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十四話
しおりを挟む「弟さんですか?」
良く晴れた昼下がり、今日もまたレクスが屋敷を訪ねて来たのでエーファは一緒にお茶をしていた。小さな円卓テーブルの上には、今朝エーファが焼いたキャロットケーキが置かれ、レクスは嬉々として頬張っている。こんなに喜んで貰えると作り甲斐があるとこっちまで嬉しくなる。
エーファの膝の上ではエメが気持ち良さ気に寝息を立て、その頭や背を撫でながら会話をしていた。
「あれ、会った事ない?」
先日の舞踏会の話から何となく話の流れがマンフレットの家族の話になり、彼に二つ歳の離れた弟がいる事を初めて知った。形式上では一応妻であるのにも関わらず、夫の家族構成を把握していないなど恥ずかしい。穴があったら入りたい……。きっとレクスも内心呆れているに違いない。
「ああ見えて昔からマンフレットって弟の事凄く可愛がっててさ。以前はこの屋敷にも良く遊びに来てたんだよ」
思い掛けず彼の意外な一面を知った。あのマンフレットが弟を溺愛……? ただ彼が弟を溺愛姿がどうにも想像出来ない。懸命に想像力を働かせてはみるが、舞踏会で見た笑みが頭に浮かびエーファは眉根を寄せた。
「ははっ、顔に皺が寄ってるよ。多分君が想像している様な可愛がり方じゃないから安心して。マンフレットがデレデレしながら弟の頭を撫でたり抱き締めたりとかそういうんじゃないからさ。だって彼がデレてる姿なんて気色悪いだろう?」
軽快な口調で、それこそ爽やかにさらりと悪態を吐くレクス。本人に悪気はないと思う。だがマンフレットが聞いたらきっと良い気はしない筈……なんて考えていた矢先だった。
「ほう、誰が気色悪いんだ?」
「そりゃあマンフレットに決まって……」
噂をすればなんとやら。突然彼が現れレクスの背後で冷たい視線を向けていた。
エーファは話に夢中で全く気付いていなかったが、どうやらそれはレクスも同じ様でマンフレットと目が合った瞬間笑顔が固まった。
暖かな日差しと心地良い風。清々しい筈なのに、中庭の一部だけ空気が重苦しい。
エーファは目前で繰り広げられる二人の遣り取りを戸惑いながら見守るしか出来ない。
「毎日毎日人の屋敷に入り浸り、仕舞いには人の悪態を吐き情報漏洩か?」
「情報漏洩って、仕事じゃあるまいし大袈裟な……」
「似た様なものだ。人の私的な情報を勝手に話すな。それになんだそのキャロットケーキは」
大分苛々した様子のマンフレットはレクスに詰め寄り説教をする。そして何故かテーブルにホール半分残っていたキャロットケーキに飛び火した。その瞬間エーファは自分の気遣いのなさに幻滅をする。
「マンフレット様、至らない妻で申し訳ありません!」
エーファは謝罪をすると慌ててエメを抱っこし立ち上がり、近くに控えていたニーナに手渡す。
にゃ?
異変に気付いたエメは薄目を開けるが、眠気が勝り再び目を閉じるとニーナの腕の中で寝息を立て始めた。
そしてエーファは俊敏な動きでナイフとフォークを使い小皿にキャロットケーキを取り分けると彼の前に置いた。
「キャロットケーキです」
「……」
レクスが頬張っている所を見てきっと彼も食べたかったのだろう。だからこんなにも腹を立てているに違いない。レクスの言う通り家族構成を情報漏洩とまで言って苛々するのは別に理由があるとしか考えられない。鈍感な自分は全く気付かなかったと反省をする。
「実は今日のは特製でして、ニンジンの蜂蜜漬けを添えてみました」
夜会の日にレクスには迷惑を掛けてしまったので、そのお詫びも兼ねてエーファ特製ニンジンの蜂蜜漬けを添えてみた。そしてこれは決して言い訳ではないが、ギーに頼んでこの後マンフレットにもお茶請けに出して貰う予定だったので断じて彼を除け者にした訳ではない。
「あはははっ、良かったね~マンフレット。その蜂蜜漬け、かなり美味だよー」
「それ結構自信作なんです」
先程まで少し興奮気味だったマンフレットは静かになった。出されたキャロットケーキとニンジンの蜂蜜漬けを凝視している。これはかなり効果があったとエーファは内心喜んだ。
実は先程、マンフレットの家族の話になる前にレクスからマンフレットはニンジンが好物だと教えて貰ったばかりだった。
「……」
彼は無言のままニンジンの蜂蜜漬けを口に入れ直ぐにキャロットケーキを口に運び直様お茶を飲む。それを何度か繰り返すと、あっという間にケーキを平らげた。
その様子をエーファとレクスは微笑ましく見ていた。
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