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三十二話

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「召し上がらないのですか」

 マンフレットは並べられいる食事を見て落胆をした。ギーから食べる様に促され仕方なくフォークやナイフを手にするが、やはり食欲が湧かない。
 最近はあのオレンジ色の食材の混入が無くなった。以前の様に全ての料理からニンジンが消えた。無論お茶請けも一派的な焼き菓子などで、ニンジンなど使用されていない。その理由は単純で、彼女が作らなくなったからだ。とても喜ばしい事の筈なのに、何故か物悲しい。当然だが食べたい訳ではない。食べたい訳ではないが……食べたい。矛盾していて自分でも何を言っているのかと呆れる。ただ彼女の作った料理や菓子が無性に恋しくて食べたくて仕方がなかった。
 マンフレットは食べ物を粗末には出来ないと、虚しく感じながらも出された食事に手を付けた。


 明日の早朝、マンフレットは実父であるヴィルマ公爵と共に予定より半月程早いが領地へと出立する事になっている。天候などに左右はされるが領地までは馬車で五日程度の距離だ。長旅という程ではないが、それなりの旅支度は済ませた。
 壁時計を確認すると短針が八を示してから然程経っていない。寝るにはまだ早いと適当な本を棚から掴み椅子に腰掛ける。本を開き数枚捲った所で手を止め溜息を吐いた。

 エーファの誕生日の日から一ヶ月半……あれから彼女とは一度も顔を合わせていない。謝罪をしなくてはと思いながら、仕事や数ヶ月後に控えている父の誕生日の祝いと自身の公爵就任のパーティーの準備に追われ暇がなかった。だがそれは言い訳に過ぎないと自分でも分かっている。本当は彼女と顔を合わすのが怖いだけだ。彼女から軽蔑の眼差しを向けられるのが怖くて堪らない。彼女からレクスの話を聞かされたらと考えるだけで、正気ではいられない。無様過ぎて自分で笑えてくるが、これが本心だった。
 明日出立したら、屋敷に戻るのは一ヶ月半後になる。そうなればエーファと夫婦でいられるのは後一ヶ月程しかない。今更ながらに何故離縁するなどと言ってしまったのかと悔やむばかりだ。あの時の自分を殴ってやりたい。
 だがそれでも結果は同じだったかも知れない。何故なら彼女はレクスの事がーー。


「何しに来たんだ」

 あれから何もする気力も起きず椅子に凭れ掛かりただ座っていた。壁時計を確認すると一時間程過ぎていた。そんな時静かに部屋の扉が開き一瞬ギーかと思うも彼は無作法にノックをしないで入って来る事はない。そして入って来た人物を見て顔を顰めた。

「レクス」

 彼と顔を合わせるのは久々だ。そもそもレクスはあのパーティー以降屋敷に姿を見せなくなった。本当はエーファに会いたいだろうに、一応まだ夫である自分に遠慮しているのかも知れない。だが今更そんな気遣いなど不要だ。
 
「君と少し話がしたくてさ」
「私はお前と話す事など何もない」

 これ以上ない本心だった。彼の話など聞きたくもない。どうせエーファに関してマウントでも取るつもりなのだろう。
 レクスは彼女から経緯を聞かされている筈だ。そんな事をせずとも後数ヶ月すれば彼女とマンフレットが離縁をすると分かっている。それなのにも関わらず、態々やって来るなど悪趣味以外の何物でもない。
 マンフレットは顔すら拝みたくないと立ち上がり窓辺へと移動すると、拒絶する様にしてレクスに背を向けた。



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