32 / 58
三十一話
しおりを挟む
広間は彼女の為に花で飾り付けられ、テーブルには隙間なくご馳走が並べていた。出迎えた使用人達の表情は皆一様に笑顔で彼女に祝辞を述べる。するとレクスが颯爽と近付いて来たかと思えば、跪きエーファの手の甲に口付けを落とす。瞬間目を見張るが別にただの挨拶だ。マンフレットはこんな恥ずかしい挨拶など絶対にしないが、レクスの様な軽い男なら決して珍しい事はではない。分かっている、頭では理解しているが苛立った。更にレクスは用意していた花束を彼女に手渡す。それを嬉しそうに受け取る彼女の姿を見て、まだ渡せていない内ポケットの箱が急に重く感じた。
抱えきれない程の花束を持つエーファを侍女等が取り囲み談笑を始めマンフレットはその場から離れ壁際に避難する。騒がしいの苦手だ。それに自分がいると使用人等も気を使い、更には余計な発言をして水を差したくない。
遠目でエーファやレクス等が談笑する様子を眺めながら一人ワインを呷る。
今日は一日自分らしくないが、終始気持ちが浮ついていた。だが今はそれが嘘の様に気分が沈んでいる。
(あの花……)
珍しい形の花だったが、何処か見覚えがあった。記憶を辿るも中々思い出せない。だがふとエリンジウムという名が頭に浮かんだ。
『エリンジウム、知らないの?』
『私が花に詳しいと思うか?』
『あはは、だよね。ほらあそこにいる男女、二人とも妻いて旦那がいる』
『それがどうしたんだ』
『今彼が女性に花を手渡しただろう。あの二人、そういう関係なんだよ。秘めた愛、秘密の恋ーーあの花にはそんな意味がある。俺達貴族はさ、大半の人間が恋愛して結婚なんてそんな自由はないだろう? 俺も君だって所詮家のしがらみからは逃れる事は出来ない。だから結婚後に恋愛をする人間も多い。そんな彼等はあの花を贈り互いの愛を確かめ合っているそうだよ』
『理解不能だ。そんなのは隠れてやるものだろう。お前の様に知っている人間が見れば不貞しているのが一目瞭然だ。莫迦なのか?』
貴族社会で不貞の容認派は一定数存在はするが、否定派も決して少なくはない。不貞により婚約破棄や離縁する者もいる。特に男は例え己が不貞を働いていたとしても、理不尽な話だが妻には許さない人間も少なくない。
『はは、マンフレットは本当手厳しいね~。なんだろうね……俺にも明白な答えは分からないよ。でもさ、きっと理屈じゃないんだよ。やっぱり自分達の愛を誰かに示したいんじゃないかな。決して日の目を見る事はない、誰にも祝福もされる事もない。だからせめて自分達が愛し合っているのを誰かに知って欲しいのかもね』
あれはまだ社交の場に出て間も無い頃だ。レクスの言葉が蘇る。それと同時に頭が真っ白になり、エーファとレクスの姿があの二人と重なった。
(エーファがレクスと……? まさかそんな筈はーー)
レクスがエーファを訪ねて来る時は必ず様子を窺っていた。いやだが初めから終わりまで見ていた訳ではない。不貞をする隙なら幾らでもあった。それにエーファは使用人等とかなり親密である故、口止めをするのも容易い。
『エーファ嬢はさ~本当に素晴らしいよねぇ。可愛いし、優しくて健気で、頑張り屋だし~いいなぁ俺もこんな出来た奥さん欲しいよ。マンフレットもそう思うだろう? 君さ~何時も仏頂面で愛想ないんだから、今日くらい奥さんに愛情表現してあげても良いんじゃない? この際だから愛してるぅ! くらい言って口付けの一つでもしたら?』
次々と頭の中に疑惑が浮かんでは消えていく。延々と思考が繰り返す中、顔を赤らめ大分酔いが回っているであろうレクスが近付いて来た。今は会話所か顔すら見たくないと思っているのに最悪だった。
『お前には関係ない』
『そんな態度ばかりとってると~その内愛想を尽かされちゃうよ? でもさ~そうしたら俺が貰っちゃおうかなぁ。良いのかな? こんなに素敵な奥さん他にいないよ?』
レクスは昔から直ぐに調子に乗る性格ではあったが、酒癖は悪くない。それに酒には強く顔が赤くなっても意識は確りとしていた。そう考えると意図して話しているという事だ。そしてこれは彼の本音であり、きっと彼女もまた然りーー。
エーファとは一年で離縁する。嫁いで来たその日の夜に本人にもそう伝えた。だから自業自得だ。そんな事は分かっている。二人の関係に自分が口を挟む権利などは無い。幾ら今は夫でも、それは離縁前提の関係に過ぎないのだ。彼女には当然幸せになる権利がある。
