【拝啓、天国のお祖母様へ 】この度、貴女のかつて愛した人の孫息子様と恋に落ちました事をご報告致します。

秘密 (秘翠ミツキ)

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64話

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 馬車が止まった場所は、ティアナが良く知る教会だった。

「レンブラント様……」

 彼は迷う事なく教会の中へとティアナの手を引きながら入って行く。
 
「シスターには許可は貰っているから心配はいらないよ」

 祭壇の前で立ち止まるとようやく彼は振り返りティアナを見た。
 ステンドグラスから夕陽が差し込み、教会の中全体を緋色に染める。
 彼の青眼の瞳が真っ直ぐにティアナを捉えて視線を逸らせない。先程の宝石の様だと思う。
 こうして見て改めて見て実感する。本当に端正な顔立ちで綺麗だ。男性に対して褒め言葉にはならないかも知れないが率直な感想だった。

「ティアナ、遅くなったけど君に話さなくてはならない事がある」

 彼の凛とした声が静まり返る教会に響いた。
 何時になく真剣な面持ちに、ティアナは姿勢を正し身構える。
 一体何を言われるのか少し怖い。だが何と言われようとも覚悟は出来ている。

「二カ月程前、君が拐われた時の話だ」

 緊張からか無意識に唇をキツく結んだ。

「僕は君に謝らなくてはならない。クラウディウスは君が花薬の関係者だと考え、お茶の席で意図として君に花薬の話を聞かせて君の反応を試したんだ。僕はそれを後から聞かされたけど、結局は彼に従い動向を確かめる為に……放置した。その結果君を危険に晒す事になってしまった。すまなかった」

 レンブラントは手を握り締め、眉根を寄せ苦し気に顔を歪ませている。

 彼からの意外な告白にティアナは動揺をすると同時に複雑な思いに駆られた。まさか疑われ探られていたとは思わなかった。だがそれは彼の口振りからして、クラウディウスの意向でありレンブラントの意思ではなかったという事は分かった。 
 彼はクラウディウスの側近であり、主人の命令に忠実でなければならない。逆らう事は許されない。故に彼が謝罪する必要などない。それに彼はあの時助けに来てくれた。

 ティアナはゆっくりと首を横に振る。すると彼は安堵した様な息を吐いた。

「ティアナ……一つ聞きたいんだ」

 ティアナは返事の代わりに頷いた。

「実際は……どうなんだい。君は花薬と関係しているのか?」

 彼に嘘は吐きたくない。だが花薬の事は彼には話せない。彼を信用しているか否かは問題ではなく「花薬の事は誰にも口外しない」これはロミルダとの約束だ。

「答えられません」
「それだと肯定と捉えられるけど」
「答えられません、私にはそれしか言えません」
「あの時、ユリウスは何かを知っている様に見えた。彼には話せるのに僕には話してくれないの?」

 レンブラントの言った様に、ユリウスはどうやら気が付いている様子だがそれでも彼は知らないフリをしてくれているのをティアナは知っている。

 酷く傷付いた様な悲し気な表情の彼に、ティアナは胸が締め付けられる。胸元で両手を握り締め視線を落とした。

「ごめん……嘘だよ」

 長い沈黙の後、レンブラントはティアナを見て笑むと囁く様にそう言った。

「君を困らせたい訳じゃないんだ。誰にだって言えない秘密の一つや二つある。花薬の件は気になりなるけど、それだけじゃない。僕は彼に嫉妬しているんだ。彼は君の幼馴染で、君の事をなんでも知っているんだろう? その事が酷く悔しくて仕方がない。我ながら女々しくて情けないよ」

 彼がユリウスに嫉妬など意外で驚くが、何だか親近感が湧いてしまった。

「レンブラント様……。でもそれなら私だって同じです。ヴェローニカ様はレンブラント様の幼馴染で、きっと私の知らないレンブラント様を沢山知っている。それに彼女からはレンブラント様とは想い合っている仲だとも聞いています。正直に言えばそんなヴェローニカ様が羨ましくて仕方ありません」

 ずっと心に秘めていた本音を遂に彼に言ってしまった。今更ながらに面倒な女だと思われて嫌われてしまったらどうしようと不安が押し寄せる。

「ヴェローニカは確かに幼馴染ではある。でも僕と彼女はそんな間柄ではないと断言出来る。もし彼女の話が事実ならば、僕は疾うの昔に彼女と婚約をしているよ。僕は自分の欲するものをずっと指を咥えて見ている様なそんな間抜けじゃない。ねぇ、ティアナ。これだけは覚えておいて欲しい」
 
 ティアナは返事の代わりに小さく頷く。彼もまた応える様にして口角を少しだけ上げたのが分かった。

「僕は君を愛している」

 瞬間息をするのも忘れ心臓が止まった様に感じた。それだけ信じられなかった。

ーー彼が私を愛している?

 揶揄われているかも知れないと考えるも、態々こんな場所に連れて来てまでする話ではない。それこそ先程彼自身が言った様に性悪になってしまう。
 だが俄には信じ難い。ティアナは戸惑いながら縋る様な視線をレンブラントへと向ける。

「これから先何があろうと君へのこの想いは変わらないと断言出来る。今この場で神に誓う。その為に此処まで君を連れて来たんだ。僕の君への愛を証明する為に」

 彼は一歩足を踏み出し、ティアナへと近付いた。彼との距離は後一歩しかない。

「だから、もしこれ先僕に何かあろうとを信じて欲しい」

 また一歩彼は近付き、二人の間を隔てるものはもう何も無い。
 スッとレンブラントは手を伸ばすと、ティアナの首元のネックレスを掬い上げ青い宝石に口付けた。
 まるで自分に口付けをされている気分になり、恥ずかしくなる。
 
「レンブラント様……私も貴方をお慕いしております」

 一瞬躊躇いながらも、ティアナは彼への想いを口にした。これが自分に都合の良い夢だろうが現実だろうが関係ない。

(私は彼を愛している……その事実は変わらない)

 彼の手からペンダントが離れ、代わりにその手はティアナの髪や頬を撫でた。

「今この場で私も神に誓います。この先何があろうとも、私はレンブラント様のその言葉を信じます」

 胸元に下がっている宝石と同じ美しい彼の青い瞳がゆっくりと近付いてきて、やがて視界は彼で埋め尽くされた。
 彼の少し冷たい唇がティアナの唇と重なり静かに瞳を伏せる。優しくでも力強い彼の腕に抱き竦めらながら長い口付けをした。

「傷、まだ少し残ってるね」

 まるで破れ物を扱う様に首元にそっと彼の指が触れる。何度も撫でられそのくすぐったさに「んっ……」と小さく声を洩らすと今度は吸い寄せられる様にして彼は首の傷痕へと唇を寄せた。
 恥ずかしさに身体を強ばらせ無意識に震えた。顔も身体も熱い。だが嫌悪感など微塵もない。寧ろもっと彼に触れて欲しいなどと浅ましく考えてしまう自分がいる。はしたない。

 暫くティアナの首元に顔を埋めていたレンブラントは、チュッと音を鳴らして唇を離した。

「ごめん、君が余りにも僕を煽るから我慢出来なくなってしまったよ。続きは、また今度ね」

 耳に唇を寄せながら囁かれ、心臓が早鐘の様に脈打ち目眩すらしてくる。一人で立つのも出来なくなり彼に寄り掛かる。

「ティアナ? 大丈夫かい」
「レンブラント様……私……」

 そこで意識がプツリと途切れた。

 
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