72 / 96
71話
しおりを挟む大きな屋敷に広い庭。豪華な調度品にドレスや装飾品。傅く沢山の使用人達。まるで夢の様な世界だ。
フローラは優雅にお茶を啜りながら用意されている焼き菓子を口に放り込む。今口にした菓子一つとっても昔の自分なら高価過ぎて簡単に口にする事は出来なかった。それが今は望めば幾らでも食べる事が出来る。ドレスだって宝石だって、彼に強請れば幾らでも用意してくれる。何しろ今自分はこの国の王太子の婚約者となったのだ。
(今の私が望んで手に入らない物なんて一つもないわ)
「フローラ」
「クラウディウス様」
毎日の様に彼は会いに来る。
「会いたかった」
「ふふ、嫌ですわ。昨日会ったばかりではないですか」
「まあ、そうなんだが」
ワザとらしくはにかみ、甘えた様に上目遣いをすると彼は照れた様に返事をした。
クラウディウスはフローラの隣に腰を下ろすと頭を撫でたり手を握ったりとしてくる。それをやんわりと遇らいながらフローラはお茶を愉しむ。実に気分が良い。
「クラウディウス様も一緒にお茶を飲みましょう」
使用人には任せずフローラはクラウディウスへ手際良くお茶を淹れると彼の前に置いた。それを彼は何の躊躇いもなく飲み干す。
「美味しいですか」
「あぁ、とても美味いよ」
始め彼にお茶を飲ませるまでは意外と時間が掛かったが、一度飲ませてしまえばそれまでだ。
流石王太子だという事もあり親しくなってからも彼は警戒しているのかフローラが淹れたお茶には一切口をつけてはくれなかった。仕方がないので彼が目を離した隙に、彼のお茶に薬を入れた。所謂媚薬なるものだ。
「また来る」
名残惜しいのか何度も彼は振り返りフローラを見てくる。効果は順調だ。今クラウディウスは正にフローラの虜になっている。フローラは一人ほくそ笑んだ。
本来薬の効果は一回飲めば数日は続くが、念の為彼が来る度に飲ませている。もしも効果が切れる様な事があれば全てが終わってしまう。
実はフローラ達は花薬の件からずっと機会を窺っていたのだ。本当なら花薬を利用してフローラの聖女としての知名度を一気に上げるつもりだったが、フローラが動くその前に事態は収束してしまい失敗に終わってしまった。
その後、彼とは街の小さな教会で出会った。
その日教会では慈善活動の一環で、子供達の為に催し物が開かれていた。無論その事は予め調査済みだった。
あの様な場で奇跡なるものを披露すれば信心深い教会の人間は聖女の存在に惹かれると分かりきっていた。何しろこの国はもう何百年と聖女が現れていないと聞く。そんな貴重な存在を放って置く筈がない。それに純粋無垢な子供達の言葉ならば大抵の大人は受け入れるだろうとも考えた。そんな事からあの日あの場には様々な条件が揃っていた。
ただ王太子達があの場に居合わせた事だけは予期せぬ幸運だった。何しろフローラは、何れは王太子妃延いては王妃にになるのだと野心を抱いている。それ故こんなにも早く機会が巡ってくるとは思わなかったと歓喜したがそれは束の間で、折角接触出来た王太子は直ぐに行ってしまった。
だがその後直ぐにフローラはクラウディウスと再会を果たす事になった。どうやら彼は聖女に興味を示したらしく自ら接触して来たのだ。なんて好都合なのだろうか、そして今度こそ機会を逃すものかと徐々に彼との距離を詰めていき、今に至る。
(花薬の時は失敗したけど、今回は上手くいったわね)
「それにしても、ティアナ・アルナルディねぇ」
花薬の一件で浮上した娘だ。姿を見たのは教会でが初めてだったが話はアルノーから聞いて知っていた。
ただあの娘が花薬の作り手かまでかは分からない。だが関係者である事は明白だ。フローラは花薬の現物は見た事はないが、話を聞いた限り普通の人間に作れる代物ではない。
それに彼女を見て直ぐに分かった。彼女からはあの女と同じモノをヒシヒシと感じる。自分と同類であり同類ではない存在。
ーー苛々する。
フローラは唇を噛んだ。
アルノーには彼女を仲間に引き入れる様に言われたが、正直面白くない。だが彼女はクラウディウスの側近の婚約者でもあり同類である事などを差し引いても利用価値は十分にある。
「まあ良いわ」
臆する必要はない。何しろ今の自分は王太子妃も同然であり将来は王妃となるのだ。
フローラは鼻を鳴らすと徐にまた焼き菓子を口に放り込んだ。
7
お気に入りに追加
637
あなたにおすすめの小説
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません

【完結】フェリシアの誤算
伽羅
恋愛
前世の記憶を持つフェリシアはルームメイトのジェシカと細々と暮らしていた。流行り病でジェシカを亡くしたフェリシアは、彼女を探しに来た人物に彼女と間違えられたのをいい事にジェシカになりすましてついて行くが、なんと彼女は公爵家の孫だった。
正体を明かして迷惑料としてお金をせびろうと考えていたフェリシアだったが、それを言い出す事も出来ないままズルズルと公爵家で暮らしていく事になり…。

二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。
【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。
みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」
魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。
ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。
あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。
【2024年3月16日完結、全58話】
冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる
みおな
恋愛
聖女。
女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。
本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。
愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。
記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。
【完】聖女じゃないと言われたので、大好きな人と一緒に旅に出ます!
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
ミレニア王国にある名もなき村の貧しい少女のミリアは酒浸りの両親の代わりに家族や妹の世話を懸命にしていたが、その妹や周囲の子ども達からは蔑まれていた。
ミリアが八歳になり聖女の素質があるかどうかの儀式を受けると聖女見習いに選ばれた。娼館へ売り払おうとする母親から逃れマルクト神殿で聖女見習いとして修業することになり、更に聖女見習いから聖女候補者として王都の大神殿へと推薦された。しかし、王都の大神殿の聖女候補者は貴族令嬢ばかりで、平民のミリアは虐げられることに。
その頃、大神殿へ行商人見習いとしてやってきたテオと知り合い、見習いの新人同士励まし合い仲良くなっていく。
十五歳になるとミリアは次期聖女に選ばれヘンリー王太子と婚約することになった。しかし、ヘンリー王太子は平民のミリアを気に入らず婚約破棄をする機会を伺っていた。
そして、十八歳を迎えたミリアは王太子に婚約破棄と国外追放の命を受けて、全ての柵から解放される。
「これで私は自由だ。今度こそゆっくり眠って美味しいもの食べよう」
テオとずっと一緒にいろんな国に行ってみたいね。
21.11.7~8、ホットランキング・小説・恋愛部門で一位となりました! 皆様のおかげです。ありがとうございました。
※「小説家になろう」さまにも掲載しております。
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

召喚から外れたら、もふもふになりました?
みん
恋愛
私の名前は望月杏子。家が隣だと言う事で幼馴染みの梶原陽真とは腐れ縁で、高校も同じ。しかも、モテる。そんな陽真と仲が良い?と言うだけで目をつけられた私。
今日も女子達に嫌味を言われながら一緒に帰る事に。
すると、帰り道の途中で、私達の足下が光り出し、慌てる陽真に名前を呼ばれたが、間に居た子に突き飛ばされて─。
気が付いたら、1人、どこかの森の中に居た。しかも──もふもふになっていた!?
他視点による話もあります。
❋今作品も、ゆるふわ設定となっております。独自の設定もあります。
メンタルも豆腐並みなので、軽い気持ちで読んで下さい❋

召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる