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三話
しおりを挟む山積みの書類に目を通していたが、不意にペンを机に置いた。
ギーがお茶を淹れて戻って来たので、暫し休憩にする。仕事机から離れ、ソファーに座り直すと目の前にいい香りのするお茶を出された。そしてそれと共に……ケーキの乗った皿も置かれる。
「キャロットケーキです」
態々言わなくとも見れば分かる。マンフレットはギーを睨むが、相変わらず飄々としている。小憎らしい。
「紳士たるもの食べ物を無駄にするなどあってはなりません」
内心ギーの言葉に苛つきながらも、フォークをとりキャロットケーキを切り分けると半ば自棄になりながら口の中に放った。
あれから数日に一度は決まってこのキャロットケーキがお茶の時間に出されている。正直初めはケーキに手を付けるまでに葛藤し時間を要した。ギーからの嫌味に溜息を吐き諦め口に入れた瞬間には、もしかしたら死ぬかも知れないと本気で思ったくらいだ。だが不本意ではあるが意外と食せてしまった。確かにニンジンの風味はするが、えぐみや臭みは全くない。それどころか美味しいとさえ感じた。
「君がキャロットケーキを食べてるなんて、明日は空から槍でも降るかも知れない」
「何時も来るなら事前に連絡をしろと言っている筈だが」
マンフレットが顔を顰めながら黙々と食している間に、我が物顔で執務室に入って来たのはレクス・ラガルド、マンフレットの十年来の友人だ。言い方を変えれば腐れ縁とも言える。
レクスは長身でがっしりとした身体付きだが決して威圧などは感じず寧ろ昔から爽やかだと女性達からは人気がある。
「冷笑の貴公子なんて言われている君の実態がまさか極度のニンジン嫌いなんて、本当面白いよね」
「……」
「あぁ、ギー。俺にもキャロットケーキを貰えるかな」
図々しいレクスからの催促にギーは目配せで許可を求めてくる。一瞬拒否しようかとも考えたが、拒否した事で変に勘繰られるのが面倒だと許可を出すと、ギーがレクスの前に切り分けたケーキを出した。
「へぇ~これは絶品だね。これなら君が食べるのも納得だよ。是非うちのシェフにも作らせたいな。ねぇ、マンフレット。君の所のシェフに作り方を教えて貰いたいんだけど、良いよね?」
良いわけがない。何しろケーキを作ったのはシェフではなくエーファだ。そんな事がレクスに知られたら色々と面倒な事になるに決まっている。
「機会があればな」
「何その社交辞令みたいな返答は」
至極不満気に見てくるが無視を決め込み最後の一切れを口の中に放り込んだ。
「それでお前は一体何しに来たんだ」
どうせ碌でもない理由だろうが、レクスの関心を逸らす為にも話題を変えた。
「友人の顔を見に来ただけだよ」
「成る程。ならもう用は済んだな」
「相変わらず手厳しいな。それで、新しい奥方はどう?」
「目的はそっちだろう」
「あはは、別にいいだろう? 今じゃ社交界では、あのブリュンヒルデの妹を後妻に娶った話でもちきりなんだ」
大方そんな事だと思った。直接マンフレットに話題にする者はいないが、周囲が騒がしい事は知っていた。
「で、どんな娘なの?」
「……ブリュンヒルデとは似ても似つかない程平凡でつまらない娘だ」
酷い言い草だが事実故、訂正するつもりはない。
マンフレットはカップに残っていたお茶を飲み干し立ち上がると仕事机に戻った。だがレクスは意に介す事なく一人話を続ける。奥方を紹介しろから始まり社交界での信憑性に欠ける噂話などを延々と話していたが、暫くすると飽きたらしく「また来るよ」と言って去って行った。
悪い奴ではないが、少々気まぐれな友人に溜息を吐いた。
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