【拝啓、天国のお祖母様へ 】この度、貴女のかつて愛した人の孫息子様と恋に落ちました事をご報告致します。

秘密 (秘翠ミツキ)

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17話

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 ティアナが嫁ぐまで後半月となった。今日はフレミー家の厨房を借りて、ミハエルと約束していたラズベリーパイを作成している。

「ティアナ様!小麦粉ふるい終わりました!」

 侍女のミアが嬉しそうにボールに入れた小麦粉を持ってこちらに向かって来る。嫌な予感しかしない。ティアナがミアを止めようとするが、時既に遅く、ミアは足を滑らせボールは宙を舞う。次の瞬間にはザバァと音を立てて、頭上から小麦粉の雨が降った。

「ミア!貴女なんて事を!ティアナ様、大丈夫ですか⁉︎」

 血相を変えたモニカが慌てて駆け寄り、全身粉まみれのティアナを、濡れた布巾で丁寧に拭っていく。
 流石ミアだ。期待を裏切らない。ハナに説教され赤毛が萎れた様に見える彼女は、直ぐ調子に乗り不器用でドジだ。だが憎めない性格で、ティアナはそんな彼女が嫌いではない。

「大丈夫よ……ゴホッゴホッ」

 鼻から口からと粉を吸い込んで、少し咽せてしまう。また始めからやり直しだと苦笑した。

気を取り直して、ティアナは作業を再開する。
 先ずは、ふるった小麦に塩、バターを入れて混ぜて馴染ませる。馴染んだら、卵と冷水を入れて更に混ぜて粉っぽさがなくなったら、布巾を被せて涼しい場所で一時間程寝かせる。その間に、パイの中身を作成。ボールに採れたての新鮮なラズベリーに砂糖、レモン汁、小麦少々を入れて、ラズベリーを潰さない様に混ぜて暫く置いておく。寝かせていた生地を型に敷いて、中に先程のラズベリーを流し込む。その上には、薄く伸ばした生地を被せて、窯で焼いたら出来上がり。

 ティアナは、甘い香りの漂う黄金色の焼きたてのラズベリーパイを眺める。我ながら自信作だ。これならきっとミハエルも満足してくれる筈。
 粗熱を取り、綺麗な布にラズベリーパイを包む。時計を見るとお昼まで優に時間があった。今日は学院は休みで彼は城にいる筈……。
 数日前に彼宛に手紙を送ったのだが、返事はない。少し不安に思いながらも、ティアナは出掛ける支度を整え、城へ向かう為に馬車に乗り込んだ。



 何だか前にもこんな事があった様な……。


 不審な目を門兵から向けられる。ティアナは大きな包みを抱えて立ち尽くしていた。多分、いや絶対に怪しまれている。当然だろう。誰がどう見ても、不審な物を城に持ち込もうとしている、不審者にしか見えない。
 ミハエルから手紙の返事も貰えていないので、不安は募る。以前の様に彼が迎えに来てくれる事は期待出来ない。自力でどうにかするしか方法はないが……。

 兵士がティアナへと足を一歩踏み出す。その事に思わず身体をびくりとさせた時だった。

「遅い」

 不機嫌そうな声と共にミハエルが歩いて来た。兵士をひと睨みすると、彼等は慌てて敬礼をする。威圧感満載だ……。だが、彼の姿を見てティアナは胸を撫で下ろした。わざわざ迎えに来てくれた様だ。意外と優しいかも知れない、ティアナの中でミハエルの評価が少しだけ上がった。

「ほら、行くぞ、銀髪」

「……」

 顎でついて来る様に促され、ティアナの顔は引き攣った。先程の優しいは訂正する。
 ティアナは祖母が亡くなってからは一度も学院には行っていなかったので、彼と顔を合わせるのは久々だが、やはり態度も口も悪いと実感した。


 ミハエルに連れて行かれた先は中庭だった。ガゼボには既にお茶の準備がされており、ミハエルに座る様に促される。席に座ると、控えていた侍従がお茶を淹れてくれた。とても良い香りだ。

 ティアナは包みをテーブルに置いて広げようとするが、ミハエルの視線に手が止まる。
 よくよく考えたら、彼は城の一流シェフの作った料理を毎日食べていて、かなり舌が肥えている筈だ。確かにラズベリーその物は新鮮で美味しくはあるが、このパイ自体は所詮素人が作った物に過ぎない。彼の口に合うとは到底思えない。
 
「どうした、早くしろよ」

 包みに手を掛けたまま固まるティアナに、不審な目を向けてくるミハエル。

「焦らせるのは嫌いなんだ」

 別に焦らしているつもりは無いのだが……。

「俺が開けてやる、貸せ」

「え、あっ……」

 ミハエルに包みを奪われ、開けられてしまった。その瞬間、甘い香りが辺りに漂う。

「ふ~ん」

 彼は暫くラズベリーパイをまじまじと眺めた後、侍従に切り分けさせる。その様子に、焦らしているのはそっちです!と思う。
 そしてフォークで一口にして、口に放り込んだ。彼がもぐもぐと咀嚼するのをティアナは大人しく見守る。何を言われるのか、怖過ぎる……。きっと「不味い」やら「期待はずれ」やらと言われるに違いない。

「……」

 だがミハエルは予想に反して無言で食べ続ける。一切れ、二切れ、三切れ……。次々とラズベリーパイは彼のお腹の中へと消えていく。ミハエルが六切れ目に手を伸ばした時、流石に食べ過ぎなのでは?と心配になった。そんな時、侍従が彼の手を止めた。

「何、するんだよ」

「ミハエル様、流石に食べ過ぎです。愉しみで仕方なかったのは分かりますが、残りはまた後にして下さい」

愉しみで仕方がない……?

 侍従の言葉にティアナは、首を傾げ目を丸くしながらミハエルを見た。すると彼は顔を真っ赤にして目を逸らした。

「あの、ミハエル様」

「な、な、何だよ」

「お口に合いましたか?」

「…………うん。美味かった」

 彼の言葉に安堵しながらティアナは微笑んだ。

 








 

 
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