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しおりを挟む夜会の翌る日、クロヴィスは国王にリゼットとアルフォンスの事を報告した。するとコンラートは「そうか。詳しい話は後日する」とだけ一言返した。
否定も肯定もしない。始めにリゼットとの事を話した日もそうだった。その事に、何処か落胆している自分がいた。理由は分からない。だが何かを言って貰いたいと、期待していたのかも知れない。
「クロヴィス」
無気力な状態でボンヤリとしながら城内の廊下を歩いていると、待ち伏せしていたであろうユリウスとフォルカーに出会した。道を塞がれ、通れない。
「少し付き合え」
ユリウスに半ば強引に引っ張られ、着いた先は騎士団の稽古場だった。夕刻という事もあり、今日の稽古は終わった様で誰もいない。
「クロヴィス」
カランッー。
彼は稽古用の木剣をクロヴィスに投げて寄越した。だが、クロヴィスは拾う事はせずにただそれを眺めていた。
「拾え。俺が相手だ」
どうやら打ち合いをしろと言う意味らしい。
「僕は剣術は嗜む程度だから、君の相手にはならないと思うよ。だから時間の無駄だよ。練習相手なら他を当たって」
クロヴィスは貼り付けた様な笑みを浮かべ、早々に踵を返す。
「貴方の悪い癖ですよ、クロヴィス」
フォルカーの言葉にクロヴィスは背を向けたまま歩みを止めた。
「負戦はしない主義なのは悪い事じゃない。政治を行う上では正しい判断かも知れません。ですが、長い人生の中、時にはそれも必要な事があります」
「負ける事が必要だと、僕には思えない。負ける事に意味はないよ。戦場において負けは死を意味する。死んだらそれで終わりだ」
分かっている。フォルカーが言いたいのは、そう言う意味ではない。だが、適当に流して早くこの場を立ち去りたかった。
「逃げるな、クロヴィス。此処は戦場じゃない。そんなんだから、リゼット嬢を悲しませるんだ」
「っ……」
カンッ‼︎ー。
気付けば木剣を拾い上げ、ユリウスへ振り上げていた。ユリウスはそれを避ける事なく、自分の木剣で受けた。
「君に、何が分かる⁉︎」
リゼット嬢を悲しませるんだ……その言葉に一気に頭に血が上った。彼女の為に選んだんだ。誰よりも彼女の幸せを願っているのは、この自分だ。誰よりも彼女の事を大切に思っているし、誰よりも彼女を愛しているのも、自分だ。
それを悲しませているのが、僕自身だと言うのか⁉︎ー。
カッ!カッ‼︎ー。
力任せに打ち込んでいくと、ユリウスはそれを横へと軽く受け流す。力の差を感じた。たった数分なのに、自分だけの呼吸が乱れている。ユリウスは息を切らすどころか、平然としていた。勝ち目なんてある筈がない。だが、木剣を下ろす気にはならなかった。
「あぁ、分からないな。だがこれだけは分かるぞ。お前が必死に護っているのは彼女じゃない、お前自身の心だ」
「っ⁉︎」
その瞬間心臓が、早鐘の様に脈打つのを感じた。
「そんなに自分以外の人間に、心を暴かれるのが怖いか?」
いきなり、ユリウスの動きが変わった。受けるのではなく、打ち込んでくる。
カンッ‼︎カンッ‼︎カンッ‼︎ー。
一振り一振りの力が比べ物にならない程力強い。クロヴィスは受け止めきれず蹌踉めきながら、なんとか立っているのが精一杯だった。
「っ……」
カンッ‼︎カラン……‼︎ー。
木剣が弾き飛ばされ、クロヴィスは情けなく尻餅をついた。ユリウスは一振りして木剣をクロヴィスへと突き付ける。そんな彼を呆然と見上げた。
「昼間、リゼット嬢に会った」
「……」
「アルフォンス殿下と一緒だった。昨日の夜会の話を聞いた。リゼット嬢は必死に、笑っていた……あれが幸せに見えるなら、お前の目は腐っているな」
ユリウスはそれだけ言い捨てると、もう用は済んだとばかりに踵を返し行ってしまった。
「ユリウスも不器用な人ですから。アレでも、貴方が心配で仕方がないんですよ。分かってあげて下さい」
「知ってるよ……」
彼もまた自分と同じで不器用な人間だ。昔馴染みのクロヴィスはそれを良く理解している。
「クロヴィス、私は貴方のやり方を否定するつもりはありません。ただ、後悔だけはしない道を選んで下さい。負けや失敗が必ずしも無意味という訳ではないんです。私から言えるのは、ただそれだけです」
フォルカーはニッコリと笑い、手を差し伸べてくれた。
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