22 / 96
21話
しおりを挟む
「ロートレック……」
呆然として固まるマルグリットの代わりに、兄のロータルが口を開いた。
「名門と呼ばれるロートレック公爵家の嫡男が、何故……貴方の様な方が、この不出来な妹の婚約者に?ハハ、あり得ない……何の冗談ですか?」
ロータルはどうやらレンブラントの事を知っているらしく、彼の言っている事を俄には信じられない様子だった。
「冗談?ロータル殿はもっと聡明な方かと思っていましたが、どうやら僕の思い違いの様だ。何故僕が、わざわざこんな冗談を言う為にだけに時間を割いてまで、此処まで来なくてはならないんだ。それこそあり得ないだろう」
鼻を鳴らし、嘲笑されたロータルは顔を真っ赤にして黙り込んだ。
「ティアナが、公爵家に嫁ぐなんて……」
頭を押さえ、ブツブツと呟くマルグリットはフラつきながらティアナの方へと向かって来た。
「あんたみたいな娘が侯爵令嬢ってだけであり得ない事なのに、公爵家に嫁ぐ?冗談じゃないわ!何の役にも立たない役立たずの癖に、大体容姿だってきみが悪いのよ!あんたさえいなければ私はこんな惨めな思いをせずに済むのに‼︎」
「っ‼︎」
勢いのままのマルグリットの手がティアナの頭に伸びてくる。幼い頃叩かれたり髪を引っ張られた記憶が蘇り、思わず目を瞑り身をすくめた。
だが何時になっても衝撃はこず、変わりにパンッという乾いた音がロビーに響いた。ティアナはゆっくりと目を開けると、いつの間にかレンブラントの腕の中にいた。マルグリットはというと、放心状態で床に尻餅をついている。どうやら彼が母を突き飛ばした様だった。
「アルナルディ侯の奥方は、随分とヒステリックなお方なのですね」
レンブラントがそう言葉を投げかけると、見た事もない剣幕で顔を真っ赤にした父のハーゲンが半開きになっていた扉を乱暴に開け放ち入って来た。
「マルグリットッ、お前私に恥をかかせるとは、どういう了見だ‼︎」
昔から、妻にも子供にもまるで関心のない父だった。ティアナに対して母達の様に蔑む事はしなかったが、その代わり何かをしてくれる事もなかった。仕事ばかりで、気にするのは体裁だけ。感情が薄く、怒った所も笑った所も見た事がなかった。だがその父がこんなにも怒るなんて、驚いた。
「ち、違うんです、あなた!私は何も」
「何が違う⁉︎レンブラント殿にこんなにも無礼な振る舞いをし醜態まで晒しておいて、何が違うんだ⁉︎」
「こ、この子がっ、ティアナがいけないの‼︎私の所為でないわっ‼︎こんな出来損ないの所為でっ、どうして私が責められなくてはならないの⁉︎」
床に這い蹲りハーゲンに必死に釈明する姿は、娘のティアナから見ても情けなくただ哀れに思えた。
「アルナルディ夫人。それ以上ティアナ嬢を侮辱するのはやめて頂けますか?彼女を選んだのは他ならぬこの僕です。彼女を侮辱するという事は、この僕を侮辱すると同義だ。実に不愉快極まりない」
「も、申し訳ないっ、レンブラント殿‼︎」
あからさまに不機嫌そうな表情を浮かべるレンブラントに、ハーゲンは今度は顔を青くして謝罪する。マルグリットの頭を乱暴に鷲掴みし、床に擦り付けた。
「早く、レンブラント殿に謝罪をしないか‼︎」
「も、申し訳、ございませんでした……」
両親が床に這い蹲り謝罪する姿を、目を見開き兄や弟は呆然として眺めていた。何時もの傲慢さや威勢は見る影もない。
「アルナルディ夫人。僕の大切な婚約者にも、勿論謝ってくれますよね」
レンブラントは、頭を下げ続ける両親には見向きもせずに、ティアナに笑み頭や頬を優しく撫でながら、そう言った。
「っ……」
「僕も暇じゃないんですよ。こんな下らない茶番は早く終わらせたいし、正直貴方方の顔を見ているのが不愉快でならない。早く、して頂けますか」
歯を食いしばり顔を歪ませ、身体を震わせながら消え入る様な声でマルグリットは「申し訳、ございません、でした……」と言った。
「それだと、誰に対しての謝罪か分かりませんね」
だが彼はそれでは許さずに、しれとしながら再度謝罪を求めた。
「ティ、ティアナ……申し訳、ございません、でした……っ」
謝罪を終えたマルグリットは、石畳みの床を爪でギリギリと傷付け、物凄い形相で睨み付けてくる。ティアナは口を開くが、何と答えればいいか分からず、何も発することなくまた閉じた。するとレンブラントが、何故か笑った。
「許す必要なんてないよ」
目を丸くして彼を見ると、ティアナの手を取り踵を返す。未だ床に伏せたままの両親達をそのままにして、二人は屋敷を後にした。
呆然として固まるマルグリットの代わりに、兄のロータルが口を開いた。
