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三十五話
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にゃ……。
エーファが中庭の畑の前で蹲み込んでいると、エメが心配そうに鳴きながら身体を擦り寄せてきた。頭を撫でエメを抱き上げると今度は「にゃあ」と上機嫌になる。変わり身の速さに思わず頬も緩む。
「ねぇ、エメ、立派に育ったと思わない?」
にゃ!
数ヶ月前に植えたニンジンは、そろそろ収穫しても良さそうな程立派に育っている。ただニンジンが収穫出来たら真っ先にマンフレットにこの新鮮なニンジンを使ったキャロットケーキを作ろうと決めていたのだが、彼は今屋敷を空けておりいない。ギーの話では領地に行っており一ヶ月半は戻らないそうだ。
「あ、こら悪戯しちゃダメよ」
にゃぁ?
「これは大切な物なの」
エーファは首元の雫を模ったペンダントをエメから離す様にして掬い上げた。すると日差しに照らされた琥珀石が青色に変化し光り輝く。それは息を呑む程美しい光景だった。
『マンフレット様からエーファ様にお渡しする様にとお預かりしております』
マンフレットが出立した同日、ギーからそう言われて封書を受け取った。開封し中身を確認すると一枚の手紙が入っていた。余白ばかりの便箋の真ん中には、ただ一言だけこう記されてーー。
ーーおめでとう。
一瞬エーファは意味が分からず戸惑った。すると封筒の中にまだ何か入っている事に気が付いた。
『ペンダント……?』
それは雫を模った琥珀石のペンダントだった。
「お引き取り下さい!」
エーファが暫しの休憩を終え部屋へと戻る最中、珍しく声を荒げるギーの声が聞こえてきた。何事かとエーファはエントランスへと様子を見に行く。
「何方かいらしてたんですか?」
周囲を見渡すが既にギーの他に姿はない。
「エーファ様……ご心配をお掛けしまして申し訳ございません。先程行商が訪ねて来たのですが、余りに強引でしたので間に合っているとお断りして帰って頂いた次第です」
何処か歯切れの悪いギーにやはり何かあったのではないかと眉根を寄せるも、彼は丁寧にお辞儀をすると機敏な動きで立ち去って行ってしまった。相変わらず無駄のない立ち居振る舞いに関心をする。何時もと変わらない彼の様子に杞憂だった様だと安堵した。
誕生日の日から彼とは顔を合わせていない。あの日エーファは、レクスとの会話の後直ぐに広間へと戻ったが既にマンフレットの姿はなかった。きっと何も言わずに逃げ出したエーファに呆れ果てたに違いないーー。それからはマンフレットと顔を合わす事が怖くなり、暫くの間彼と出会さない様に過ごした。
そんな中、約二ヶ月後に迫ったマンフレット主催のパーティーの準備に追われ、それと同時に息抜きだった調理や掃除などの手伝いをする余裕も無くなってしまった。だが仕方がない。家に関する雑事は世間一般的には女主人が取り仕切るものと決まっている。但しエーファには経験は疎か知識すらない。準備を始めて改めて己の無力さを痛感する事になった。だが何時までも泣き言を言っていても時間は待ってくれないし、何も始まらない。右も左も分からない状態だが、ギーや他の使用人達に助けて貰いながら手探りで準備を進めていった。
『招待状の準備はマンフレット様がされておりますので、エーファ様はその他の手配をお願い致します』
言うまでもないが招待状は特に大事な事柄であり、きっとエーファに任せるのが不安なのだろう。だが通常の仕事に加えてパーティーの準備まで手伝わせるなど、明らかに彼に負担を掛けてしまっている。もっと自分が確りした人間だったなら、彼も信頼して任せられる筈なのに……情けないさを感じながらも自分自身に喝を入れた。
来客用の銀食器の新調のオーダー、カーテンや絨毯、飾り付け用の花の手配、食事は来客の好悪を考慮した内容を考え、手土産から義父への贈り物なども準備しなくてはならない。マンフレットやエーファの衣装も仕立てたり、他にも招待状の返送から出席者の確認作業、更に当日は人手が足らないのでヴィルマ家の本邸から人を借りる手筈になっておりその打診と分担表の作成。兎に角やるべき事が多い。でもだからといってどれもおざなりなどには出来ない。今回のパーティーはマンフレットの延いては今後のヴィルマ家の威信や名誉にも関わってくる。失敗は許されない。
「エーファ様、では申し訳ありませんが行って参ります……」
ある日、ギーが所用の為ヴィルマ家本邸へと出向く事になった。ただ彼の様子が少し気になった。同日の夕方には戻るというのに何故かギーは不安そうにして出掛けて行った。確かに今は屋敷の主人であるマンフレットが不在で、家令のギーまで不在になるのは不安ではあるがそれも日中だけの話だ。一応女主人であるエーファもニーナや他の使用人達だっている。流石に幼子ではないので留守番くらい出来るのに……そう少し不満に思う自分はやはりまだまだ子供っぽいのかも知れないと苦笑した。
「あ、あの! 困りますっ、本日は誰もお通ししない様にと言付かっておりますのでお引き取り下さい!」
ギーが出掛けて暫く経った頃、エーファはシェフと二人食事内容を話し合っていた。すると廊下がやたらと騒がしい事に気が付いた。不審に思い話を一旦中断し、側に控えていたニーナに部屋の外の様子を見に行って貰った。
「今は大切なお話の最中ですので……お待ち下さい!」
中々戻らないニーナの慌てる声が響いたかと思ったら、扉が開き中に入って来たのはニーナではなく見知らぬ青年だった。
エーファが中庭の畑の前で蹲み込んでいると、エメが心配そうに鳴きながら身体を擦り寄せてきた。頭を撫でエメを抱き上げると今度は「にゃあ」と上機嫌になる。変わり身の速さに思わず頬も緩む。
「ねぇ、エメ、立派に育ったと思わない?」
にゃ!
