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37話
しおりを挟む「レンブラント、お前の好物用意したぞ。これでも食べて元気出せって!」
「……アップルパイ」
ヘンリックはそう言うとテーブルに、アップルパイを置いた。甘く少しスパイスの効いた香りが漂ってくる。
最近アップルパイが一番の好物になったのは違いないが、そうじゃない。彼女の手作りのアップルパイが好きなんだと、ため息を吐く。
ティアナに会いたい……。
もう暫く彼女と会えていない。叶うなら、今直ぐにでも会いに行きたい。それに彼女が心配でならない。クラウディウスは、ティアナに護衛をつけていると言っていたが、やはり自分が側で護る事が出来ないのは不安だ。
そんな中、手紙や贈り物は、数日に一度送っている。本当は「会いたい、恋しい」など書きたいが、そんな情けない事は書けないので「仕事が立て込んでいて会えない、落ち着いたら会いに行く」毎回そんな虚言を書き綴っていた。
「ヘンリック、これでは逆効果じゃないですか」
「う~ん、やっぱりダメか。我ながら良い案だと思ったんだけどな」
「貴方の所為で、レンブラントが益々落ち込んでしまっています。責任を取って、何か明かるい話題を提供して下さい」
「何だよその無茶振りは!」
多分聞こえない様にと、小声で話している二人だが全て筒抜けだ。正直今は放って置いて欲しい。
「あーあー……う~ん……。おぉ!そうだ!この前街に行った時に、馬車に乗ったヴェローニカを見掛けたぞ」
「ヴェローニカって、それは本当なんですか。見間違いとかではなく?」
「え、あー……う~ん、そう言われると自信はないけどさ。何しろ最後に会ってから五年くらい経つしな。ただあれはヴェローニカだと思うんだけどなぁ」
瞬間部屋が、水を打ったように静まり返った。レンブラントは顔が強張る。流石ヘンリックだ。明るい話所か最悪な気分になった。テオフィルやクラウディウスを見ると、複雑な表情をしている。
「その話は何時の事ですか」
「確か十日以上前だった筈だ」
「貴方、どうしてそんな大事な事を黙っているんですか!」
「黙ってたって言うか、今の今まで忘れてた」
ヘンリック以外は呆れて、大きなため息を吐いた。
しかし十日以上前だとすると、結構時間が経過している。だがそれにしては、おかしい。帰って来たのなら真っ先に自分に会いに来そうなものだが……。もしかしたらこの五年の間に改心をして、落ち着いた可能性もあるし、そうじゃないと困る。
「エルヴィーラに聞くのが一番手っ取り早いが、今は体調が優れないからね。仕方がない、オランジュ家へ使いをやって確認を取らせようか」
実は最後にティアナを交えてお茶をした日から、エルヴィーラも姿を見せていない。あの後、クラウディウスの話では風邪を引き熱を出してしまったそうだ。今は熱は引いたらしいが、体調は余り思わしくなく未だに療養中だ。
「でもさ、良く考えたらやっぱり見間違いかなぁ。あのヴェローニカが、帰って来たのに真っ先にレンブラントに会いに来ないのはおかしいだろ」
「まあ、確かに一理ありますね」
レンブラントも同じ様に考えたが、嫌な予感がする。もしも五年前と全く彼女が変わっていなかったとしたら……。自分に婚約者が出来た事を知られたら……。彼女は今十七歳で、ティアナと同い年であり、帰って来たのなら無論学院に通う筈だ。そこでティアナの存在を知ったら……。その上で、意図的にレンブラントに会いに来ないのだとしたら……。最悪な事態ばかりが頭を駆け巡る。こうなれば悠長にオランジュ家の使いの報告を待ってなどいられない。
「クラウディウス、悪いけど僕はこれからティアナに会いに行く。ヘンリックの話が事実で、ヴェローニカが帰ってきているなら彼女が心配だ」
クラウディウスは渋い表情をしながらも、承諾をした。そしてクラウディウス等も着いて来ると言うので、一緒に学院へと向かった。
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