【拝啓、天国のお祖母様へ 】この度、貴女のかつて愛した人の孫息子様と恋に落ちました事をご報告致します。

秘密 (秘翠ミツキ)

文字の大きさ
上 下
41 / 96

40話

しおりを挟む



 薄暗く、空気も淀んでいて息苦しさを感じるが、地下なので仕方がない。普通ならずっとこんな場所にいたら気が滅入りそうだが、ティアナは意外にも普通に過ごしていた。

「ありがとうございます」

 扉が静かに開くと、使用人らしき女性が食事を運んで来た。パンとミルクを簡素なテーブルの上に置く。ティアナは使用人に声を掛けると、彼女は戸惑いながらも軽く会釈をして、部屋から出て行った。扉の鍵が掛けらる音がして、足音が遠ざかって行く。別に、ご丁寧に鍵など掛けなくても逃げられませんけど、と思う。足を軽く持ち上げるとそれに合わせてガチャンッと音が響いた。何故ならティアナの足には足枷が付けられているのだから。

 ティアナは腰掛けていたベッドから立ち上がり、椅子に座り直した。パンとミルクに鼻を近づけて匂いを確かめる。確実ではないが、普通の人よりは鼻が利くので自信はある。次にほんの一口齧り咀嚼してみる。

「うん、大丈夫そう」

 毒などは入っていない様なので、普通に食べ始めた。
 それにしても、この部屋には時計がないので、今が朝なのか夜なのかも分からない。まあ例えあったとしても、外の様子が分からない以上時計の針がどちらを表しているのか知る事は出来ないので意味はない。だがせめて、どれくらい時間が経過したかくらいは把握しておきたい。

 固いパンを食べ終わり、ミルクを飲み干すとティアナはため息を吐いた。どうしてこんな所に閉じ込められているのだろうか。

 此処に連れて来られる前、朝ティアナは何時も通りに屋敷を出た。だが学院へ向かう道中、いきなり馬車が大きく揺れて止まった。何事かと窓の外を見ると、まさかのヴェローニカが立っていたのだ。どうやら飛び出して無理矢理馬車を止めたらしい。無茶苦茶だ……。

『実は、ティアナ様に大切なお話がありますの。ですので、一緒に来て頂けませんか』

 何時もフルネームで呼び捨てにしてくる彼女が、突然敬称を付けるなんて気味が悪い。話し方もやたらに丁寧だ。違和感しか感じられない。明らかに怪し過ぎる。

『レンブラント様の事なんですの』

 ただレンブラントの名前を出された一瞬、少しだけ気持ちは揺らいでしまったが、ティアナは直ぐに思い直して彼女の申し出を断った。するとその瞬間、穏やかな表情だったヴェローニカの顔付きは怒気を孕んだものへと変貌をした。ティアナとの距離を一気に詰めると、乱暴にティアナの腕を掴み開いていた扉へと突き飛ばす。ヴェローニカより小柄なティアナは最も簡単に馬車の中へと放り込まれ、そのまま扉を閉められてしまった。慌てて外へ出ようとするも馬車は動き出してしまい、窓の外にヴェローニカが嘲笑しながら小さく手を振る姿だけが見えた。そしてそのまま意識が段々と遠退いていき、気が付いた時にはこの地下室に閉じ込められていたのだ。

『花薬を作れ』

 ベッドの上で目が覚めたティアナが、まだ意識が朦朧とする中、見知らぬ中年の男がやって来てそう命令してきた。恰幅の良い見るからに傲慢そうな男は、何度か同じ言葉を繰り返すと行ってしまった。気迫というか、鬼気迫る様子が不気味だった。

 それにしても花薬を作れなど、どういう事なのだろう。どうやらティアナが花薬の作り手だと勘違いしているらしいが、あの男は一体何者なのか、偽花薬と関係しているのだろうか……。もしかして、彼が話に聞いていた偽仲介人なのか。ならヴェローニカは彼とはどの様な間柄なのだろう……。
 だがそんな事を考えた所で、ティアナには分かる筈もない。それよりも今は、どうやってこの場所から脱出するかを考えるのが先決だ。

(自分で何とかしなくちゃ……)

 きっと誰も助けになんて来てくれない。何故ならティアナがいなくなった所で、誰も困らないし、何も思わないからだ。それは普通の事で別段気にする事ではないと自分が誰よりも一番分かっている筈なのにも関わらず、一抹の寂しさを覚えた。

(あぁでも、モニカ達なら心配くらいしてくれるかしら……。 後ミハエル様も、お弁当食べれなくなっちゃうし少しは気にはして下さる可能性も……。 後エルヴィーラ様も、最近では本当のお姉様みたいに世話を焼いてくれて仲良くして下さっていたから、少しは寂しいと思ってくれるかな……。 後今はいらっしゃらないけど、ユリウス様もきっと……。 でも、レンブラント様は……)

 もしかしたら彼はヴェローニカの共犯だったり……そんなつまらない思考に至ってしまう。だが可能性はある。ヴェローニカと共謀して、邪魔になったティアナを排除しようとしているのかも知れない。
 だがこんな手の込んだ事をしなくても、普通に話してくれるだけで良かったのにと思う。婚約破棄をしたいと言われれば素直に受け入れる。元々そういった約束なのだし、それにティアナは彼を困らせたくはない。

「やっぱり、何もないわね……」

 ティアナは、先程から何処かに脱出する為の道具やヒントがないかと、部屋の中を探っていたのだが、不意に手を止める。ここから逃げた所で意味がない様に思えたからだ。

『あんたの存在自体が迷惑なの、何度も言わせないで! 良いわね、部屋から出る事は絶対に許しませんから』

 頭の中に、母の声が大きく響く。ティアナは反射的に部屋の隅で蹲ると両耳を塞いだ。

「レンブラント、さま……」

 自分をこんな目に遭わせている張本人かも知れないのに、彼に会いたくて仕方がない自分は莫迦だ。



 
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

【本編完結・番外編追記】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。

As-me.com
恋愛
ある日、偶然に「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言する婚約者を見つけてしまいました。 例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃりますが……そんな婚約者様はとんでもない問題児でした。 愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。 ねぇ、婚約者様。私は他の女性を愛するあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄します! あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 番外編追記しました。 スピンオフ作品「幼なじみの年下王太子は取り扱い注意!」は、番外編のその後の話です。大人になったルゥナの話です。こちらもよろしくお願いします! ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』のリメイク版です。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定などを書き直してあります。 *元作品は都合により削除致しました。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました

As-me.com
恋愛
完結しました。  とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。  例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。  なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。  ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!  あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。

たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。 その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。 スティーブはアルク国に留学してしまった。 セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。 本人は全く気がついていないが騎士団員の間では 『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。 そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。 お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。 本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。 そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度…… 始めの数話は幼い頃の出会い。 そして結婚1年間の話。 再会と続きます。

誰も残らなかった物語

悠十
恋愛
 アリシアはこの国の王太子の婚約者である。  しかし、彼との間には愛は無く、将来この国を共に治める同士であった。  そんなある日、王太子は愛する人を見付けた。  アリシアはそれを支援するために奔走するが、上手くいかず、とうとう冤罪を掛けられた。 「嗚呼、可哀そうに……」  彼女の最後の呟きは、誰に向けてのものだったのか。  その呟きは、誰に聞かれる事も無く、断頭台の露へと消えた。

処理中です...