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七話
しおりを挟む全身ずぶ濡れになったエーファを見た侍女は、軽く悲鳴を上げた。
「奥様の姿が見当たらないので心配して……え、奥様⁉︎」
慌てて駆け寄り頭からタオルを被せる。そしてエーファの背後からやって来たマンフレットの姿を見つけ更に悲鳴を上げた。
「旦那様まで一体どうされたのですか⁉︎」
「何でもない。それより彼女に湯浴みをさせてやってくれ」
マンフレットはそれだけ言い残し早々にその場から立ち去った。
ずぶ濡れのまま自室に戻ったらギーに見つかり怒られた。「誰が後始末をするかご存知ですか?」と言いながら浴室に押し込められた。
湯に浸かりながら一息吐くとふとブリュンヒルデの事を思い出す。
『迷い込んでしまったらしく……怪我もしておりますので暫く面倒をみたいのですが』
中庭の前を通り掛かると、ブリュンヒルデと侍女が話している声が聞こえてきた。
『直ぐに外に逃して来なさい』
『……ですが奥様』
『もしそれでその猫が生きれないのなら、それがその猫の寿命なのでしょう。それが自然の摂理というものよ。貴女がしている事は自己満足であり偽善です。理解したなら捨てて来なさい』
眉一つ動かさず淡々とそう話す彼女の言葉正しい。あの猫一匹助けた所で意味はない。この世には同じ様な状況の生き物はごまんといる。目の前にある不幸だけを助ける事は、彼女の言う通り偽善に過ぎないとマンフレットも思った。
湯から上がるとギーが水差しからコップに水を注いでくれた。それを一気に飲み干す。
「宜しいのですか? あんなに猫嫌いでしょうに」
「別に私の視界に入らなければ問題ないし、興味すらない」
マンフレットが湯浴みをしている間に、どうやら侍女等から話を聞いて来たらしい。全く余計な事をする。ギーはマンフレットの返答に意外そうな表情を浮かべた。
「なんだ」
「いえ、マンフレット様からその様な言葉が出るとは意外だったもので。少々驚きました」
「別に。ただの気まぐれだ」
お茶を淹れにギーが下がり部屋には一人になる。窓の外に目を向けると、雨は更に強くなり土砂降りとなっていた。
「同じ姉妹なのに、こうも違うものなんだな」
『捨てないで、下さい……』
『捨てて来なさい』
エーファが嫁いで来た時に理解はしていたが、改めて思い知った気がした。きっと心の何処かではやはり血の繋がりがある姉妹なのだから、見目が違えど本質は似ているのではないかと思っていたのかも知れない。
自分で言うのもなんだが、自分は完璧主義だ。そんなマンフレットにとって前妻のブリュンヒルデは完璧で理想的な妻だった。少なくてもあの日まではそう思っていた。
◆◆◆
「ふふ、さっぱりしたね」
子猫と共に湯浴みを済ませたエーファはタオルで子猫の身体を拭いてあげると、身体を震わせ水気を飛ばす。怪我を負っている後ろ脚はもう外傷は見当たらず痛がりはしないが、歩く時は引きずっているので恐らく内部が傷付いているのだろうと思われる。
「あら、汚れていただけで本当は白色なんですね」
ニーナが子猫の後ろ脚に包帯を巻きながら眉を上げ笑った。
少し前から中庭に野良猫の親子が住み着いていたのをエーファは見つけ、誰にも見つからない様にこっそりと餌を与えていた。その理由は昔、実家でも似た様な出来事があり、その時は母に見つかり直ぐに外に摘み出されてしまいエーファは酷く叱られた。野良猫など汚い、変な病気を移されたらどうするのかと。無論エーファの心配ではなく、両親や姉や弟の事を言っている。
マンフレットに見つかりでもすれば、きっとこの子猫は捨てられてしまうと考え誰にも秘密にしていた。だがそんな矢先、この子猫だけを残して母猫や兄弟は姿を消してしまった。始めは何処かに隠れているのだろうと庭の隅々まで探してみたが、やはり何処にもいない。それに良く見ると子猫は怪我を負っていた。その瞬間、何となく分かってしまった。だがきっと母猫は戻って来るとそれから数日待ち続けていた。そして今日、最悪な事に朝から今にも降り出しそうな曇り空。まだ近くはないが、遠くから雷鳴が聞こえる。エーファは子猫が心配で慌てて中庭に出たのだが、こんな時に限って姿がない。一瞬母猫が迎えに来て連れて行ったのかも知れないと頭を過ぎるも、もし違ったらと思うと探さずにはいられなかった。
一通り探し終え、やはり姿はなく途方に暮れた。遂に雨は降り出してくるが、暫しその場に立ち尽くす。そんな時だった、枯葉の中からか細い鳴き声が聞こえてきた。まだ遠くだが、どうやら雷の音が怖かったらしく潜り込んでしまった様だ。その所為で、全身が薄汚れてしまっていた。
『君はこんな所で、一体何をしているんだ』
子猫を抱き上げ安堵した瞬間、まさかの彼が現れた。エーファは子猫を抱き締め覚悟する。だが意外にも彼は子猫を屋敷に置く事を許可してくれた。もしかして……彼は猫好きなのかも知れない。
にゃ~。
エーファは子猫に、エメと名付けた。
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