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「妹がどうしてもこの店に来たいと聞かなくてね」

「本日は学院もお休みでしたから、お兄様について来て頂いたんです」


リゼットは、伯爵令嬢であり学友でもあるカトリーナ・マリエットとその兄であるローラント・マリエットと談笑していた。

「リゼット嬢は、本当にルヴィエ公爵と仲が宜しいのですね。羨ましい」

ローラントにそう言われ、リゼットははにかんだ。

「そんな事は……ありますけど、改めて言われると恥ずかしいです」

自慢ではないが、仲は良い。だから否定なんてしない。だが、決して自慢ではない。頬が無意識に緩む。

「でも、ルヴィエ公爵かなり女性から人気ありますから大変ですわね」

「そうなんです!クロヴィス様は世界で一番素敵で格好良いので、どんな女性もイチコロなんです……」

「ふふ。リゼット様の惚気は本日も健在ですわね」

そうクロヴィスはどんな男性よりも格好良い。少し暗めの金髪に整った顔立ち、色も白くスラリとした体型に頭も良い。正に眉目秀麗と言う言葉が相応しい。肩書きだって元は第七王子で王弟であり、出会った時には既に公爵になっていた。モテない訳がない。寧ろモテる要素しかない。

たまに思う。クロヴィスにはもっと素敵な大人の女性が似合うのではないかと……。クロヴィスは何も言わないが、本当は自分みたいなお子様ではなく精神的にも視覚的にも大人の女性がいいのではないだろうか。

「ルヴィエ公爵は別格ですからね」

「そうそう、先日の舞踏会でも女性達の視線を独り占めだったしな」

「愛妻家とか言われてるけど、実は愛人が沢山いるとか噂もあるし」

会話に突如割って入ってきた青年達に、リゼットは目を丸くした。だが三人組の彼等は気に留める事なく強引にリゼットを取り囲む。

「リゼット嬢、以前から貴女とお近付きになりたかったんです」

「まさかこんな場所でお会い出来るなんて、これは運命かも知れませんね」

「此処で会ったのも何かの縁です。俺達とお話ししましょう」

爽やかに笑みを浮かべる彼等とは対照的にリゼットの表情は曇っていく。いきなり話に割り込んできた上に、人の旦那を侮辱する発言をするなんて非常識だ。クロヴィスはそんな人ではない。それはリゼットが良く理解している。だが愛人、という言葉が気になり何も言えない。

「貴女はまだ若いのですから、別にもっと相応な男性がいる筈です。彼に愛想を尽かす事があるならば是非私と」

「ズルいぞ!それなら俺が」

「いえ、是非に僕が」

男性等から勢いよく詰め寄られてリゼットのみならず、カトリーナとローラントも呆気に取られる。そんな困惑する中「お前を気に入った、抱きたい!」と言う声が聞こえて、振り返った。するとクロヴィスの隣にいた青年が叫んだ様だった。彼はクロヴィスの友人でありリゼットも良く知っている。たまに屋敷に遊びに来た際は一緒にお茶をする事もある。

「抱きたいって……」

「え、あのお二人……そう言う関係ですの」

周囲から洩れ聞こえてきた声にリゼットは小首を傾げた。

「リゼット嬢、ルヴィエ公爵はもしやそっちもいけるんですか」

「流石、モテる男は違いますね」

そっちとはどっちなのか分からない。行けるとは一体クロヴィスは何処へ行くのか?リゼットは話が見えず困惑した。

「リゼット嬢!」

「⁉︎」

そんな中、一人の青年に両手を握られた。余りの勢いに、身体をびくりとさせる。

「今日貴女と出会えた記念に、何か贈らさせて頂きたいのですが。何かお気に召した物はありましたか」

どうしよう……クロヴィス様から、知らない人から物を受け取ってはダメだと言われているのだけれど……ー。

「あの……」

リゼットは言付け通り断らなくてはと思い口を開いた時、青年の手が離れていった。

「折角だけど、遠慮させて頂くよ」

「ルヴィエ公爵⁉︎」

クロヴィスは青年の腕を掴んでおり、少し乱暴に離す。怒っている様に見えるが、顔は満面の笑みだ。

「妻には、夫である僕から贈るから必要ない。余計な気を回さないでくれるかな。リゼット、お話は済んだかい?」

クロヴィスはリゼットに向き直る。まだカトリーナとは話の途中だったのだが、青年等の乱入により中断されてしまった。戸惑いながらカトリーナを見遣ると、彼女は微笑み軽く手を振った。

「ルヴィエ公爵、ご機嫌よう。リゼット様、また学院でお会い致しましょう」

「はい、カトリーナ様、ローラント様。失礼します」

挨拶をして丁寧にしてお辞儀をした。青年等は顔を引き攣らせて立ち尽くしているが、クロヴィスに急かされるのでそのままにして踵を返す。

「リゼット、どれか気に入った物はあったかい?」

気を取り直してまた二人で、棚を眺めていた。

「どれも素敵過ぎて、悩みます」

全て一点もの故に、余計に目移りしてしまい決め兼ねる。

「成る程ね。なら、これなんかどうかな」

「可愛い」

クロヴィスが手にした物は、赤い石が施されたチョーカーだった。リゼットははにかみ頷いた。

クロヴィスが会計を済ませている横でリゼットは大人しく待っていた。彼は昔から良くリゼットに色んなものを買い与えてくれる。それはドレスだったり靴だったりぬいぐるみだったりと様々だ。その中でも一番多いのが装飾品だ。高価な宝石の施されたピアスにネックレス、ブレスレット……チョーカー。特にクロヴィスはチョーカーが好きな様で何時もリゼットに身に付けさせる。今もまたリゼットの首元にはフリルの施されたチョーカーを身につけていた。

「待たせたね。じゃあ、帰ろうか」

クロヴィスに肩を抱かれながら店を後にした。


「クロヴィス様」

帰りの馬車の中、リゼットは気になっていた事をクロヴィスに尋ねてみた。

「どうしたの」

「クロヴィス様は、そっちもいけるんですか?そっちってどっちですか?何処へ行かれるんですか?」

リゼットが先程の話の経緯を説明すると、彼は笑顔のまま固まってしまった。もしかして聞いてはいけない事だったのだろうか……。

「リゼットは気にしなくて良いからね」

「?」

結局教えて貰えず、リゼットは首を傾げたままだった。

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