「名門と呼ばれるロートレック公爵家の嫡男が、何故……貴方の様な方が、この不出来な妹の婚約者に?ハハ、あり得ない……何の冗談ですか?」
ロータルはどうやらレンブラントの事を知っているらしく、彼の言っている事を俄には信じられない様子だった。
「冗談?ロータル殿はもっと聡明な方かと思っていましたが、どうやら僕の思い違いの様だ。何故僕が、わざわざこんな冗談を言う為にだけに時間を割いてまで、此処まで来なくてはならないんだ。それこそあり得ないだろう」
鼻を鳴らし、嘲笑されたロータルは顔を真っ赤にして黙り込んだ。
「ティアナが、公爵家に嫁ぐなんて……」
頭を押さえ、ブツブツと呟くマルグリットはフラつきながらティアナの方へと向かって来た。
「あんたみたいな娘が侯爵令嬢ってだけであり得ない事なのに、公爵家に嫁ぐ?冗談じゃないわ!何の役にも立たない役立たずの癖に、大体容姿だってきみが悪いのよ!あんたさえいなければ私はこんな惨めな思いをせずに済むのに‼︎」
「っ‼︎」
勢いのままのマルグリットの手がティアナの頭に伸びてくる。幼い頃叩かれたり髪を引っ張られた記憶が蘇り、思わず目を瞑り身をすくめた。
だが何時になっても衝撃はこず、変わりにパンッという乾いた音がロビーに響いた。ティアナはゆっくりと目を開けると、いつの間にかレンブラントの腕の中にいた。マルグリットはというと、放心状態で床に尻餅をついている。どうやら彼が母を突き飛ばした様だった。
「アルナルディ侯の奥方は、随分とヒステリックなお方なのですね」
レンブラントがそう言葉を投げかけると、見た事もない剣幕で顔を真っ赤にした父のハーゲンが半開きになっていた扉を乱暴に開け放ち入って来た。
「マルグリットッ、お前私に恥をかかせるとは、どういう了見だ‼︎」
昔から、妻にも子供にもまるで関心のない父だった。ティアナに対して母達の様に蔑む事はしなかったが、その代わり何かをしてくれる事もなかった。仕事ばかりで、気にするのは体裁だけ。感情が薄く、怒った所も笑った所も見た事がなかった。だがその父がこんなにも怒るなんて、驚いた。
「ち、違うんです、あなた!私は何も」
「何が違う⁉︎レンブラント殿にこんなにも無礼な振る舞いをし醜態まで晒しておいて、何が違うんだ⁉︎」
「こ、この子がっ、ティアナがいけないの‼︎私の所為でないわっ‼︎こんな出来損ないの所為でっ、どうして私が責められなくてはならないの⁉︎」
床に這い蹲りハーゲンに必死に釈明する姿は、娘のティアナから見ても情けなくただ哀れに思えた。
「アルナルディ夫人。それ以上ティアナ嬢を侮辱するのはやめて頂けますか?彼女を選んだのは他ならぬこの僕です。彼女を侮辱するという事は、この僕を侮辱すると同義だ。実に不愉快極まりない」
「も、申し訳ないっ、レンブラント殿‼︎」
あからさまに不機嫌そうな表情を浮かべるレンブラントに、ハーゲンは今度は顔を青くして謝罪する。マルグリットの頭を乱暴に鷲掴みし、床に擦り付けた。
「早く、レンブラント殿に謝罪をしないか‼︎」
「も、申し訳、ございませんでした……」
両親が床に這い蹲り謝罪する姿を、目を見開き兄や弟は呆然として眺めていた。何時もの傲慢さや威勢は見る影もない。
「アルナルディ夫人。僕の大切な婚約者にも、勿論謝ってくれますよね」
レンブラントは、頭を下げ続ける両親には見向きもせずに、ティアナに笑み頭や頬を優しく撫でながら、そう言った。
「っ……」
「僕も暇じゃないんですよ。こんな下らない茶番は早く終わらせたいし、正直貴方方の顔を見ているのが不愉快でならない。早く、して頂けますか」
歯を食いしばり顔を歪ませ、身体を震わせながら消え入る様な声でマルグリットは「申し訳、ございません、でした……」と言った。
「それだと、誰に対しての謝罪か分かりませんね」
だが彼はそれでは許さずに、しれとしながら再度謝罪を求めた。
「ティ、ティアナ……申し訳、ございません、でした……っ」
謝罪を終えたマルグリットは、石畳みの床を爪でギリギリと傷付け、物凄い形相で睨み付けてくる。ティアナは口を開くが、何と答えればいいか分からず、何も発することなくまた閉じた。するとレンブラントが、何故か笑った。
「許す必要なんてないよ」
目を丸くして彼を見ると、ティアナの手を取り踵を返す。未だ床に伏せたままの両親達をそのままにして、二人は屋敷を後にした。
4
お気に入りに追加
637
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。

