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四話
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エーファは中庭の花壇の前に蹲み込んでいた。
土弄りなどするのは初めてだったが、やってみると意外と愉しい。先日庭師のロイに教わりながら埋めた種が花を咲かすのはまだまだ先にはなるが、今から待ち遠しくて仕方がない。日に一回水遣りをしているが、それ以外の時にも意味もなくこうやって様子を見に来ている。
「此処には何の花が咲くのかな」
不意に背後から話し掛けられエーファが振り返るとそこには見知らぬ青年が立っており、目を見張る。全く気配に気が付かなかった。
「怪しい者じゃないから安心して。初めまして、俺はレクス・ラガルド。マンフレットの友人なんだ」
「マンフレット様の……」
「君が彼の新しい奥方?」
間髪入れづに話す彼に戸惑いながらも、ゆっくりと頷いてみせた。
「彼は生真面目で頑固だし、冷淡だからね。でも根は良い奴だからさ」
中庭の端にあるベンチにエーファとレクスは座っていた。
レクスは明るく饒舌で親しみ易さを感じる。マンフレットの友人らしいが、彼とは正反対に思えた。
「それにしても、こんな愛らしい奥方を放っておくなんて信じられないよ」
社交辞令だと分かっているが、褒められ慣れていないエーファは萎縮してしまう。
「仕方がないんです。私は、お姉様とは違って何の取り柄もないので……。きっとマンフレット様も幻滅している筈です」
「へぇ、君はマンフレットが好きなんだ?」
「え……」
まさかそんな事を言われるとは思わず、エーファは驚いてレクスの顔を見た。すると少し戯けた笑顔を向けられる。
「その反応、やっぱりそうなんだ」
どうやらカマをかけられたらしい。馬鹿正直に反応してしまった自分が恥ずかしくなり一気に顔が熱くなる。
「い、いえ、そういう訳では……」
エーファが慌てて否定をすると、レクスは真面目な表情になる。
「でもエーファ嬢、彼は無理だよ。諦めた方がいい。彼は未だに君の姉君、ブリュンヒルデ嬢を想っている。きっとこれ先何年経とうともね。だから心まで求めるのは君が辛いだけだ」
「っ……」
幾ら彼が初恋の相手でその妻になったからといって、別に彼から愛されたいとか姉より愛して欲しいとかなどと思ってはいなかった。彼からも一年後離縁すると告げられていたし、そもそも自分などが彼から愛が欲しいなど烏滸がましいにも程がある。だから離縁するまでの間、せめて邪魔にならない様に過ごそうと決めた。だが何故かレクスの言葉が深く胸に突き刺さる。
「貴族の結婚なんて大半は愛なんてないものだし、それ故に皆他に代わりを求める。だから君もそうしたら良い」
言い方は優しいが、要するに浮気をするという意味だ。倫理には反するがレクスの言っている事が現実だ。政略結婚ばかりの貴族社会で、夫婦間に愛なんてないに等しい。姉とマンフレットは謂わば特別だったのだ。
「エーファ嬢、これは別に意地悪で言っている訳じゃない。君の為に忠告しているんだ。俺は君に傷付いて欲しくない」
「……」
「あーそう言えば、さっきマンフレットがキャロットケーキを食べてたから一緒にご馳走になったんだよね」
黙り込むエーファを気遣って彼は話題を変えてくれた。本当に優しく良い人だ。
だが何故に此処でキャロットケーキ? と思わず目を丸くする。
「実は俺、キャロットケーキ大好物なんだ。いや~今まで色んなキャロットケーキ食べてきたけど、あれは本当に絶品だった! マンフレットに是非シェフに作り方を教えて欲しいって頼んだんだけど、適当に遇らわれちゃってさ。本当に残念でならないよ」
「……宜しければ、レシピお教え致しますか?」
「え、君が?」
