上 下
63 / 68
4.これはフィクション?

その4、久遠専務はウワサされている①

しおりを挟む



早織ちゃんが久遠さんの秘書になってから、社員食堂の利用が格段に多くなった。安いし、ひとりで食事をするならお洒落なカフェはかえって入りにくい。

周りは私に注目しない。
社食は安いぶん、クオリティも低い。

味気なくて乾燥している。ここ二週間、なにを食べても似たようなものだから、品質なんてどうでもよかった。まるで私の人生みたいだ。味気なくって乾燥していて、質も悪い。

こんなだから、ずっと独りなんだろう。
身から出た錆で好きな人まで傷つけてしまった。もう取り返しはつかない。


あの時の、彼の顔。


思い出すと胸がすり潰されて、どうしようもなく消えたくなるから、なるべく考えないようにしてる。そうして、これまでの事は都合のいい夢にしてしまえば、心は動かない。

そうやって逃げて、見ないふりをすれば。
何があっても耐えられるはず。たとえば彼に恋人ができても、結婚しても、平然としていられ、る。はず。


「田中さん」
「経理の田中さんだよね」
「ここ、いいかな?」


ケチってちいさな鶏肉が使われているチキン南蛮を食べようと口を開けたところだ。そんな間抜けなタイミングで私に話しかけてきたのは、明らかに別の世界ーー久遠さんや早織ちゃんサイドーーのべっぴん三名。


「あっハイドウゾ」


なにこれ、私、殺られんのかな。

ちょうど四人がけのテーブルに、べっぴん三人が私を囲む。いや、単に座っただけなんだけど、圧倒的な女子攻撃力に身がすくむ。みんなキラッキラふわっふわしてる。いい匂いがして、底の赤いピンヒールで、隙がない。

三人のうち、見覚えがあるのは二人。
名前は忘れたけれど、たしか秘書課だ。

見覚えのないもう一人は、他の二人に比べてもまた一段と綺麗だった。ということは、おそらく重役の秘書の可能性が高い。


「経理部ってーー」
「大変だよね~ーー」


世間話がはじまった。
見覚えのある二人が話して、私が答えて、一等美女はほほえんでいる。二人は彼女の取り巻きといったところか。うう、こわい。なむあみだぶつ、なむあみだぶつ……

さっさと戻ろうと思うのに、女子二人が妙な連携プレイで巧みに話を途切れさせないものだから、どうにも席を立てないでいた。やっとのことであとはみそ汁半分。こんなのインスタントなんだから最悪飲まなくてもいいのに、なんとなくモッタイナイおばけが出てきてしまう。


「ねぇ、田中さん」
「ハイ」
「経理部の大塚さんって、カラダ使って久遠専務に取り入ったって、知ってた?」
「……ハ……」


一等美女の魅惑的な唇から、なんか出た。


「あ……知らなかった? ごめんなさいね?」
「イエ……」
「田中さん、大塚さんと仲よかったよね」


仲が良いと知っていて、聞いてくる。

一等美女はお付きのものに任せて、クリアボトルの水筒に入れた果物入り水デトックスウォーターを飲んでいた。その手のなめらかさ、肌の艶やかさに魅入ってしまう。身分が違う、という感覚をこの令和日本でまさか知ることになろうとは。


「ハイ」
「気をつけたほうが良いよぉ。あの子、男とっかえひっかえしてるみたい」
「ヘェー……」
「可愛い顔してるけど、怖いよねえ。久遠専務の秘書も、本当はセザキさんのはずだったのに」
「ホォー……」
「……ね、聞いてる? 田中さん」
「良いのよもう、私のことは」


セザキだか背脂だか知らんが、それはどうやら、一等美女の名前らしかった。バサバサ長いまつ毛を伏せて、セザキ某はゆったりと余裕を持って微笑む。

……不思議。


「ただ……ね、田中さん」
「ハァ」


とっても綺麗なのに、


「私たち、大塚さんと仲良くしていきたいの。そういう話があったとしても、せっかく同じ課になったんだもの」


圧倒的な主人公ヒロインなのに、


「だから、もし何か、大塚さんから話があったら、教えてくれない?」
「ナニカ……」
「なんでもいいの。秘書課の愚痴とかでも」
「外からきた人の方が、そういうの、分かると思うし」
「あとは……久遠専務の話とか」


全っ然、羨ましくないんだもん。


「ね、ライン交換しよ?」
「イエ」
「え?」
「ケッコウデス」


みそ汁、どうしようか。
ちょっと悩んで結局、ひとくちで一気に飲み込んだ。
よし、これでいい。

完食。


「……田中さん?」
「ウチノ大塚ハソンナコト、シマセン」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

執着系上司の初恋

月夜(つきよ)
恋愛
初めての恋心に妄想と愛情が暴走する苦労性イケメン(36才)とワケあり真面目女子(29才)を優しく見守る、部長3人組や、美魔女、ツンデレ男子、忠犬(男)、乙女(熟女)などが織りなすラブコメ・・R18仕様です(笑) 7/02無事挙式。番外編として溺愛が過ぎる初夜、小話投稿。 7/16番外編 元カノ?な安藤課長編「キスとぬくもり」スタート。 バーで出会ったイケメンと一夜を過ごした安藤課長。その一夜は周りさえも巻き込んだ波乱の幕開けに。拗らせイケメンモデルとかわいいものは全て愛でる安藤課長の勘違いとすれ違いな攻防戦。11/10無事完結。

色々と疲れた乙女は最強の騎士様の甘い攻撃に陥落しました

灰兎
恋愛
「ルイーズ、もう少し脚を開けますか?」優しく聞いてくれるマチアスは、多分、もう待ちきれないのを必死に我慢してくれている。 恋愛経験も無いままに婚約破棄まで経験して、色々と疲れているお年頃の女の子、ルイーズ。優秀で容姿端麗なのに恋愛初心者のルイーズ相手には四苦八苦、でもやっぱり最後には絶対無敵の最強だった騎士、マチアス。二人の両片思いは色んな意味でもう我慢出来なくなった騎士様によってぶち壊されました。めでたしめでたし。

【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。 ——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない) ※完結直後のものです。

寡黙な彼は欲望を我慢している

山吹花月
恋愛
近頃態度がそっけない彼。 夜の触れ合いも淡白になった。 彼の態度の変化に浮気を疑うが、原因は真逆だったことを打ち明けられる。 「お前が可愛すぎて、抑えられないんだ」 すれ違い破局危機からの仲直りいちゃ甘らぶえっち。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

一夜限りのお相手は

栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜

まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください! 題名の☆マークがえっちシーンありです。 王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。 しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。 肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。 彼はやっと理解した。 我慢した先に何もないことを。 ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。 小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。

処理中です...