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三十一話

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 広間は彼女の為に花で飾り付けられ、テーブルには隙間なくご馳走が並べていた。出迎えた使用人達の表情は皆一様に笑顔で彼女に祝辞を述べる。するとレクスが颯爽と近付いて来たかと思えば、跪きエーファの手の甲に口付けを落とす。瞬間目を見張るが別にただの挨拶だ。マンフレットはこんな恥ずかしい挨拶など絶対にしないが、レクスの様な軽い男なら決して珍しい事はではない。分かっている、頭では理解しているが苛立った。更にレクスは用意していた花束を彼女に手渡す。それを嬉しそうに受け取る彼女の姿を見て、まだ渡せていない内ポケットの箱が急に重く感じた。

 抱えきれない程の花束を持つエーファを侍女等が取り囲み談笑を始めマンフレットはその場から離れ壁際に避難する。騒がしいの苦手だ。それに自分がいると使用人等も気を使い、更には余計な発言をして水を差したくない。
 遠目でエーファやレクス等が談笑する様子を眺めながら一人ワインを呷る。
 今日は一日自分らしくないが、終始気持ちが浮ついていた。だが今はそれが嘘の様に気分が沈んでいる。


(あの花……)

 珍しい形の花だったが、何処か見覚えがあった。記憶を辿るも中々思い出せない。だがふとエリンジウムという名が頭に浮かんだ。

『エリンジウム、知らないの?』
『私が花に詳しいと思うか?』
『あはは、だよね。ほらあそこにいる男女、二人とも妻いて旦那がいる』
『それがどうしたんだ』
『今彼が女性に花を手渡しただろう。あの二人、なんだよ。秘めた愛、秘密の恋ーーあの花にはそんな意味がある。俺達貴族はさ、大半の人間が恋愛して結婚なんてそんな自由はないだろう? 俺も君だって所詮家のしがらみからは逃れる事は出来ない。だから結婚後に恋愛をする人間も多い。そんな彼等はあの花を贈り互いの愛を確かめ合っているそうだよ』
『理解不能だ。そんなのは隠れてやるものだろう。お前の様に知っている人間が見れば不貞しているのが一目瞭然だ。莫迦なのか?』

 貴族社会で不貞の容認派は一定数存在はするが、否定派も決して少なくはない。不貞により婚約破棄や離縁する者もいる。特に男は例え己が不貞を働いていたとしても、理不尽な話だが妻には許さない人間も少なくない。

『はは、マンフレットは本当手厳しいね~。なんだろうね……俺にも明白な答えは分からないよ。でもさ、きっと理屈じゃないんだよ。やっぱり自分達の愛を誰かに示したいんじゃないかな。決して日の目を見る事はない、誰にも祝福もされる事もない。だからせめて自分達が愛し合っているのを誰かに知って欲しいのかもね』

 あれはまだ社交の場に出て間も無い頃だ。レクスの言葉が蘇る。それと同時に頭が真っ白になり、エーファとレクスの姿がと重なった。
 
(エーファがレクスと……? まさかそんな筈はーー)

 レクスがエーファを訪ねて来る時は必ず様子を窺っていた。いやだが初めから終わりまで見ていた訳ではない。不貞をする隙なら幾らでもあった。それにエーファは使用人等とかなり親密である故、口止めをするのも容易い。
 

『エーファ嬢はさ~本当に素晴らしいよねぇ。可愛いし、優しくて健気で、頑張り屋だし~いいなぁ俺もこんな出来た奥さん欲しいよ。マンフレットもそう思うだろう? 君さ~何時も仏頂面で愛想ないんだから、今日くらい奥さんに愛情表現してあげても良いんじゃない? この際だから愛してるぅ! くらい言って口付けの一つでもしたら?』

 次々と頭の中に疑惑が浮かんでは消えていく。延々と思考が繰り返す中、顔を赤らめ大分酔いが回っているであろうレクスが近付いて来た。今は会話所か顔すら見たくないと思っているのに最悪だった。

『お前には関係ない』
『そんな態度ばかりとってると~その内愛想を尽かされちゃうよ? でもさ~そうしたら俺が貰っちゃおうかなぁ。良いのかな? こんなに素敵な奥さん他にいないよ?』

 レクスは昔から直ぐに調子に乗る性格ではあったが、酒癖は悪くない。それに酒には強く顔が赤くなっても意識は確りとしていた。そう考えると意図して話しているという事だ。そしてこれは彼の本音であり、きっと彼女もまた然りーー。

 エーファとは一年で離縁する。嫁いで来たその日の夜に本人にもそう伝えた。だから自業自得だ。そんな事は分かっている。二人の関係に自分が口を挟む権利などは無い。幾ら今は夫でも、それは離縁前提の関係に過ぎないのだ。彼女には当然幸せになる権利がある。
 マンフレットと離縁後、エーファはレクスに嫁ぐのだろうか……。レクスならきっと彼女を大事にして幸せにするだろう。だからこんな感情は間違っている。憤りを感じるなど間違っていると頭では理解しているのにーー。

『ーーブリュンヒルデに比べればまだまだだ』

 気付いたらそんな言葉が口を突いて出ていた。


 何故こんなにも苦しいのだろうーー。
















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