上 下
61 / 68
4.これはフィクション?

その2、久遠さんは怒ってる②

しおりを挟む


え。


「いや、見たというか、見えたというか……この間、大塚さんがここに来た時」
「……ライン……」


どの?


「勝手に見て、こんなこと言うの、筋違いだって分かってるんだけどさあ……」
「なにあれ」
「はやく彼氏ほしいって、どういうこと?」


沈黙。
……あ、これ、答えなきゃ進まないのか……


「どういう、ことって……」
「A子ちゃん、大塚さんに男紹介してもらってたの? 二股?」
「ちが……っ!」
「何が違うの」


ぎし、と音を立てて机に浅く座り、私を見る彼の目が……分からなかった。渦巻く怒りのようにも見えるし、悲嘆に濡れているようにも感じる。

沈黙は、見えない圧力だった。


「……だって…………」
「なに?」
「付き合って、ない……ですよね……私たち……」


「……っ、は?」


……間違えた?
もしかしてずっと、間違えてたの?

そう思うような声と目だった。思いもよらない、みたいな。嘘だよ。そんな、チープなフィクションみたいなこと有り得ない。彼は主人公格ヒーローなのに、モブを……わたしのことを……


うそだ。


「じゃあ、俺は……」


うそだ。うそ、うそ。


「A子ちゃんの、何? セフレ?」
「違います……私が、久遠さんのセフレ……」
「同じことじゃん、それ。じゃあ何? 俺が今までA子ちゃんのことを好きだとか特別だって言ってたのは、全部セックスするためのリップサービスだとでも思ってたの?」


久遠さんにしてはすごく珍しい、焦ってうわずった、苛立ちを隠さない、声。


「A子ちゃんだって俺のこと、好きだって言ってくれたよね? あれも嘘? 俺、言われて舞い上がってたの、馬鹿みたいだね。A子ちゃんの中では、セックスばっかりして、いざとなったら捨てるような……すげぇクズなんだ、俺」
「ちが……」
「なにが違うの。そういう風に見てたってことでしょ? ってか、誰がなんとも思ってないセフレのために車回して、わざわざ揉め事に突っ込んでいくわけ? 彼女にしかしないよそんなこと」


喜んでいいはずのことばが。
冷えた鉛のように、喉に詰まって息苦しい。

何か言わなければと思っても、頭では色んなことが駆け巡ってロクな言葉も出てこない。


「っでも……だって久遠さん、早織ちゃんのこと、ひと言も教えてくれなかったじゃないですか……!」
「なんで今、大塚さんの話が出てくるのか分からない。彼女の件を俺が知ったのは先週、映子ちゃんに行ったあとだよ」
「うそ……だって、久遠さんから直々に指名だって……だから、久遠さんはもう、早織ちゃんがいいんだっ……て……」
「……指名したのは堂本常務」


はぁ、と大きくて短いため息。


「俺は大塚さんがどんな人なのかなんて知らないし……そもそも、映子ちゃんと付き合ってんのにほかを物色しようなんて思わないよ……!」
「でも、付き合おうなんてひとッ言も……!」


答えかけて。
また間違えたんだと気づいた。
暗がりでも分かるほど、傷ついた顔が、私を見ていたから。視線があった途端、久遠さんは目元を手で覆って、うなだれて首を左右に振った。


距離が、どんどん離れていく。
たった数歩先が、今、こんなにも遠い。


「……それだけ? それだけのことで?」
「それだけって……」
「他のことは全部言って、態度にも出して……そういうつもりだったよ、俺。……そんなに俺のこと、ひとつも、信用出来なかった?」
「……ちが……」
「映子ちゃん」


夜の灯りのなか、彼の目が真摯に私を貫く。
ああ、なにもかも、嘘であればいいのに。


「俺は、ちゃんと、好きだったんだよ」
「……久遠さん……」
「…………まだ、映子ちゃんには『久遠さん』なんだね」


何も答えられない。
何ひとつ言えない。

言えば言うほど、この人を、秋人さんを傷つけてしまうのだと、分かったから。


「……もう、いいや」


足先からすうっと凍りついてしまう。こぼれ落ちてようやく、それがどれだけ大切で、得がたくて、失いたくなかったかを知って……でももう遅い。


「今日は帰って」


すべては、終わってしまった。


「はい」


帰りたくない。
離れたくない。


「失礼します」


はなれたくない。


「……すみませんでした」













帰り道、予想に反して、涙はひとつもこぼれなかった。ただただ、のろのろとパンプスを履いた足が動きづらくて、地面ばかりを見ていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

私が一番近かったのに…

和泉 花奈
恋愛
私とあなたは少し前までは同じ気持ちだった。 まさか…他の子に奪られるなんて思いもしなかった。 ズルい私は、あなたの傍に居るために手段を選ばなかった。 たとえあなたが傷ついたとしても、自分自身さえも傷つけてしまうことになったとしても…。 あなたの「セフレ」になることを決意した…。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

溺愛彼氏と軟禁生活!?~助けてくれた彼に私が堕ちるまで~

すずなり。
恋愛
ある日、仕事をしてるときに急に現れた元カレ。 「お前を迎えに来た。一緒に帰るぞ。」 そんなことを言われるけど桃は帰る気なんてさらさらなかった。 なぜならその元カレは非道な人間だったから・・・。 「嫌っ・・!私は別れるって言った・・・!」 そう拒むものの無理矢理連れていかれそうになる桃。 そんな彼女を常連客である『結城』が助けに行った。 「もう大丈夫ですよ。」 助け出された桃は元カレがまだ近くにいることで家に帰れず、結城が用意したホテルで生活をすることに。 「ホテル代、時間はかかると思いますけど必ず返済しますから・・・。」 そんな大変な中で会社から言い渡された『1ヶ月の休養』。 これをチャンスだと思った結城は行動にでることに。 「ずっと気になってたんです。俺と・・付き合ってもらえませんか?」 「へっ!?」 「この1ヶ月で堕としにかかるから・・・覚悟しておいて?」 「!?!?」 ※お話は全て想像の世界のお話です。 ※誤字脱字、表現不足など多々あると思いますがご了承くださいませ。 ※メンタル薄氷につき、コメントは頂けません。申し訳ありません。 ※ただただ『すずなり。』の世界を楽しんでいただければ幸いにございます。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

優しい微笑をください~上司の誤解をとく方法

栗原さとみ
恋愛
仕事のできる上司に、誤解され嫌われている私。どうやら会長の愛人でコネ入社だと思われているらしい…。その上浮気っぽいと思われているようで。上司はイケメンだし、仕事ぶりは素敵過ぎて、片想いを拗らせていくばかり。甘々オフィスラブ、王道のほっこり系恋愛話。

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

処理中です...