マンフレットと離縁後、エーファはレクスに嫁ぐのだろうか……。レクスならきっと彼女を大事にして幸せにするだろう。だからこんな感情は間違っている。憤りを感じるなど間違っていると頭では理解しているのにーー。
『ーーブリュンヒルデに比べればまだまだだ』
気付いたらそんな言葉が口を突いて出ていた。
何故こんなにも苦しいのだろうーー。
抱えきれない程の花束を持つエーファを侍女等が取り囲み談笑を始めマンフレットはその場から離れ壁際に避難する。騒がしいの苦手だ。それに自分がいると使用人等も気を使い、更には余計な発言をして水を差したくない。
遠目でエーファやレクス等が談笑する様子を眺めながら一人ワインを呷る。
今日は一日自分らしくないが、終始気持ちが浮ついていた。だが今はそれが嘘の様に気分が沈んでいる。
(あの花……)
珍しい形の花だったが、何処か見覚えがあった。記憶を辿るも中々思い出せない。だがふとエリンジウムという名が頭に浮かんだ。
『エリンジウム、知らないの?』
『私が花に詳しいと思うか?』
『あはは、だよね。ほらあそこにいる男女、二人とも妻いて旦那がいる』
『それがどうしたんだ』
『今彼が女性に花を手渡しただろう。あの二人、そういう関係なんだよ。秘めた愛、秘密の恋ーーあの花にはそんな意味がある。俺達貴族はさ、大半の人間が恋愛して結婚なんてそんな自由はないだろう? 俺も君だって所詮家のしがらみからは逃れる事は出来ない。だから結婚後に恋愛をする人間も多い。そんな彼等はあの花を贈り互いの愛を確かめ合っているそうだよ』
『理解不能だ。そんなのは隠れてやるものだろう。お前の様に知っている人間が見れば不貞しているのが一目瞭然だ。莫迦なのか?』
貴族社会で不貞の容認派は一定数存在はするが、否定派も決して少なくはない。不貞により婚約破棄や離縁する者もいる。特に男は例え己が不貞を働いていたとしても、理不尽な話だが妻には許さない人間も少なくない。
『はは、マンフレットは本当手厳しいね~。なんだろうね……俺にも明白な答えは分からないよ。でもさ、きっと理屈じゃないんだよ。やっぱり自分達の愛を誰かに示したいんじゃないかな。決して日の目を見る事はない、誰にも祝福もされる事もない。だからせめて自分達が愛し合っているのを誰かに知って欲しいのかもね』
あれはまだ社交の場に出て間も無い頃だ。レクスの言葉が蘇る。それと同時に頭が真っ白になり、エーファとレクスの姿があの二人と重なった。
(エーファがレクスと……? まさかそんな筈はーー)
レクスがエーファを訪ねて来る時は必ず様子を窺っていた。いやだが初めから終わりまで見ていた訳ではない。不貞をする隙なら幾らでもあった。それにエーファは使用人等とかなり親密である故、口止めをするのも容易い。
『エーファ嬢はさ~本当に素晴らしいよねぇ。可愛いし、優しくて健気で、頑張り屋だし~いいなぁ俺もこんな出来た奥さん欲しいよ。マンフレットもそう思うだろう? 君さ~何時も仏頂面で愛想ないんだから、今日くらい奥さんに愛情表現してあげても良いんじゃない? この際だから愛してるぅ! くらい言って口付けの一つでもしたら?』
次々と頭の中に疑惑が浮かんでは消えていく。延々と思考が繰り返す中、顔を赤らめ大分酔いが回っているであろうレクスが近付いて来た。今は会話所か顔すら見たくないと思っているのに最悪だった。
『お前には関係ない』
『そんな態度ばかりとってると~その内愛想を尽かされちゃうよ? でもさ~そうしたら俺が貰っちゃおうかなぁ。良いのかな? こんなに素敵な奥さん他にいないよ?』
レクスは昔から直ぐに調子に乗る性格ではあったが、酒癖は悪くない。それに酒には強く顔が赤くなっても意識は確りとしていた。そう考えると意図して話しているという事だ。そしてこれは彼の本音であり、きっと彼女もまた然りーー。
エーファとは一年で離縁する。嫁いで来たその日の夜に本人にもそう伝えた。だから自業自得だ。そんな事は分かっている。二人の関係に自分が口を挟む権利などは無い。幾ら今は夫でも、それは離縁前提の関係に過ぎないのだ。彼女には当然幸せになる権利がある。
マンフレットと離縁後、エーファはレクスに嫁ぐのだろうか……。レクスならきっと彼女を大事にして幸せにするだろう。だからこんな感情は間違っている。憤りを感じるなど間違っていると頭では理解しているのにーー。
『ーーブリュンヒルデに比べればまだまだだ』
気付いたらそんな言葉が口を突いて出ていた。
何故こんなにも苦しいのだろうーー。