今度は彼が眉を上げ目を丸くした。
「実はそのキャロットケーキ、私が作ったんです」
土弄りなどするのは初めてだったが、やってみると意外と愉しい。先日庭師のロイに教わりながら埋めた種が花を咲かすのはまだまだ先にはなるが、今から待ち遠しくて仕方がない。日に一回水遣りをしているが、それ以外の時にも意味もなくこうやって様子を見に来ている。
「此処には何の花が咲くのかな」
不意に背後から話し掛けられエーファが振り返るとそこには見知らぬ青年が立っており、目を見張る。全く気配に気が付かなかった。
「怪しい者じゃないから安心して。初めまして、俺はレクス・ラガルド。マンフレットの友人なんだ」
「マンフレット様の……」
「君が彼の新しい奥方?」
間髪入れづに話す彼に戸惑いながらも、ゆっくりと頷いてみせた。
「彼は生真面目で頑固だし、冷淡だからね。でも根は良い奴だからさ」
中庭の端にあるベンチにエーファとレクスは座っていた。
レクスは明るく饒舌で親しみ易さを感じる。マンフレットの友人らしいが、彼とは正反対に思えた。
「それにしても、こんな愛らしい奥方を放っておくなんて信じられないよ」
社交辞令だと分かっているが、褒められ慣れていないエーファは萎縮してしまう。
「仕方がないんです。私は、お姉様とは違って何の取り柄もないので……。きっとマンフレット様も幻滅している筈です」
「へぇ、君はマンフレットが好きなんだ?」
「え……」
まさかそんな事を言われるとは思わず、エーファは驚いてレクスの顔を見た。すると少し戯けた笑顔を向けられる。
「その反応、やっぱりそうなんだ」
どうやらカマをかけられたらしい。馬鹿正直に反応してしまった自分が恥ずかしくなり一気に顔が熱くなる。
「い、いえ、そういう訳では……」
エーファが慌てて否定をすると、レクスは真面目な表情になる。
「でもエーファ嬢、彼は無理だよ。諦めた方がいい。彼は未だに君の姉君、ブリュンヒルデ嬢を想っている。きっとこれ先何年経とうともね。だから心まで求めるのは君が辛いだけだ」
「っ……」
幾ら彼が初恋の相手でその妻になったからといって、別に彼から愛されたいとか姉より愛して欲しいとかなどと思ってはいなかった。彼からも一年後離縁すると告げられていたし、そもそも自分などが彼から愛が欲しいなど烏滸がましいにも程がある。だから離縁するまでの間、せめて邪魔にならない様に過ごそうと決めた。だが何故かレクスの言葉が深く胸に突き刺さる。
「貴族の結婚なんて大半は愛なんてないものだし、それ故に皆他に代わりを求める。だから君もそうしたら良い」
言い方は優しいが、要するに浮気をするという意味だ。倫理には反するがレクスの言っている事が現実だ。政略結婚ばかりの貴族社会で、夫婦間に愛なんてないに等しい。姉とマンフレットは謂わば特別だったのだ。
「エーファ嬢、これは別に意地悪で言っている訳じゃない。君の為に忠告しているんだ。俺は君に傷付いて欲しくない」
「……」
「あーそう言えば、さっきマンフレットがキャロットケーキを食べてたから一緒にご馳走になったんだよね」
黙り込むエーファを気遣って彼は話題を変えてくれた。本当に優しく良い人だ。
だが何故に此処でキャロットケーキ? と思わず目を丸くする。
「実は俺、キャロットケーキ大好物なんだ。いや~今まで色んなキャロットケーキ食べてきたけど、あれは本当に絶品だった! マンフレットに是非シェフに作り方を教えて欲しいって頼んだんだけど、適当に遇らわれちゃってさ。本当に残念でならないよ」
「……宜しければ、レシピお教え致しますか?」
「え、君が?」
今度は彼が眉を上げ目を丸くした。
「実はそのキャロットケーキ、私が作ったんです」
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