18 / 96
17話
しおりを挟むティアナが嫁ぐまで後半月となった。今日はフレミー家の厨房を借りて、ミハエルと約束していたラズベリーパイを作成している。
「ティアナ様!小麦粉ふるい終わりました!」
侍女のミアが嬉しそうにボールに入れた小麦粉を持ってこちらに向かって来る。嫌な予感しかしない。ティアナがミアを止めようとするが、時既に遅く、ミアは足を滑らせボールは宙を舞う。次の瞬間にはザバァと音を立てて、頭上から小麦粉の雨が降った。
「ミア!貴女なんて事を!ティアナ様、大丈夫ですか⁉︎」
血相を変えたモニカが慌てて駆け寄り、全身粉まみれのティアナを、濡れた布巾で丁寧に拭っていく。
流石ミアだ。期待を裏切らない。ハナに説教され赤毛が萎れた様に見える彼女は、直ぐ調子に乗り不器用でドジだ。だが憎めない性格で、ティアナはそんな彼女が嫌いではない。
「大丈夫よ……ゴホッゴホッ」
鼻から口からと粉を吸い込んで、少し咽せてしまう。また始めからやり直しだと苦笑した。
気を取り直して、ティアナは作業を再開する。
先ずは、ふるった小麦に塩、バターを入れて混ぜて馴染ませる。馴染んだら、卵と冷水を入れて更に混ぜて粉っぽさがなくなったら、布巾を被せて涼しい場所で一時間程寝かせる。その間に、パイの中身を作成。ボールに採れたての新鮮なラズベリーに砂糖、レモン汁、小麦少々を入れて、ラズベリーを潰さない様に混ぜて暫く置いておく。寝かせていた生地を型に敷いて、中に先程のラズベリーを流し込む。その上には、薄く伸ばした生地を被せて、窯で焼いたら出来上がり。
ティアナは、甘い香りの漂う黄金色の焼きたてのラズベリーパイを眺める。我ながら自信作だ。これならきっとミハエルも満足してくれる筈。
粗熱を取り、綺麗な布にラズベリーパイを包む。時計を見るとお昼まで優に時間があった。今日は学院は休みで彼は城にいる筈……。
数日前に彼宛に手紙を送ったのだが、返事はない。少し不安に思いながらも、ティアナは出掛ける支度を整え、城へ向かう為に馬車に乗り込んだ。
何だか前にもこんな事があった様な……。
不審な目を門兵から向けられる。ティアナは大きな包みを抱えて立ち尽くしていた。多分、いや絶対に怪しまれている。当然だろう。誰がどう見ても、不審な物を城に持ち込もうとしている、不審者にしか見えない。
ミハエルから手紙の返事も貰えていないので、不安は募る。以前の様に彼が迎えに来てくれる事は期待出来ない。自力でどうにかするしか方法はないが……。
兵士がティアナへと足を一歩踏み出す。その事に思わず身体をびくりとさせた時だった。
「遅い」
不機嫌そうな声と共にミハエルが歩いて来た。兵士をひと睨みすると、彼等は慌てて敬礼をする。威圧感満載だ……。だが、彼の姿を見てティアナは胸を撫で下ろした。わざわざ迎えに来てくれた様だ。意外と優しいかも知れない、ティアナの中でミハエルの評価が少しだけ上がった。
「ほら、行くぞ、銀髪」
「……」
顎でついて来る様に促され、ティアナの顔は引き攣った。先程の優しいは訂正する。
ティアナは祖母が亡くなってからは一度も学院には行っていなかったので、彼と顔を合わせるのは久々だが、やはり態度も口も悪いと実感した。
ミハエルに連れて行かれた先は中庭だった。ガゼボには既にお茶の準備がされており、ミハエルに座る様に促される。席に座ると、控えていた侍従がお茶を淹れてくれた。とても良い香りだ。
ティアナは包みをテーブルに置いて広げようとするが、ミハエルの視線に手が止まる。
よくよく考えたら、彼は城の一流シェフの作った料理を毎日食べていて、かなり舌が肥えている筈だ。確かにラズベリーその物は新鮮で美味しくはあるが、このパイ自体は所詮素人が作った物に過ぎない。彼の口に合うとは到底思えない。
「どうした、早くしろよ」
包みに手を掛けたまま固まるティアナに、不審な目を向けてくるミハエル。
「焦らせるのは嫌いなんだ」
別に焦らしているつもりは無いのだが……。
「俺が開けてやる、貸せ」
「え、あっ……」
ミハエルに包みを奪われ、開けられてしまった。その瞬間、甘い香りが辺りに漂う。
「ふ~ん」
彼は暫くラズベリーパイをまじまじと眺めた後、侍従に切り分けさせる。その様子に、焦らしているのはそっちです!と思う。
そしてフォークで一口にして、口に放り込んだ。彼がもぐもぐと咀嚼するのをティアナは大人しく見守る。何を言われるのか、怖過ぎる……。きっと「不味い」やら「期待はずれ」やらと言われるに違いない。
「……」
だがミハエルは予想に反して無言で食べ続ける。一切れ、二切れ、三切れ……。次々とラズベリーパイは彼のお腹の中へと消えていく。ミハエルが六切れ目に手を伸ばした時、流石に食べ過ぎなのでは?と心配になった。そんな時、侍従が彼の手を止めた。
「何、するんだよ」
「ミハエル様、流石に食べ過ぎです。愉しみで仕方なかったのは分かりますが、残りはまた後にして下さい」
愉しみで仕方がない……?
侍従の言葉にティアナは、首を傾げ目を丸くしながらミハエルを見た。すると彼は顔を真っ赤にして目を逸らした。
「あの、ミハエル様」
「な、な、何だよ」
「お口に合いましたか?」
「…………うん。美味かった」
彼の言葉に安堵しながらティアナは微笑んだ。
6
お気に入りに追加
637
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。

【本編完結・番外編追記】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。
As-me.com
恋愛
ある日、偶然に「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言する婚約者を見つけてしまいました。
例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃりますが……そんな婚約者様はとんでもない問題児でした。
愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。
ねぇ、婚約者様。私は他の女性を愛するあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄します!
あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。
番外編追記しました。
スピンオフ作品「幼なじみの年下王太子は取り扱い注意!」は、番外編のその後の話です。大人になったルゥナの話です。こちらもよろしくお願いします!
※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』のリメイク版です。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定などを書き直してあります。
*元作品は都合により削除致しました。

二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました
As-me.com
恋愛
完結しました。
とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。
例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。
なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。
ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!
あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。
※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。
たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。
その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。
スティーブはアルク国に留学してしまった。
セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。
本人は全く気がついていないが騎士団員の間では
『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。
そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。
お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。
本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。
そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度……
始めの数話は幼い頃の出会い。
そして結婚1年間の話。
再会と続きます。

誰も残らなかった物語
悠十
恋愛
アリシアはこの国の王太子の婚約者である。
しかし、彼との間には愛は無く、将来この国を共に治める同士であった。
そんなある日、王太子は愛する人を見付けた。
アリシアはそれを支援するために奔走するが、上手くいかず、とうとう冤罪を掛けられた。
「嗚呼、可哀そうに……」
彼女の最後の呟きは、誰に向けてのものだったのか。
その呟きは、誰に聞かれる事も無く、断頭台の露へと消えた。

悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる