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六十三話
美術館、国立図書館と順調にいった。
どちらもティアナは退屈した様子はなく終始愉し気だった。その事に調子に乗ったレンブラントはティアナの腰に手を回すが、恥ずかしそうな素振りを見せるものの拒否はされなかった。更にその事にレンブラントは気を良くした。
「奥に展示されていた女神と天使の姿、本当に綺麗でした」
「あぁ、あれは女神じゃなくて聖女なんだよ」
「聖女……」
「この国にはもう何百年と現れてはいないが、あの絵は実在した聖女を描いたものなんだ」
昼食を摂る為に、ヘンリックお勧めの穴場とされる店を訪れていた。
あのヘンリックの行き付けとは思えないクラシカルな外観と内装の落ち着いた雰囲気で、出てきた料理も中々に旨い。彼女も口に合った様で、食が進んでいる。
「そうなんですね。私、てっきり聖女とはお伽話とばかり思っていました」
「まあ、もう遥か昔の話だからね。ただ他国では聖女の存在は確認されていて、最近ではとある国の王太子妃に聖女と呼ばれる女性がなったと聞いている。……ティアナ?」
気がそぞろに見える彼女を呼ぶと、我に返り慌ててデザートのケーキに手をつけ始めた。
レンブラントは何か失言してしまったかと内心焦った。だが美味しそうに食べている姿を見て思い過ごしかと安堵する。
「この後は、買い物に行くんですよね。何を買われるんですか?」
「あぁ、それは行ってからのお愉しみだよ」
暫く会話を愉しんだ後、レンブラント達は再び馬車に乗り込むと本来の目的である宝石店へと向かった。
街中を馬車で走っていると、窓から覗く景観が様変わりする。ティアナもその事に気が付いた様で目を丸くしていた。
「この辺りの店は貴族御用達の店ばかりでね。平民は立ち入る事がない場所なんだ」
少し語弊がある。立ち入る事がないのではなく出来ないと言う方が正しい。
立派な外観の建物ばかりが建ち並ぶこの地区の店は全て何処ぞの貴族の所有物であり、何なら貴族自ら店主をしている店さえある。扱う品物も一級品ばかりの高級品で、一般の平民にはとても手を出せる代物ではない。
「この様な場所があるなんて、初めて知りました」
馬車を降りた彼女は興味深気に周囲を見渡す。そんな愛らしい姿に口元が緩みっぱなしのレンブラントは、軽く咳払いをして自身を落ち着かせる。
(ここからが本番だ。気を引き締めなくては)
「さあ、ティアナ。こっちだよ」
◆◆◆
レンブラントに手を引かれ店の中へと入ると、棚にはキラキラと輝く宝石が並んでいた。沢山の宝石の数に圧倒され、ティアナは入口で足を止めて目を見張る。
「これはこれは、ロートレック家のご子息様自ら足を運んで頂けるとは光栄でございます」
店の奥から初老と思われる男性が姿を現すと、レンブラントを見るなり頭を下げて挨拶をした。
「そちらのお美しいお嬢様は、どなたかお伺いしても宜しいでしょうか」
「あぁ、彼女は僕の婚約者だよ」
肩を抱き寄せ店主へと紹介され気恥ずかしくなってしまう。
「左様でしたか。ご挨拶が送れましたが、私はこの店の店主を務めさせて頂いておりますパウルと申します。ロートレック家には昔からご贔屓にして頂いております。どうぞお見知りおきをお願い致します」
丁寧に頭を下げられて、ティアナも慌てて頭を下げるとレンブラントに軽く笑われた。
「じゃあティアナ、早速だけどこの中から好きな物を選んでくれるかい」
突然レンブラントから選ぶ様に言われたティアナは目を丸くするが、直ぐにシュンとなる。
「ティアナ?」
暫し黙り込むティアナにレンブラントは心配そうに顔を覗き込んできた。
「あの、何方への贈り物なんですか」
相手が女性であるのは確かだろう。何しろわざわざティアナを連れて来て選ばせようというのだ。彼の役には立ちたいが、流石に辛い。
戸惑っていると今度はレンブラントが目を丸くしていた。しかも次の瞬間には声を上げて笑い出してしまった。
「レンブラント様?」
「あははっ、宝石を贈る相手なんて君以外にいないよ」
「え……」
てっきり買い物に付き合って欲しいと言われていたので、彼の物を買うのとばかり思っていた。
目を丸くするティアナに、レンブラントは話を続ける。
「まさか君に他の女性への贈り物を選ばさせようとしていると思ったのかい? 侵害だな。僕はそんなに性悪に見えるかな」
彼は相当可笑しかった様で中々笑いがおさまらない。店主も声には出さないが、やたらにニコニコとしている。
勘違いをしていたと分かり一気に恥ずかしくなり顔や身体が熱くなる。きっと顔は真っ赤になっているに違いない。
「もしかして、妬きもちやいちゃった?」