61
お気に入りに追加
3,041
あなたにおすすめの小説
【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。
政略結婚だけど溺愛されてます
紗夏
恋愛
隣国との同盟の証として、その国の王太子の元に嫁ぐことになったソフィア。
結婚して1年経っても未だ形ばかりの妻だ。
ソフィアは彼を愛しているのに…。
夫のセオドアはソフィアを大事にはしても、愛してはくれない。
だがこの結婚にはソフィアも知らない事情があって…?!
不器用夫婦のすれ違いストーリーです。
自称地味っ子公爵令嬢は婚約を破棄して欲しい?
バナナマヨネーズ
恋愛
アメジシスト王国の王太子であるカウレスの婚約者の座は長い間空席だった。
カウレスは、それはそれは麗しい美青年で婚約者が決まらないことが不思議でならないほどだ。
そんな、麗しの王太子の婚約者に、何故か自称地味でメガネなソフィエラが選ばれてしまった。
ソフィエラは、麗しの王太子の側に居るのは相応しくないと我慢していたが、とうとう我慢の限界に達していた。
意を決して、ソフィエラはカウレスに言った。
「お願いですから、わたしとの婚約を破棄して下さい!!」
意外にもカウレスはあっさりそれを受け入れた。しかし、これがソフィエラにとっての甘く苦しい地獄の始まりだったのだ。
そして、カウレスはある驚くべき条件を出したのだ。
これは、自称地味っ子な公爵令嬢が二度の恋に落ちるまでの物語。
全10話
※世界観ですが、「妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。」「元の世界に戻るなんて聞いてない!」「貧乏男爵令息(仮)は、お金のために自身を売ることにしました。」と同じ国が舞台です。
※時間軸は、元の世界に~より5年ほど前となっております。
※小説家になろう様にも掲載しています。
「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。
彼の過ちと彼女の選択
浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。
そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。
一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。
婚約破棄のその後に
ゆーぞー
恋愛
「ライラ、婚約は破棄させてもらおう」
来月結婚するはずだった婚約者のレナード・アイザックス様に王宮の夜会で言われてしまった。しかもレナード様の隣には侯爵家のご令嬢メリア・リオンヌ様。
「あなた程度の人が彼と結婚できると本気で考えていたの?」
一方的に言われ混乱している最中、王妃様が現れて。
見たことも聞いたこともない人と結婚することになってしまった。
寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください
迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。
アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。
断るに断れない状況での婚姻の申し込み。
仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。
優しい人。
貞節と名高い人。
一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。
細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。
私も愛しております。
そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。
「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」
そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。
優しかったアナタは幻ですか?
どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる