上 下
15 / 58

十四話

しおりを挟む

「弟さんですか?」

 良く晴れた昼下がり、今日もまたレクスが屋敷を訪ねて来たのでエーファは一緒にお茶をしていた。小さな円卓テーブルの上には、今朝エーファが焼いたキャロットケーキが置かれ、レクスは嬉々として頬張っている。こんなに喜んで貰えると作り甲斐があるとこっちまで嬉しくなる。
 エーファの膝の上ではエメが気持ち良さ気に寝息を立て、その頭や背を撫でながら会話をしていた。

「あれ、会った事ない?」

 先日の舞踏会の話から何となく話の流れがマンフレットの家族の話になり、彼に二つ歳の離れた弟がいる事を初めて知った。形式上では一応妻であるのにも関わらず、夫の家族構成を把握していないなど恥ずかしい。穴があったら入りたい……。きっとレクスも内心呆れているに違いない。

「ああ見えて昔からマンフレットって弟の事凄く可愛がっててさ。以前はこの屋敷にも良く遊びに来てたんだよ」

 思い掛けず彼の意外な一面を知った。あのマンフレットが弟を溺愛……? ただ彼が弟を溺愛姿がどうにも想像出来ない。懸命に想像力を働かせてはみるが、舞踏会で見た笑みが頭に浮かびエーファは眉根を寄せた。

「ははっ、顔に皺が寄ってるよ。多分君が想像している様な可愛がり方じゃないから安心して。マンフレットがデレデレしながら弟の頭を撫でたり抱き締めたりとかそういうんじゃないからさ。だって彼がデレてる姿なんて気色悪いだろう?」

 軽快な口調で、それこそ爽やかにさらりと悪態を吐くレクス。本人に悪気はないと思う。だがマンフレットが聞いたらきっと良い気はしない筈……なんて考えていた矢先だった。

「ほう、誰が気色悪いんだ?」
「そりゃあマンフレットに決まって……」

 噂をすればなんとやら。突然彼が現れレクスの背後で冷たい視線を向けていた。
 エーファは話に夢中で全く気付いていなかったが、どうやらそれはレクスも同じ様でマンフレットと目が合った瞬間笑顔が固まった。


 暖かな日差しと心地良い風。清々しい筈なのに、中庭の一部だけ空気が重苦しい。
 エーファは目前で繰り広げられる二人の遣り取りを戸惑いながら見守るしか出来ない。

「毎日毎日人の屋敷に入り浸り、仕舞いには人の悪態を吐き情報漏洩か?」
「情報漏洩って、仕事じゃあるまいし大袈裟な……」
「似た様なものだ。人の私的な情報を勝手に話すな。それになんだそのキャロットケーキは」

 大分苛々した様子のマンフレットはレクスに詰め寄り説教をする。そして何故かテーブルにホール半分残っていたキャロットケーキに飛び火した。その瞬間エーファは自分の気遣いのなさに幻滅をする。

「マンフレット様、至らない妻で申し訳ありません!」

 エーファは謝罪をすると慌ててエメを抱っこし立ち上がり、近くに控えていたニーナに手渡す。

 にゃ? 

 異変に気付いたエメは薄目を開けるが、眠気が勝り再び目を閉じるとニーナの腕の中で寝息を立て始めた。
 そしてエーファは俊敏な動きでナイフとフォークを使い小皿にキャロットケーキを取り分けると彼の前に置いた。

「キャロットケーキです」
「……」

 レクスが頬張っている所を見てきっと彼も食べたかったのだろう。だからこんなにも腹を立てているに違いない。レクスの言う通り家族構成を情報漏洩とまで言って苛々するのは別に理由があるとしか考えられない。鈍感な自分は全く気付かなかったと反省をする。

「実は今日のは特製でして、ニンジンの蜂蜜漬けを添えてみました」
 
 夜会の日にレクスには迷惑を掛けてしまったので、そのお詫びも兼ねてエーファ特製ニンジンの蜂蜜漬けを添えてみた。そしてこれは決して言い訳ではないが、ギーに頼んでこの後マンフレットにもお茶請けに出して貰う予定だったので断じて彼を除け者にした訳ではない。

「あはははっ、良かったね~マンフレット。その蜂蜜漬け、かなり美味だよー」
「それ結構自信作なんです」

 先程まで少し興奮気味だったマンフレットは静かになった。出されたキャロットケーキとニンジンの蜂蜜漬けを凝視している。これはかなり効果があったとエーファは内心喜んだ。
 実は先程、マンフレットの家族の話になる前にレクスからマンフレットはニンジンが好物だと教えて貰ったばかりだった。

「……」

 彼は無言のままニンジンの蜂蜜漬けを口に入れ直ぐにキャロットケーキを口に運び直様お茶を飲む。それを何度か繰り返すと、あっという間にケーキを平らげた。
 その様子をエーファとレクスは微笑ましく見ていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

旦那様、私は全てを知っているのですよ?

やぎや
恋愛
私の愛しい旦那様が、一緒にお茶をしようと誘ってくださいました。 普段食事も一緒にしないような仲ですのに、珍しいこと。 私はそれに応じました。 テラスへと行き、旦那様が引いてくださった椅子に座って、ティーセットを誰かが持ってきてくれるのを待ちました。 旦那がお話しするのは、日常のたわいもないこと。 ………でも、旦那様? 脂汗をかいていましてよ……? それに、可笑しな表情をしていらっしゃるわ。 私は侍女がティーセットを運んできた時、なぜ旦那様が可笑しな様子なのか、全てに気がつきました。 その侍女は、私が嫁入りする際についてきてもらった侍女。 ーーー旦那様と恋仲だと、噂されている、私の専属侍女。 旦那様はいつも菓子に手を付けませんので、大方私の好きな甘い菓子に毒でも入ってあるのでしょう。 …………それほどまでに、この子に入れ込んでいるのね。 馬鹿な旦那様。 でも、もう、いいわ……。 私は旦那様を愛しているから、騙されてあげる。 そうして私は菓子を口に入れた。 R15は保険です。 小説家になろう様にも投稿しております。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。 そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。 死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……

あなたが私を捨てた夏

豆狸
恋愛
私は、ニコライ陛下が好きでした。彼に恋していました。 幼いころから、それこそ初めて会った瞬間から心を寄せていました。誕生と同時に母君を失った彼を癒すのは私の役目だと自惚れていました。 ずっと彼を見ていた私だから、わかりました。わかってしまったのです。 ──彼は今、恋に落ちたのです。 なろう様でも公開中です。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

処理中です...