24 / 29
23
しおりを挟む『ねぇ、リゼット。僕の事、お兄様って呼んでも良いんだよ』
リゼットがルヴィエ家の屋敷に来て暫く経ったある日、クロヴィスはそんな事を言い出した。
『?』
クロヴィスの意図が分からず、首を傾げる。
『ほら、リゼット。お兄様と呼んでごらん』
満面の笑みで手を広げるクロヴィスの腕の中に自ら飛び込み、ちょこんと収まった。
『クロヴィスさま』
『えっと……お兄様だよ、リゼット』
『クロヴィスさま!』
『あはは……』
苦笑して困り顔の彼がおかしくて、リゼットは声を出して笑った。
『ねぇ、リゼット。お兄様って……』
『はい、クロヴィス様』
それからも度々彼は頻りにお兄様と呼んで欲しいと言って来た。
『そんなに僕の事、お兄様って呼びたくないの?』
『クロヴィス様はクロヴィス様です』
彼の腕に抱かれながら、そう答えた。幼い頃から無意識に彼をお兄様と呼びたくなかった理由は今なら分かる。リゼットにとって彼は兄代わりなどではなく、愛する夫なのだ。でも彼は自分の事を歳の離れた妹くらいにしか思ってないのは悲しいくらいに分かっている。だからこそ意地でもお兄様なんて呼んであげないと密かに決めていた。
『お休み、リゼット』
何時も彼はリゼットを抱き締めたまま眠ってくれる。初めて屋敷に来た時からずっと……。リゼットは彼の腕の中で胸元から伝わってくる鼓動を聞くのが好きだ。温かくて、酷く安心をする。毎晩この腕の中に包まれる度に、自分の帰る場所はここなのだと実感出来た。彼がいてくれたら、何も怖いものなんてない。彼がいてくれたら、何も要らない。本当に幸せだった。
『リゼット、お土産だよ』
昔からクロヴィスは毎日の様にリゼットにお土産を持って帰って来てくれた。それは小さなお菓子だったり、ぬいぐるみや本、高価な装飾品だったりと様々だ。月に数回は必ず仕立て屋を呼び、ドレスを新調してくれて、あっという間にリゼットの部屋のクローゼットはドレスで埋め尽くされた。そんな彼にヨーナスやシーラも呆れ果てているが、リゼットは彼の気持ちが嬉しくて仕方がなかった。
だから学院に入学してからは、友人になったカトリーナやラファエル、レンブラントについクロヴィスの自慢話をしてしまう。カトリーナはそんなリゼットの話を何時も笑顔で聞いてくれた。甥であるレンブラントは、クロヴィスはリゼットを甘やかし過ぎだと何時も呆れて、仕舞いには説教をされた。
そんな穏やかで幸せな日々がこれから先もずっと続くとリゼットは信じて疑わなかった。だが、リゼットが十五歳の時にそんな幸せは脆くも崩れた。
クロヴィスがリゼットと離縁する。彼はリゼットの再婚相手を探している。しかも彼には愛する女性がいる……そんな残酷な現実を目の当たりにした。そして彼がやはりリゼットの事を妹くらいにしか思っていないのだと痛感した。
彼から愛する女性と結婚したいから自分がいると困ると告げられた時は、頭が真っ白になった。
本当ならば、これまであんなにも大切にしてくれた彼の幸せを願わなくてはならないのに、心の狭い自分には出来そうにない。
ただ結局「離縁なんてしたくない」とは最後まで彼には言えなかった。
愛する彼をこれ以上困らせたくない。我儘を言って、彼に嫌われたくない。
カタカタと揺れる馬車の窓の外を眺めてながら、これまでの事を走馬灯の様に思い出していた。馬車はゆっくりと速度を落とし、程なくして止まった。
11
お気に入りに追加
1,403
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。
緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」
そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。
私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。
ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。
その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。
「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」
お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。
「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」
釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません
しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。
曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。
ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。
対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。
そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。
おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。
「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」
時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。
ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。
ゆっくり更新予定です(*´ω`*)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜
冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。
そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。
死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?
蓮
恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ!
ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。
エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。
ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。
しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。
「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」
するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。
当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。
しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。
最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。
それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。
婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。
だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。
これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる