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4.これはフィクション?
その9、秋人さんは映子の恋人。②
しおりを挟む「あ……」
「おつかれ」
会えた。
でもまだここは、会社なので。
「お疲れ様です、専務」
「ん」
いろんな人を乗せたエレベーターが降りてゆく。
数ヶ月前、こっそり手を繋いだところを同僚に見られてから、ここでは手を繋がないことにした。彼は不満げだったけど致し方ない。私は大事なものを見せびらかすような真似はしたくない。
高層階用エレベーターはスピードがある。
すぐ一階に到着すると、各々が帰り道へと分かれてゆく。金曜日、どこか浮き足立っていて幸せな夜。
「映子ちゃん」
差し出されて、手を繋ぐ。
彼の左手薬指に嵌った、おそろいのリングがひんやり当たる。
「晩飯どうしよっか」
「私あそこがいいです。先月行った、泡で食べる餃子のとこ」
「あーあれ美味かったよな」
「ニンニク増しましですけど」
「それが良いんじゃん」
決まり。考えるとお腹が鳴りそう。
るんるん気分で繁華街へと繰り出す。宵の街はもう賑わっていて、それぞれに楽しそうだ。泡で食べる餃子屋さんはすぐに見つかって、端のカウンター席がふたつ、なんとか空いていた。ニンニクの香ばしい匂いがここまでやってくる。
「スーツまた臭くなっちゃいますね」
「いいの。それよりさ」
わいわいと騒がしい店内。
こっそりと、秋人さんの吐息が耳に触れる。
「ニンニク増しましってことは、今日は精力つけていいってこと?」
「な、アッ?」
「嬉しいなー、俺、たくさん食べるから」
「も、もうザーサイだけにして下さい」
「なんでよやだよ。腹減ってんのに」
もう、馬鹿、馬鹿っ!
秋人さんはくすくす笑っているけれど目が本気だ。たくさん食べるのも、精力をつけちゃうのも本当だろう。そう思うとドキドキしてナカがきゅうっと締まる。うう、まだ早い。
大体ニンニクの有無に関わらず精力ならあふれてるんだよなぁ。毎日忙しいくせに、週末になるとろくにデートも行けないくらいへろへろにさせられるんだから、こっちの身にもなってほしい。
先に注文したレモンチューハイと生ビールで乾杯して餃子を何種類か注文する。待ってる間は他愛もない話をして、順番にやってくるお皿は、すぐ胃の中へ消えていく。私だって精力つけたい。
「そうだ、映子」
「はい」
「ご両親への挨拶の件って、どうなった?」
ごっくん、と。
シソ餃子が味も分からず流れてゆく。
「……あー、えーっと……」
「……まだ連絡してないんでしょ」
「う、ぁう、ハイ」
「もうほんと、よく分かんない映子ちゃんって。俺のことは遊びなの?」
「チガイマス……」
「じゃあ、なに?」
だって、まだ早すぎない? まだ半年だよ?
指輪をもらったときも同じことを聞いたけど、秋人さんは頑として譲らなかった。今回もそのつもりだろう。私だって嫌なわけがない。でも、でも……
「もうちょっと……恋人気分で、いたいというか……」
「…………もう、そうやって……」
「え?」
「なんでもない。籍入れる時期は任せるけどさ、でも、とりあえず一回挨拶はさせてよ。ね?」
「わ、わかりました」
「この週末で連絡とってね? でなきゃ、ツテ頼ってお兄さんに連絡するから」
「ゔ」
「変な顔」
「もともとこんな顔ですー」
食べ終えて、やっぱり手を繋いで、秋人さんのマンションまで向かう。慣れた小道は誰もいなくて、涼しくって心地いい。
「んー……秋人さん」
「うん?」
「好きですよ?」
きゅ、と握った手に力が入る。
くしゃっと笑って私を見下ろす秋人さんは、やっぱり嘘みたいに格好いい。
こんなに素敵な人が、
「俺も、大好き」
私に好きでいてくれる。
大事にしてくれる。
そんな、フィクションみたいなことが。
いつまでも続くんじゃないかなって、不思議とそう思えちゃう田中映子、27歳、独身(婚約中)です。
めでたし、めでたし?
だれがフィクションだと言った
~圧倒的モブ田中A子のセフレ生活~ 了
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