「あの……その……」
耳元で囁かれ、彼の熱い息が掛かりピクリと身体を震わせ俯き身を縮める。
(穴があったら入りたい……)
「ごめんね、少し揶揄い過ぎたね。でも君が余りにも可愛いからついね。それに嬉しくて」
「?」
何故勘違いした事が嬉しいのか分からず、ティアナは彼をチラリと覗き見る。
「僕が他の女性へ贈り物をすると思った君は、悲しそうにしていたから……それってやっぱり妬きもちだろう? 好きな人からの妬きもちは大歓迎だよ」
(好きな人……)
彼にとっては意味のない軽口だと分かってはいるが、そんな風に言われたら期待してしまうとティアナの胸は脈打つばかりだ。
「今日君とデートをした思い出に、僕から君へ贈りたいんだ。これは僕の我儘だ。付き合ってやってくれないかい」
それからティアナが棚の宝石を眺めていると、彼はまるで抱き締める様にして両手を後ろから肩に乗せ覗き込んでくる。顔と顔が触れそうな程かなり近い。
(レンブラント様が近過ぎて、心臓が止まりそう……)
気もそぞろになりながらも、ティアナは必死に宝石に意識を集中して目を遣った。
そんな中、ふと視界に入った一つの宝石から目が離せなくなる。
(綺麗、まるで……)
それは深く濃く青いのに何処までも透き通る様で吸い込まれそうな美しさだった。
「これが気に入ったのかい」
思わず魅入っていると後ろから手が伸びてきて宝石をヒョイと彼が持ち上げた。
「へぇ、綺麗な色だ。店主、これを貰うよ」
「レンブラント様、あ、あの!」
ティアナには宝石の価値は分からないが、流石にこの宝石がかなり値が張る物だという事くらいは分かる。
焦りながらレンブラントを制止しようとするが「じゃあ次はどの型がいいかい」と流され上手く躱されてしまった。
ペンダントとして使える様に加工して貰っている間、店の奥に用意されたお茶を飲みつつ彼とゆったりとした時間を過ごした。
数時間後、ようやく加工が終わりティアナ達は店を後にする。
「請求は屋敷の方に頼むよ」
「承知致しました。ではまたのお越しをお待ちしております」
店に来た時はまだ日は頭の真上を過ぎたばかりだったが、今は傾き始め緋色の光が少し眩しく感じた。
馬車に乗り後は帰路に着くのだとばかり思っていたのが、少し走ると馬車は止まった。
不思議に思いレンブラントを見ると、彼は迷う事なくティアナの手を引いて外へと出た。
美術館、国立図書館と順調にいった。
どちらもティアナは退屈した様子はなく終始愉し気だった。その事に調子に乗ったレンブラントはティアナの腰に手を回すが、恥ずかしそうな素振りを見せるものの拒否はされなかった。更にその事にレンブラントは気を良くした。
「奥に展示されていた女神と天使の姿、本当に綺麗でした」
「あぁ、あれは女神じゃなくて聖女なんだよ」
「聖女……」
「この国にはもう何百年と現れてはいないが、あの絵は実在した聖女を描いたものなんだ」
昼食を摂る為に、ヘンリックお勧めの穴場とされる店を訪れていた。
あのヘンリックの行き付けとは思えないクラシカルな外観と内装の落ち着いた雰囲気で、出てきた料理も中々に旨い。彼女も口に合った様で、食が進んでいる。
「そうなんですね。私、てっきり聖女とはお伽話とばかり思っていました」
「まあ、もう遥か昔の話だからね。ただ他国では聖女の存在は確認されていて、最近ではとある国の王太子妃に聖女と呼ばれる女性がなったと聞いている。……ティアナ?」
気がそぞろに見える彼女を呼ぶと、我に返り慌ててデザートのケーキに手をつけ始めた。
レンブラントは何か失言してしまったかと内心焦った。だが美味しそうに食べている姿を見て思い過ごしかと安堵する。
「この後は、買い物に行くんですよね。何を買われるんですか?」
「あぁ、それは行ってからのお愉しみだよ」
暫く会話を愉しんだ後、レンブラント達は再び馬車に乗り込むと本来の目的である宝石店へと向かった。
街中を馬車で走っていると、窓から覗く景観が様変わりする。ティアナもその事に気が付いた様で目を丸くしていた。
「この辺りの店は貴族御用達の店ばかりでね。平民は立ち入る事がない場所なんだ」
少し語弊がある。立ち入る事がないのではなく出来ないと言う方が正しい。
立派な外観の建物ばかりが建ち並ぶこの地区の店は全て何処ぞの貴族の所有物であり、何なら貴族自ら店主をしている店さえある。扱う品物も一級品ばかりの高級品で、一般の平民にはとても手を出せる代物ではない。
「この様な場所があるなんて、初めて知りました」
馬車を降りた彼女は興味深気に周囲を見渡す。そんな愛らしい姿に口元が緩みっぱなしのレンブラントは、軽く咳払いをして自身を落ち着かせる。
