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87.5話
しおりを挟む夜会の少し前の事。
『驚いたよ、まさか君が僕を訪ねて来るとは……レンブラント・ロートレック。で用件は何かな』
『取引をしたい』
『おや意外だね。諦めるのかい? 彼女を手放し敢えて傀儡を演じていたのに、それ等全てが無駄になってしまうんじゃないかな』
この人は一体どこまで知っているのか……レンブラントは目を見張る。正直敵わないと感じた。
『これ以上今の状況が長引けば、更に民衆を苦しめ犠牲を増やすだけだと気付いたんです。僕達のエゴに彼等を巻き込んではいけない』
真意を探る様にしてハインリヒはレンブラントを凝視してくる。
『成る程。その決断をするまで少々時間を要した事は否めないが、気付いた事は評価してあげるよ。これまで何百年とこの国は平穏無事に過ごして来た。君達はずっとそう思っていただろう? だがそれはまやかしに過ぎない。現に国王が病床に伏せただけでこの有様だ。水面下ではずっと争いは起きていた。フローラの存在はきっかけに過ぎない。その事を兄上や君達は理解出来ていなかった。それが今の結果に繋がっている』
ーー生まれ育った生温い環境が……。
以前祖父のダーヴィットから言われた言葉が頭を過った。ハインリヒの言う通りだ。本来ならクラウディウスが信仰金と言い出した時点で止めるべきだった。例えその首を刎ねる事になろうとも……。それが権力を持つ者としての責務なのだと気付いた。だが遅過ぎた。
『僕の持っている資料の全てを殿下にお渡し致します。信仰金の裏帳簿や国税に手を付けた証拠、他にはフローラ嬢が作っていた怪しげな薬に関する資料などです』
『その見返りに君は何を望むんだい?』
『彼女の幸せを』
ハインリヒが王太子になった後、レンブラントが態々願わずとも彼ならこの国を正しい未来へと導いてくれるだろう。故に敢えて個人的な願いをを口にした。
『フッ、君がそんな不確かなものを要求してくるとはね、実に面白い』
『僕が彼女にしてあげられる事は、もうこんな下らない事くらいしかないんです』
『成る程。君達は哀れなくらい莫迦だね』
『君達?』
この際何と言われようがどうだって良いと思うが、彼の妙な物言いにレンブラントは眉根を寄せる。
『以前も同じ様なやり取りをしたんだよ。彼女もまた聖女になる代償に君の幸せを望んだ。厳密にはクラウディウス兄上の命の保証とレンブラント、君等への責任を問わないと約束をした。全て君の為だよ。随分と愛されていて妬けるね』
『心にもない事を言わないで下さい』
冷静に突っ込むが内心酷く動揺していた。
『さて君はどうする?』
『……僕は自分の為すべき事をするだけです。僕の望みは彼女の幸せです、変わらない』
『良いね、そういう嫌いじゃないよ。兄上にこのままあげてしまうのが惜しいね。僕が君を欲しいくらいだ』
至極嫌そうな顔をすると彼はまた笑う。
『一応言っておくけど、僕にそういった趣味はないからね』
『……では僕は失礼致します』
揶揄う様に笑っているハインリヒを尻目に、用件を伝えたレンブラントは早々に踵を返す。
『レンブラント、僕から一つ忠告をしよう。くれぐれも忠義を尽くす意味を履き違えないようにね』
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