愛する旦那様が妻(わたし)の嫁ぎ先を探しています。でも、離縁なんてしてあげません。

秘密 (秘翠ミツキ)

文字の大きさ
上 下
20 / 29

19

しおりを挟む


夜会の翌る日、クロヴィスは国王にリゼットとアルフォンスの事を報告した。するとコンラートは「そうか。詳しい話は後日する」とだけ一言返した。
否定も肯定もしない。始めにリゼットとの事を話した日もそうだった。その事に、何処か落胆している自分がいた。理由は分からない。だが何かを言って貰いたいと、期待していたのかも知れない。

「クロヴィス」

無気力な状態でボンヤリとしながら城内の廊下を歩いていると、待ち伏せしていたであろうユリウスとフォルカーに出会した。道を塞がれ、通れない。

「少し付き合え」



ユリウスに半ば強引に引っ張られ、着いた先は騎士団の稽古場だった。夕刻という事もあり、今日の稽古は終わった様で誰もいない。

「クロヴィス」

カランッー。

彼は稽古用の木剣をクロヴィスに投げて寄越した。だが、クロヴィスは拾う事はせずにただそれを眺めていた。

「拾え。俺が相手だ」

どうやら打ち合いをしろと言う意味らしい。

「僕は剣術は嗜む程度だから、君の相手にはならないと思うよ。だから時間の無駄だよ。練習相手なら他を当たって」

クロヴィスは貼り付けた様な笑みを浮かべ、早々に踵を返す。

「貴方の悪い癖ですよ、クロヴィス」

フォルカーの言葉にクロヴィスは背を向けたまま歩みを止めた。

「負戦はしない主義なのは悪い事じゃない。政治を行う上では正しい判断かも知れません。ですが、長い人生の中、時にはそれも必要な事があります」

「負ける事が必要だと、僕には思えない。負ける事に意味はないよ。戦場において負けは死を意味する。死んだらそれで終わりだ」

分かっている。フォルカーが言いたいのは、そう言う意味ではない。だが、適当に流して早くこの場を立ち去りたかった。

「逃げるな、クロヴィス。此処は戦場じゃない。そんなんだから、リゼット嬢を悲しませるんだ」

「っ……」

カンッ‼︎ー。

気付けば木剣を拾い上げ、ユリウスへ振り上げていた。ユリウスはそれを避ける事なく、自分の木剣で受けた。

「君に、何が分かる⁉︎」

リゼット嬢を悲しませるんだ……その言葉に一気に頭に血が上った。彼女の為に選んだんだ。誰よりも彼女の幸せを願っているのは、この自分だ。誰よりも彼女の事を大切に思っているし、誰よりも彼女を愛しているのも、自分だ。

それを悲しませているのが、僕自身だと言うのか⁉︎ー。

カッ!カッ‼︎ー。

力任せに打ち込んでいくと、ユリウスはそれを横へと軽く受け流す。力の差を感じた。たった数分なのに、自分だけの呼吸が乱れている。ユリウスは息を切らすどころか、平然としていた。勝ち目なんてある筈がない。だが、木剣を下ろす気にはならなかった。

「あぁ、分からないな。だがこれだけは分かるぞ。お前が必死に護っているのは彼女じゃない、お前自身の心だ」

「っ⁉︎」

その瞬間心臓が、早鐘の様に脈打つのを感じた。

「そんなに自分以外の人間に、心を暴かれるのが怖いか?」

いきなり、ユリウスの動きが変わった。受けるのではなく、打ち込んでくる。

カンッ‼︎カンッ‼︎カンッ‼︎ー。

一振り一振りの力が比べ物にならない程力強い。クロヴィスは受け止めきれず蹌踉めきながら、なんとか立っているのが精一杯だった。

「っ……」

カンッ‼︎カラン……‼︎ー。

木剣が弾き飛ばされ、クロヴィスは情けなく尻餅をついた。ユリウスは一振りして木剣をクロヴィスへと突き付ける。そんな彼を呆然と見上げた。

「昼間、リゼット嬢に会った」

「……」

「アルフォンス殿下と一緒だった。昨日の夜会の話を聞いた。リゼット嬢は必死に、笑っていた……あれが幸せに見えるなら、お前の目は腐っているな」

ユリウスはそれだけ言い捨てると、もう用は済んだとばかりに踵を返し行ってしまった。

「ユリウスも不器用な人ですから。アレでも、貴方が心配で仕方がないんですよ。分かってあげて下さい」

「知ってるよ……」

彼もまた自分と同じで不器用な人間だ。昔馴染みのクロヴィスはそれを良く理解している。

「クロヴィス、私は貴方のやり方を否定するつもりはありません。ただ、後悔だけはしない道を選んで下さい。負けや失敗が必ずしも無意味という訳ではないんです。私から言えるのは、ただそれだけです」

フォルカーはニッコリと笑い、手を差し伸べてくれた。





しおりを挟む
感想 58

あなたにおすすめの小説

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません

しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。 曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。 ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。 対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。 そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。 おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。 「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」 時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。 ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。 ゆっくり更新予定です(*´ω`*) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。 そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。 死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

貴方は私の

豆狸
恋愛
一枚だけの便せんにはたった一言──貴方は私の初恋でした。

つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?

恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ! ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。 エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。 ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。 しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。 「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」 するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。

当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。 しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。 最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。 それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。 婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。 だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。 これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

処理中です...