(ここからが本番だ。気を引き締めなくては)
「さあ、ティアナ。こっちだよ」
◆◆◆
レンブラントに手を引かれ店の中へと入ると、棚にはキラキラと輝く宝石が並んでいた。沢山の宝石の数に圧倒され、ティアナは入口で足を止めて目を見張る。
「これはこれは、ロートレック家のご子息様自ら足を運んで頂けるとは光栄でございます」
店の奥から初老と思われる男性が姿を現すと、レンブラントを見るなり頭を下げて挨拶をした。
「そちらのお美しいお嬢様は、どなたかお伺いしても宜しいでしょうか」
「あぁ、彼女は僕の婚約者だよ」
肩を抱き寄せ店主へと紹介され気恥ずかしくなってしまう。
「左様でしたか。ご挨拶が送れましたが、私はこの店の店主を務めさせて頂いておりますパウルと申します。ロートレック家には昔からご贔屓にして頂いております。どうぞお見知りおきをお願い致します」
丁寧に頭を下げられて、ティアナも慌てて頭を下げるとレンブラントに軽く笑われた。
「じゃあティアナ、早速だけどこの中から好きな物を選んでくれるかい」
突然レンブラントから選ぶ様に言われたティアナは目を丸くするが、直ぐにシュンとなる。
「ティアナ?」
暫し黙り込むティアナにレンブラントは心配そうに顔を覗き込んできた。
「あの、何方への贈り物なんですか」
相手が女性であるのは確かだろう。何しろわざわざティアナを連れて来て選ばせようというのだ。彼の役には立ちたいが、流石に辛い。
戸惑っていると今度はレンブラントが目を丸くしていた。しかも次の瞬間には声を上げて笑い出してしまった。
「レンブラント様?」
「あははっ、宝石を贈る相手なんて君以外にいないよ」
「え……」
てっきり買い物に付き合って欲しいと言われていたので、彼の物を買うのとばかり思っていた。
目を丸くするティアナに、レンブラントは話を続ける。
「まさか君に他の女性への贈り物を選ばさせようとしていると思ったのかい? 侵害だな。僕はそんなに性悪に見えるかな」
彼は相当可笑しかった様で中々笑いがおさまらない。店主も声には出さないが、やたらにニコニコとしている。
勘違いをしていたと分かり一気に恥ずかしくなり顔や身体が熱くなる。きっと顔は真っ赤になっているに違いない。
「もしかして、妬きもちやいちゃった?」
「あの……その……」
耳元で囁かれ、彼の熱い息が掛かりピクリと身体を震わせ俯き身を縮める。
(穴があったら入りたい……)
「ごめんね、少し揶揄い過ぎたね。でも君が余りにも可愛いからついね。それに嬉しくて」
「?」
何故勘違いした事が嬉しいのか分からず、ティアナは彼をチラリと覗き見る。
「僕が他の女性へ贈り物をすると思った君は、悲しそうにしていたから……それってやっぱり妬きもちだろう? 好きな人からの妬きもちは大歓迎だよ」
(好きな人……)
彼にとっては意味のない軽口だと分かってはいるが、そんな風に言われたら期待してしまうとティアナの胸は脈打つばかりだ。
「今日君とデートをした思い出に、僕から君へ贈りたいんだ。これは僕の我儘だ。付き合ってやってくれないかい」
それからティアナが棚の宝石を眺めていると、彼はまるで抱き締める様にして両手を後ろから肩に乗せ覗き込んでくる。顔と顔が触れそうな程かなり近い。
(レンブラント様が近過ぎて、心臓が止まりそう……)
気もそぞろになりながらも、ティアナは必死に宝石に意識を集中して目を遣った。
そんな中、ふと視界に入った一つの宝石から目が離せなくなる。
(綺麗、まるで……)
それは深く濃く青いのに何処までも透き通る様で吸い込まれそうな美しさだった。
「これが気に入ったのかい」
思わず魅入っていると後ろから手が伸びてきて宝石をヒョイと彼が持ち上げた。
「へぇ、綺麗な色だ。店主、これを貰うよ」
「レンブラント様、あ、あの!」
ティアナには宝石の価値は分からないが、流石にこの宝石がかなり値が張る物だという事くらいは分かる。
焦りながらレンブラントを制止しようとするが「じゃあ次はどの型がいいかい」と流され上手く躱されてしまった。
ペンダントとして使える様に加工して貰っている間、店の奥に用意されたお茶を飲みつつ彼とゆったりとした時間を過ごした。
数時間後、ようやく加工が終わりティアナ達は店を後にする。
「請求は屋敷の方に頼むよ」
「承知致しました。ではまたのお越しをお待ちしております」
店に来た時はまだ日は頭の真上を過ぎたばかりだったが、今は傾き始め緋色の光が少し眩しく感じた。
馬車に乗り後は帰路に着くのだとばかり思っていたのが、少し走ると馬車は止まった。
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