数ヶ月前に植えたニンジンは、そろそろ収穫しても良さそうな程立派に育っている。ただニンジンが収穫出来たら真っ先にマンフレットにこの新鮮なニンジンを使ったキャロットケーキを作ろうと決めていたのだが、彼は今屋敷を空けておりいない。ギーの話では領地に行っており一ヶ月半は戻らないそうだ。
「あ、こら悪戯しちゃダメよ」
にゃぁ?
「これは大切な物なの」
エーファは首元の雫を模ったペンダントをエメから離す様にして掬い上げた。すると日差しに照らされた琥珀石が青色に変化し光り輝く。それは息を呑む程美しい光景だった。
『マンフレット様からエーファ様にお渡しする様にとお預かりしております』
マンフレットが出立した同日、ギーからそう言われて封書を受け取った。開封し中身を確認すると一枚の手紙が入っていた。余白ばかりの便箋の真ん中には、ただ一言だけこう記されてーー。
ーーおめでとう。
一瞬エーファは意味が分からず戸惑った。すると封筒の中にまだ何か入っている事に気が付いた。
『ペンダント……?』
それは雫を模った琥珀石のペンダントだった。
「お引き取り下さい!」
エーファが暫しの休憩を終え部屋へと戻る最中、珍しく声を荒げるギーの声が聞こえてきた。何事かとエーファはエントランスへと様子を見に行く。
「何方かいらしてたんですか?」
周囲を見渡すが既にギーの他に姿はない。
「エーファ様……ご心配をお掛けしまして申し訳ございません。先程行商が訪ねて来たのですが、余りに強引でしたので間に合っているとお断りして帰って頂いた次第です」
何処か歯切れの悪いギーにやはり何かあったのではないかと眉根を寄せるも、彼は丁寧にお辞儀をすると機敏な動きで立ち去って行ってしまった。相変わらず無駄のない立ち居振る舞いに関心をする。何時もと変わらない彼の様子に杞憂だった様だと安堵した。
誕生日の日から彼とは顔を合わせていない。あの日エーファは、レクスとの会話の後直ぐに広間へと戻ったが既にマンフレットの姿はなかった。きっと何も言わずに逃げ出したエーファに呆れ果てたに違いないーー。それからはマンフレットと顔を合わす事が怖くなり、暫くの間彼と出会さない様に過ごした。
そんな中、約二ヶ月後に迫ったマンフレット主催のパーティーの準備に追われ、それと同時に息抜きだった調理や掃除などの手伝いをする余裕も無くなってしまった。だが仕方がない。家に関する雑事は世間一般的には女主人が取り仕切るものと決まっている。但しエーファには経験は疎か知識すらない。準備を始めて改めて己の無力さを痛感する事になった。だが何時までも泣き言を言っていても時間は待ってくれないし、何も始まらない。右も左も分からない状態だが、ギーや他の使用人達に助けて貰いながら手探りで準備を進めていった。
『招待状の準備はマンフレット様がされておりますので、エーファ様はその他の手配をお願い致します』
言うまでもないが招待状は特に大事な事柄であり、きっとエーファに任せるのが不安なのだろう。だが通常の仕事に加えてパーティーの準備まで手伝わせるなど、明らかに彼に負担を掛けてしまっている。もっと自分が確りした人間だったなら、彼も信頼して任せられる筈なのに……情けないさを感じながらも自分自身に喝を入れた。
来客用の銀食器の新調のオーダー、カーテンや絨毯、飾り付け用の花の手配、食事は来客の好悪を考慮した内容を考え、手土産から義父への贈り物なども準備しなくてはならない。マンフレットやエーファの衣装も仕立てたり、他にも招待状の返送から出席者の確認作業、更に当日は人手が足らないのでヴィルマ家の本邸から人を借りる手筈になっておりその打診と分担表の作成。兎に角やるべき事が多い。でもだからといってどれもおざなりなどには出来ない。今回のパーティーはマンフレットの延いては今後のヴィルマ家の威信や名誉にも関わってくる。失敗は許されない。
「エーファ様、では申し訳ありませんが行って参ります……」
ある日、ギーが所用の為ヴィルマ家本邸へと出向く事になった。ただ彼の様子が少し気になった。同日の夕方には戻るというのに何故かギーは不安そうにして出掛けて行った。確かに今は屋敷の主人であるマンフレットが不在で、家令のギーまで不在になるのは不安ではあるがそれも日中だけの話だ。一応女主人であるエーファもニーナや他の使用人達だっている。流石に幼子ではないので留守番くらい出来るのに……そう少し不満に思う自分はやはりまだまだ子供っぽいのかも知れないと苦笑した。
「あ、あの! 困りますっ、本日は誰もお通ししない様にと言付かっておりますのでお引き取り下さい!」
ギーが出掛けて暫く経った頃、エーファはシェフと二人食事内容を話し合っていた。すると廊下がやたらと騒がしい事に気が付いた。不審に思い話を一旦中断し、側に控えていたニーナに部屋の外の様子を見に行って貰った。
「今は大切なお話の最中ですので……お待ち下さい!」
中々戻らないニーナの慌てる声が響いたかと思ったら、扉が開き中に入って来たのはニーナではなく見知らぬ青年だった。
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