【本編完結・番外編追記】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。
As-me.com
恋愛
ある日、偶然に「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言する婚約者を見つけてしまいました。
例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃりますが……そんな婚約者様はとんでもない問題児でした。
愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。
ねぇ、婚約者様。私は他の女性を愛するあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄します!
あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。
番外編追記しました。
スピンオフ作品「幼なじみの年下王太子は取り扱い注意!」は、番外編のその後の話です。大人になったルゥナの話です。こちらもよろしくお願いします!
※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』のリメイク版です。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定などを書き直してあります。
*元作品は都合により削除致しました。

二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました
As-me.com
恋愛
完結しました。
とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。
例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。
なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。
ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!
あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。
※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。

妾に恋をした
はなまる
恋愛
ミーシャは22歳の子爵令嬢。でも結婚歴がある。夫との結婚生活は半年。おまけに相手は子持ちの再婚。 そして前妻を愛するあまり不能だった。実家に出戻って来たミーシャは再婚も考えたが何しろ子爵領は超貧乏、それに弟と妹の学費もかさむ。ある日妾の応募を目にしてこれだと思ってしまう。
早速面接に行って経験者だと思われて採用決定。
実際は純潔の乙女なのだがそこは何とかなるだろうと。
だが実際のお相手ネイトは妻とうまくいっておらずその日のうちに純潔を散らされる。ネイトはそれを知って狼狽える。そしてミーシャに好意を寄せてしまい話はおかしな方向に動き始める。
ミーシャは無事ミッションを成せるのか?
それとも玉砕されて追い出されるのか?
ネイトの恋心はどうなってしまうのか?
カオスなガストン侯爵家は一体どうなるのか?

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。
たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。
その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。
スティーブはアルク国に留学してしまった。
セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。
本人は全く気がついていないが騎士団員の間では
『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。
そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。
お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。
本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。
そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度……
始めの数話は幼い頃の出会い。
そして結婚1年間の話。
再会と続きます。

誰も残らなかった物語
悠十
恋愛
アリシアはこの国の王太子の婚約者である。
しかし、彼との間には愛は無く、将来この国を共に治める同士であった。
そんなある日、王太子は愛する人を見付けた。
アリシアはそれを支援するために奔走するが、上手くいかず、とうとう冤罪を掛けられた。
「嗚呼、可哀そうに……」
彼女の最後の呟きは、誰に向けてのものだったのか。
その呟きは、誰に聞かれる事も無く、断頭台の露へと消えた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる