27 / 96
26話
しおりを挟む辺りには、甘く少しスパイスの効いた香りが漂っている。レンブラントは、テーブルの中央に置かれている円形の黄金色の匂いの元を眺めた。
「美味しそうなリンゴが手に入ったので、アップルパイにしてみたんです」
ティアナがお菓子を作ってくれると約束してくれてから数日後、レンブラントがフレミー家の屋敷を訪れると、彼女は約束した通りレンブラントの為に手作りのアップルパイを用意してくれていた。
「か、形が少し歪になってしまったんですが……味は、大丈夫な筈です」
落ち着かない様子で、こちらを窺い見る彼女は何時になく緊張している様に見えた。
「良い匂いだ、食べても良い?」
コクコクと頷く彼女を尻目に、レンブラントは切り分けられたアップルパイにフォークを入れた。一口にして口に運ぶと、瞬間口の中にシナモンの香りが広がる。その後に、リンゴの酸味と甘さを感じた。レンブラントは、アップルパイが特別好物と言う訳ではない。だが今この瞬間、好物になった。
「美味しい」
お世辞ではなく本当に美味しい。何と表現すればいいのか分からないが、言うならば身体に沁みる……。満たされる感覚を覚えた。
「本当ですか⁉︎良かったです」
ティアナは胸を撫で下ろし、頬を染めながら笑みを浮かべる。
「ティアナ様、一生懸命に練習された甲斐がありましたね。これで私共使用人も、今日からアップルパイ以外の物を食べる事が出来ます」
「モ、モニカ!余計な事言わないで!」
後ろで控えていたモニカが、新しいお茶を彼女のカップに注ぎながら、冗談めかして言って笑った。それをみて、レンブラントは眉を上げた。
「僕の為に、そんなに頑張ってくれたの?」
「レンブラント様からは、何時も色んな物を頂いてますので、そのお礼がしたくて……」
モジモジとしながら顔を真っ赤にして俯く彼女は、ため息が出るくらい可愛い……。そして、平然を装っているが内心歓喜に震えていた。まさか自分の為に、そこまでしてくれるなんて予想外だと、そこまで考えて、ふとレンブラントは思考が止まる。
だが待てよ。もしかして彼女はミハエル王子の時にも同じ様にしたのか……。
あの末王子の事を思いながら、何度も試作を重ねるティアナを思い浮かべてると、今度は急に無性に腹が立ってくる。眉の間に皺が寄るのを、自分でも感じた。
「実はティアナ様、ミハエル殿下の時は全く試作されなかったんですよ」
タイミング良く、モニカにそんな事を耳打ちをされたレンブラントは一気に上機嫌になった。我ながら単純だと思いつつも、アップルパイに次から次へと手を伸ばした、彼女に止められるまで。
「レンブラント様、流石に食べ過ぎでは……大丈夫ですか」
心配そうに言われた言葉に、我に返り中央の皿を見る。直径二十センチ程で八等分にされたアップルパイは、既に残り二切れしかなかった。彼女の皿を見るが、食べた形跡はない。という事はレンブラントが六切れも食べた事になる。
「あはは、確かにそうだね、余りに美味しいからつい食べ過ぎちゃったよ」
「で腹を下した訳か」
昨日の出来事を話すと、ヘンリックは愉快そうに笑った。
執務が終わり少し雑談をしていたのだが、つい口が滑り昨日の話をしてしまった。すると根掘り葉掘り聞かれ、しつこいので観念したのだが、やはり言わなければ良かったと後悔をした。
「貴方が調子に乗るなんて、珍しいですね」
「腹を下すまでガッツクなんて、相当美味かったんだろうな。俺も食べてみたい」
「ヘンリック、分かってませんね。アップルパイの美味しさは関係ないんですよ」
横目でこちらを見ながらニヤニヤするテオフィルに、鈍いヘンリックは意味が分からず首を傾げていた。そんな二人の会話は聞こえないフリをして、お茶を啜る。そんな中、クラウディウスが話に割り込んできた。
「レンブラント。お披露目前に一度、ティアナ嬢をお茶に招待したいんだがどうだ?」
「え、ティアナ嬢をかい」
突然の提案に、レンブラントは悩んだ。クラウディウス、ヘンリックやテオフィルを見る。心が狭いと思われるかも知れないが、正直友人とはいえ、余りティアナを他の男の目に触れさせたくない。だが半月後には、婚約のお披露目は行う訳で、結局は遅かれ早かれ紹介する事になる。それに彼女は一度クラウディウス達とも会っているのだから、今更かも知れない。
「構わないよ。じゃあ、彼女に話してみるね」
レンブラントは内心ため息を吐きながらも、了承をした。
5
お気に入りに追加
637
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【本編完結・番外編追記】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。
As-me.com
恋愛
ある日、偶然に「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言する婚約者を見つけてしまいました。
例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃりますが……そんな婚約者様はとんでもない問題児でした。
愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。
ねぇ、婚約者様。私は他の女性を愛するあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄します!
あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。
番外編追記しました。
スピンオフ作品「幼なじみの年下王太子は取り扱い注意!」は、番外編のその後の話です。大人になったルゥナの話です。こちらもよろしくお願いします!
※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』のリメイク版です。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定などを書き直してあります。
*元作品は都合により削除致しました。

二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました
As-me.com
恋愛
完結しました。
とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。
例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。
なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。
ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!
あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。
※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。
たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。
その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。
スティーブはアルク国に留学してしまった。
セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。
本人は全く気がついていないが騎士団員の間では
『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。
そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。
お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。
本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。
そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度……
始めの数話は幼い頃の出会い。
そして結婚1年間の話。
再会と続きます。

誰も残らなかった物語
悠十
恋愛
アリシアはこの国の王太子の婚約者である。
しかし、彼との間には愛は無く、将来この国を共に治める同士であった。
そんなある日、王太子は愛する人を見付けた。
アリシアはそれを支援するために奔走するが、上手くいかず、とうとう冤罪を掛けられた。
「嗚呼、可哀そうに……」
彼女の最後の呟きは、誰に向けてのものだったのか。
その呟きは、誰に聞かれる事も無く、断頭台の露へと消えた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる