないくらいだが、色白で身体の線が細く一見すると女性と見紛う。漆黒の艶やかなマンフレットの髪色とはまるで違う朝焼けの様な赤毛を後ろに一つに束ねており、雰囲気もマンフレットとは真逆で明るく社交的でまた違った魅力を醸し出している。
「また来るね……義姉さん。やあ、ギー、お邪魔したよ」
馬車に乗り込む彼を見送っていると、入れ違いにギーが屋敷に戻って来た。すれ違い様にリュークがギーに笑い掛けると、ギーは眉一つ動かす事なく無言のまま頭を下げた。
「エーファ様、リューク様にお会いになられたのですね」
いつになく深刻な面持ちで口を開くギーに、エーファは少し戸惑う。
「はい、あの……ギーさんが出掛けられて暫くしたらリューク様が屋敷を訪ねていらして、それで……」
「リューク様とは何かお話になられましたか」
夫の実弟が屋敷を訪ねて来たのでお茶を出し世間話をしただけだ。少々強引な印象は受けたが、然程気に掛ける程でもない。レクスが以前マンフレットは昔から弟を可愛がっていたと話していた事もあり、折角訪ねて来た夫の弟を無下には出来ない。だがギーの物言いからして、もしかして不味かったのだろうかと心配になる。
「大したお話はしていません。マンフレット様が猫好きなのだとか、マンフレット様の好物はニンジンなのだとか他にもマンフレット様の趣味など、その様な話を聞かせて頂きましたが……」
リュークは兄であるマンフレットの事を終始楽し気に語っていたので、彼もまた兄を慕っている印象を受けた。既にエーファも知っている事柄から新しい彼の一面まで知り得る事が出来き密かに嬉しく感じている。
「左様ですか」
「すみません。もしかして余計な事をしてしまいましたか」
「いいえ、エーファ様に落ち度はございません。何事も無かったのでしたら構いません……」
それだけ話すと彼は早々に踵を返し行ってしまう。やはり様子が何時もと違うギーにエーファは眉根を寄せた。
「義姉さん、これなんてどう? この前話してたやつだよ」
それから翌日以降毎日の様にリュークは屋敷を訪ねて来た。ギーは何か言いたそうにしていたが、別段口を挟んでくる事はない。ただ彼が居る間はずっとエーファ達の側に控え片時も離れなかった。ギーの意図は分からないが、彼の仕事は他の使用人達よりも遥かに多く多忙であるので少し心配だ。それにまるで監視でもされている気分にもなり正直複雑だったりもする。
「美味しい」
「でしょう? これ僕の一推しなんだ」
パーティーの準備に頭を悩ませていたエーファにリュークは色々と助言をくれた。今は食後のデザートの試食をしている最中だ。
アプリコットやオレンジ、チェリーの砂糖漬けは艶やかに輝き宝石を思わせるくらい美しい。無論味も文句のつけようもない。果物の甘さや酸味、そこに砂糖の甘さが程よく加わり実に上品で贅沢な味わいだ。味良し見目良しと完璧だ。リュークのセンスの良さに感嘆してしまう。
当日は食事の準備だけで手一杯になると予想されるのでデザートは外部に受注した方が良いとリュークから助言を貰い、更にお店まで紹介してくれた。流石マンフレットの実弟という事だけあり仕事が早く助言も的確だ。
「リューク様、色々とご相談に乗って頂きありがとうございます。あのお礼の代わりになるかは分かりませんが、もし宜しければこちらをお召し上がり下さい」
ニーナがタイミングよくお茶のお代わりと共にケーキを手に戻って来たのでリュークにケーキを勧めた。
「もしかして、義姉さんの手作り?」
「はい、なのでお口に合うかは分かりませんが……」
「義姉さんの手作りなら絶対美味しいに決まってるよ! 因みにこれって何ケーキ?」
「トマトケーキです」
「え、トマト……」
親身になって相談に乗ってくれているリュークに何かお礼をしたいと思っていたのだが、エーファに出来る事などたかが知れていると悩んでいた。そんな時にギーからリュークがトマト好きだとこっそり教えて貰ったのだ。
「ギーさんからリューク様は無類のトマト好きなのだと教えて頂いたので作ってみたんです」
「へぇ、ギーがね」
一瞬彼は少し離れた壁際に控えているギーに意味あり気な視線を向けるが直ぐに手元に戻した。暫しそのままケーキを凝視していたが「頂きます」と言って笑みを浮かべると取り分けられたケーキを頬張った。
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