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3.彼らの関係
その18、お友だちとはさようなら。②
しおりを挟むそんなわけで、昼。
いつもの隠れ家イタリアン。早織ちゃんはちょっと固い表情をしていて、なおかつ自分から喋らないでいる。少し不安になった。いつもの彼女であれば、席についた途端に喧嘩内容をわっと話し出すはずだったから。
それぞれメニューを選んで注文して、グラスのレモン入り氷水を飲んで、早織ちゃんはまだ下を向いている。
「深刻そうだね」
「……というより、何から話せばいいのか……」
「ゆっくりでいいよ」
「……A子先輩、まだ今日は、ナイショにしといて欲しいんですけど……」
「うん」
「来月、秘書課に移動になります」
「えっ」
こちらもちょっと思考停止。
うそ。さみしい。ほんとに? そういえば部長と話してたのってそのことか。となり空いちゃうのか、やだな。
でもそれは、彼女にとっては喜ばしいことだった。正直、頭を金づちで小突かれたような衝撃だったけれど、考えを切り替える。
早織ちゃんは入社当時から秘書課希望だったのに、人員の都合で経理部に配属されたのだ。裏方の細かい仕事は彼女には合わず、たくさんミスをして怒られて、それでも仕事を辞めなかった。意外に根性のある子だと最近になって周りから認められて、きっと、栄誉の移動だろう。これはいいことだ。祝ってやらないでどうする。
「そうなんだ、おめでとう。でも来月ってちょっと急だね」
「そうなんです。どうも久遠専務の秘書に回されるらしくて」
「え」
「向こうから直々に申し出があったみたいなんです」
今度こそ、頭をがんと殴られるような衝撃。
早織ちゃんはぼそぼそとなにか喋っているけれど、殴られた頭ではこれ以上の情報は入ってこない。
久遠専務の、秘書。
それも直々の、ご指名?
そんなの聞いてない。一言だって聞いてないよ。秋人さんは昨日も今日も、ちょっと意地悪で優しい、いつもの秋人さんだった。変わりはなくて……ううん、違う。全然違う。
ナマでシた。
怒らせてしまった。
元カレとのいざこざで、面倒事に巻き込んだ。
だから……嫌われた?
表面上は取り繕っていただけで、本当は、そういう話すらしたくないくらいに鬱陶しく思われていた? ううん待て待て私、被害妄想が過ぎるぞ。でもじゃあどうして、ひと言も教えてくれなかったんだろう……
「……先輩?」
「え、あ、ああ。ごめんごめん、ちょっとびっくりして。でもやっと希望が叶って、良かったよ」
「ありがとうございます。引き継ぎ、ご迷惑をかけると思うんですけど」
「ううん、気にしないで。仕方ないよ突然だもん。手伝うから、いくらでも言ってね」
「はい。で、あの……彼氏のことなんですけど……」
「うん」
早織ちゃんは彼氏、と言葉に出すと、ぎゅっと唇を引き締めた。きれいな眉をひそめて、グラデーションの整ったまぶたを閉じて、ふう、と息を吐く。
「今度はほんとに、別れるかもしれません」
「なにがあったの」
「……今は、ちょっとまだ言えないです」
「そうなんだ」
「ごめんなさい。その話で付き合ってもらってるのに」
「いいよ。でも別れるなんて……本気?」
「……仕方ないかなって。今回はもう、喧嘩にもならなかったんです」
本気だ。
すぐ理解できた。このあきらめ方、喧嘩にもならないやりとり、覚えがある。Uくんの時とよく似ている。だとしたら本当に別れるのかもしれない……すごくお似合いのふたりだったのに。
「そうなんだ。辛いね」
「はい……はぁ、難しいですね、恋愛って。でも今度彼氏を探すなら、もう外国人はやめときます」
「どうして?」
「考え方が違いすぎて疲れます。その分、普段は刺激的で楽しいんですけどね、ふふっ」
無理して笑っている。
なにがあったのかは知らないけど、出来ることなら慰めてあげたかった。とは言え、恋愛弱者の私が、なにをアドバイスできるわけでもない。結局は聞くしかできないのだけれど。
「そっか。やっぱり国の差って大きいんだね」
「ほんとですよ! もう、こうなったら片っ端から当たってやろうかな。
それこそ久遠専務とか」
ひゅっ、と息が止まって。
食後のアイスコーヒーでむせてしまった。
「わあっ、A子先輩、大丈夫ですか?!」
「だ、大丈夫……だいじょうぶ……」
……あぁ、そうかも。
ふたりが並んでいるところが目に浮かぶ。お似合いだ。まるで映画のワンシーンみたい。
ああ、無様。
「先輩、涙出てますよ! 息してーー」
「い、いいんじゃない」
「へ?」
嫌われたかも、なんて、おこがましい。
はじめから好きも嫌いもありはしない。
ただのセフレに、そんなもの。
「久遠専務。若いし、かっこいいし、早織ちゃんにぴったり。いいと思うよ、私」
「いや、ないですよ。直属の上司にそんなこと。……冗談ですよ?」
早織ちゃんがそう思ってても。
あの人はそのつもりかもしれない。そろそろセフレとは縁を切って、本格的に、結婚相手を探し出したのだとしたら……合点がいく。
私に言わなかったのは気まずいから。
早織ちゃんをご指名したのは、かわいい彼女が気になるから。
「そっか」
身を引かなきゃ。
五年前、茉実がしたことを、今度は私がする番だ。人生ってうまく回ってるんだなあ。自分がしたことは本当に、自分に返ってくるなんて。
身を引かなきゃ……
「……A子先輩?」
「なんでもないの、そろそろ出よっか。早織ちゃん、婚活、お互いがんばろうね。いい人いたら紹介して」
「……分かりました。ありがとうございます」
案の定というか。
この週末、秋人さんからの連絡はなかった。
うなぎ、食べ損ねちゃった。
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