【拝啓、天国のお祖母様へ 】この度、貴女のかつて愛した人の孫息子様と恋に落ちました事をご報告致します。

秘密 (秘翠ミツキ)

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51話

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「やあ、ユリウス。 お帰り」

 定例報告を済ませたユリウスは、稽古場へと戻るべく廊下を歩いていた。すると背後から、穏やかだが芯のある声に呼び止められる。

「ハインリヒ殿下、ご無沙汰しております」

 歩みを止め振り返ると、爽やかな笑顔を浮かべたハインリヒが立っていた。

「聞いたよ、帰還早々大変だったね」

 まるで部外者と言わんばかりの口振りだが、彼が今回の件に関与している事は知っている。ただその範囲までは分からない。

「恐れ入ります」

 丁寧に頭を下げて、ユリウスはハインリヒに道を譲る。
 正直、彼と話すと疲れるし、面倒だ。
 ハインリヒは相手の核心を突いてくる。仕事などを除けば、極力関わりたくはない相手だ。

「君の大切なお姫様、彼に奪られちゃったね」

 立ち去るかと思ったハインリヒは、数歩歩きユリウスの前で足を止めると愉しげに笑みを浮かべ、まるで内緒話でもするかの様に囁いた。
 一瞬思考が止まり、思わず口元に力が入る。

「何の事か、私には分かり兼ねます」
「相変わらずお堅いね、君は。 ほんの世間話だよ。 そんな怖い顔しないでよ」

 ハハッと軽く声を出し笑うと、背中越しに手をヒラヒラとさせながらハインリヒはそのまま去って行った。


 ハインリヒが去った後、疲労感を感じ暫くその場にとどまっていた。
 すると複数の足音が聞こえて来る。そしてそれはまたしてもユリウスの背後で止まった。

「ユリウス……」

 聞き覚えのある、今一番聞きたくない人物の声に呼ばれて振り返ると、そこには彼がいた。
 王太子のクラウディウスを筆頭に側近であり友人でもあるレンブラント達を引き連れている。その光景に内心嘲笑した。

(相変わらず、友人ごっこが好きな事だ)

「これは王太子殿下」

 クラウディウスにだけ丁寧に挨拶をして頭を下げると、案の定血の気の多いヘンリックが不満に思った様で抗議してくるが、完全に無視をした。

「レンブラント・ロートレック」

 昔から意味もなく無駄に愛想を振りまく彼は、今日は虫の居所が悪いのかユリウスを睨みつけてきた。理由は聞かずとも分かっている。

「貴方に話したい事がある」
「それは奇遇だね。 僕も君と話がしたかったんだ」

 
 場所を一番近い応接間へと移した。 
 クラウディウスから長椅子に座る様にと促されるが、ユリウスは丁重に断る。長居するつもりはない。

「レンブラント殿、私から貴方に話したい事は、二つだけだ。 先ずは一つ目に貴方に礼を述べたい」

 彼に向き直り頭を下げると、予想外だったのだろう、レンブラントは目を見張る。
 無論本心などではない。

「私が留守の間、ティアナが随分と世話になったそうだな」
「部外者の君から礼を言われる義理はないよ」
「いや、彼女は私にとって大切な女性ひとだ。 感謝の言葉くらい掛けるのが礼儀の一つというものだ」

 幼馴染ではなく敢えて大切な女性ひとと言い回しをすると、彼は黙り込み顔を顰めた。

「二つ目に、諸事情によりティアナと婚約をしたそうだが、それは互いの利害が一致したからだと聞いている。 この婚約は彼女のと確認済みだ。 それは無論貴方も同じ事だろう。 私が戻って来た以上、彼女にとってこの婚約に意味はない」
「何が、言いたいんだ」
「察しが悪いな。 ティアナ・アルナルディと婚約を解消しろという事だ。 女避けが必要なら他を当たれ」

 淡々と話し終えると、不服そうなレンブラントを見てユリウスは鼻を鳴らした。

「君にそんな事を言われる謂れはない。 これは僕と彼女の問題だ。 口を挟むな」
「ティアナは昔から控えめで気が優しい子なんだ。 彼女が直接貴方に言い辛いから私がこうして代弁している、そんな事も分からないのか」

 互いに一歩も譲る気はなく、話は平行線を辿る一方だ。

「幼馴染だか何だか知らないけど、少し出しゃばり過ぎだろう。 どんな屁理屈を並べようが、ティアナの婚約者はこの僕で君は部外者でしかない。 もし彼女が本当に婚約の解消を望んでいるなら、彼女本人から直接話を聞く」

 レンブラントの毅然とした態度と言葉に、今度はユリウスが黙り込んだ。

(そんな事は言われなくても分かっている)

 親類でも何でもない他人の自分が、首を突っ込む話ではない。ましてや、代弁などお門違いもいい所だ。
 だがそうまでしてでもユリウスはティアナを、レンブラントから引き離したい。それは……。
 
(今回の遠征から帰ったら、彼女に結婚を申し込むつもりだったんだ……)

 史上最年少で騎士団の副団長の座を拝命してから数年間は、正直自分自身の事で精一杯だった。今回遠征に出て、国境沿いの警備や戦術を学び帰還すれば、ようやく落ち着き余裕も出る。
 丁度ティアナも十七歳と年頃で、良い頃合いだと考えていた。ロミルダには以前からそれとなく伝えており、彼女は快く賛同してくれていた。

(ずっと彼女を見守ってきた。 昔からずっと彼女が好きだった。 それなのに、後から現れ彼女の事など何一つ分かっていないこんな男に奪われるなど……納得出来る筈がないだろう⁉︎)

 奥歯をギリッと音がする程に噛み締めレンブラントを睨んだ。だが完全に自分の方が分が悪い。ユリウスは無言のまま応接間を後にした。




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