上 下
42 / 96

41話

しおりを挟む
(身体が痛い……)

 ティアナは、閉じていた目をゆっくりと開いた。頭がぼんやりとしている。テーブルの上に置かれたランプの火に照らされた部屋が視界に広がり、自分の置かれた状況を思い出した。いつの間にか寝てしまったみたいだ。

 冷たく硬い床に直に座っていた所為で、お尻や腰が痛い。少しフラつきながらも立ち上がったその時、ガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえ、直後扉が開いた。



「ご一緒に、おいで下さい」

 侍女に促されるままティアナは部屋を出る。足枷は外して貰えたが、代わりに今度は手を後ろで拘束された。
 薄暗い廊下を侍女の持つランプの火だけを頼りに進んで行く。一体何処へ連れて行かれるのか……。
 暫くしてとある扉の前で侍女は止まると、軽くノックしてから中へと入った。

「こちらが旦那様がお連れになられた、例の女性です」

 ティアナの居た部屋と同じ地下室だが、大分印象が違う。
 部屋の中は煌々として明るく、大きな棚が幾つも並び、その中には実験器具の様な物が見えた。

「あぁ、彼女が」

 椅子に座っていた細身で血色の悪い中年の男は、振り返るとティアナをジロジロと頭から爪先まで見てくる。思わず身体を後ろに引き、身構えた。

「へぇ、あんたがの作り手かぁ、随分と若いんだな」

 引っ掛かる物言いに、ティアナは眉根を寄せた。

「貴方は誰ですか」
「まあ、そんな怖い顔しないでよ、座ったら? 彼女にお茶でも、淹れてあげて」

 手短な場所にあった椅子に座ると、侍女がお茶を淹れてくれた。その後彼女はティアナの手の拘束を解くと、部屋から退室する。無論扉の鍵は確り掛けられた。
 いきなり密室に見知らぬ男と二人きりにさせられたティアナは、緊張と不安を感じるもそれは直ぐに解消された。

「僕はクヌートって言うんだ。 あんたは?」
「……ティアナ、です」

 何というか、軽い。気の抜ける様な話し方と声色で脱力してしまう。

「まあ不便な事もあるけどさぁ、ここに居れば取り敢えず衣食住には困らないし、慣れちゃえばさぁ、まあ悪くないよ」

 彼は大きな欠伸をして、茶請けの焼き菓子を適当に掴み口へと放り込む。お茶を啜り、また菓子を食べる。かなり寛いで見える。
 ここに来た経緯と目的をクヌートと名乗る男は淡々と語った。

「貴方の作る花薬に、効果はないんですよね」
「ある訳ないよ。 だって僕、薬師とかじゃないし、素人だし」

 偽花薬なるものを作っていたのは自分だと自白するが、はまるで罪悪感は感じられない。

 彼は、地方から連れて来られた田舎貴族だと言った。爵位は子爵らしいが、仕えていた本家である伯爵家からは随分と酷い仕打ちを受けていたそうだ。

「何もしてないのに、本当酷い奴等だよねぇ」

(寧ろ何もしなかったから、だと思いますけど……)

 聞いてもいないのに身の上話が始まった。
 始めは本人に都合の良い所だけを抜粋した話を聞かされ同情する気持ちも生まれたが、聞けば聞くほど自業自得では……と思う。
 要約すると、彼は仕事が嫌いでサボってばかりいたので伯爵に叱責され続けていたが、改める事はせずに放置し続けた。その結果、伯爵の我慢の限界がきて彼は領地にある小さな村に追いやられてしまう。そこで金に困り平民と変わらぬ生活を強いられていた。そんな時に花薬の話を聞き、偽物を作って売る事を思いついたという訳だ。

「かなり高値で取り引きされてるって聞いてさぁ。 そうしたら案の定、びっくりするくらいの金で売れたんだよ。 適当に混ぜるだけだし、楽くして儲けられるなんて、これこそ天職だって思ったね」
 
(それは天職ではなく、所謂詐欺です……)

 本来ならばロミルダが人助けの為に作り続けていた花薬を、金儲けの道具にされたと怒りたいくらいだが、余りにあっけらかんとした様子で話すので、ティアナは呆れて言葉も出なかった。

「君や僕をここに連れて来たのはオラル・ゴーベル伯爵っていう人物でさ、彼から花薬を大量に買いたいって言われて大金積まれたんだよ」

 ゴーベル伯爵に依頼を受けたクヌートは、嬉々として依頼を受けた。大量に花薬を作り、それと引き換えに大金を手に入れる事が出来たが、その直後、それ等が何の効果もない偽物だとバレて、騙されたと伯爵の逆鱗に触れてしまい彼の侍従等に拘束されここに連れて来られたそうだ。

「ですが、クヌートさんは今でも花薬を作っているんですよね?」
「うん、まあねぇ。 正直さ、バレた時は殺されるかもとか思ってちょっと焦ったけど、この部屋で花薬を作る様に言われただけで、助かったよ。しかも意外とご飯も美味しいしさ、それ以外はベッドでゴロゴロしてても良いし、最高だよね」

 彼はまた大きな欠伸をすると、立ち上がる。

「何か怠くなってきたから、一眠りするね。 君も伯爵から花薬作る様に言われたんだろう? ここに必要な設備は整ってるから、取り敢えず適度に作っておけばいいんじゃない? 伯爵の言う通りにしておけば、身の安全は保証されるし」

 クヌートは、出入口とは別の部屋の奥の扉を開けた。続き部屋になっていて、隙間からはベッドが見える。どうやら寝室の様だ。
 こちらに背を向け、気怠げに手をヒラヒラさせながら彼は奥の部屋に消えていった。





 
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

モブで薬師な魔法使いと、氷の騎士の物語

みん
恋愛
【モブ】シリーズ② “巻き込まれ召喚のモブの私だけ還れなかった件について”の続編になります。 5年程前、3人の聖女召喚に巻き込まれて異世界へやって来たハル。その3年後、3人の聖女達は元の世界(日本)に還ったけど、ハルだけ還れずそのまま異世界で暮らす事に。 それから色々あった2年。規格外なチートな魔法使いのハルは、一度は日本に還ったけど、自分の意思で再び、聖女の1人─ミヤ─と一緒に異世界へと戻って来た。そんな2人と異世界の人達との物語です。 なろうさんでも投稿していますが、なろうさんでは閑話は省いて投稿しています。

愛を知らない「頭巾被り」の令嬢は最強の騎士、「氷の辺境伯」に溺愛される

守次 奏
恋愛
「わたしは、このお方に出会えて、初めてこの世に産まれることができた」  貴族の間では忌み子の象徴である赤銅色の髪を持って生まれてきた少女、リリアーヌは常に家族から、妹であるマリアンヌからすらも蔑まれ、その髪を隠すように頭巾を被って生きてきた。  そんなリリアーヌは十五歳を迎えた折に、辺境領を収める「氷の辺境伯」「血まみれ辺境伯」の二つ名で呼ばれる、スターク・フォン・ピースレイヤーの元に嫁がされてしまう。  厄介払いのような結婚だったが、それは幸せという言葉を知らない、「頭巾被り」のリリアーヌの運命を変える、そして世界の運命をも揺るがしていく出会いの始まりに過ぎなかった。  これは、一人の少女が生まれた意味を探すために駆け抜けた日々の記録であり、とある幸せな夫婦の物語である。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」様にも短編という形で掲載しています。

氷の騎士は、還れなかったモブのリスを何度でも手中に落とす

みん
恋愛
【モブ】シリーズ③(本編完結済み) R4.9.25☆お礼の気持ちを込めて、子達の話を投稿しています。4話程になると思います。良ければ、覗いてみて下さい。 “巻き込まれ召喚のモブの私だけが還れなかった件について” “モブで薬師な魔法使いと、氷の騎士の物語” に続く続編となります。 色々あって、無事にエディオルと結婚して幸せな日々をに送っていたハル。しかし、トラブル体質?なハルは健在だったようで──。 ハルだけではなく、パルヴァンや某国も絡んだトラブルに巻き込まれていく。 そして、そこで知った真実とは? やっぱり、書き切れなかった話が書きたくてウズウズしたので、続編始めました。すみません。 相変わらずのゆるふわ設定なので、また、温かい目で見ていただけたら幸いです。 宜しくお願いします。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

処理中です...