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Ⅵ. 暁の章
13′五年後の公爵夫妻 ※
しおりを挟む熱い、あつい……あつい。
肌がうすく汗をまとい、したたる。
はぁ、と吐いた息がしめって、なおあつい。
「ううんッ……あーっつ!」
うだるような暑さにアイリーンは目を覚ました。
この国、この土地に移り住んでから、慣れたつもりでいてもやはり暑さが身にしみる。ヒエロンドの南、シェルから5年前に貰い受けた土地は年がら年じゅう温暖な気候で、港の魚は美味しく、国際色豊かな人々がいて非常に住みやすいものの、夏から秋にかけての暑さだけはたまらなかった。こうなったらもう水風呂だ。それしかない。
寝室からつづく石造りの風呂場は広く、冷たすぎない水がかけ流しになっていた。たまに湯に浸かりたくなることもあるが、大抵はこうして、涼をとるために使っている。扉を開くと先客がいた。
「あ」
「おう、目ぇ覚めたか」
「おはよロイ、帰ってたんだ。オレも入っていい?」
「好きにしろ」
ばさばさと薄い寝衣を脱いで、髪をまとめ、ロイを背もたれにして一緒に湯船へつかる。火照った身体にほどよく冷たい水がしみて、たまらなく気持ちがいい。あー……と声が出て、ロイに身体をあずける。
片腕がアイリーンの腰をそっと抱いた。
彼女もまた、夫の足りない腕へすりすりと頬ずりする。
「いつ帰ったの? 全然気づかなかった」
「午前様だ。おかげで後回しにしてた書類が全部片づいた」
「そっか、おつかれさま」
「ああ」
ロイは今日からの長期休暇のために、根を詰めて仕事をこなし、このところ遅くまで帰ってこなかった。もともと夜更かしができない性質のアイリーンだ。夫からも遅くなると聞かされていたし、夜は普通に眠っていた。
顔をざぶざふ洗って、適当に水を切る。ロイの左手がこなれた手つきでアイリーンの乳房を掴んだ。アイリーンは湯船のなかでその手をぴしゃり、と軽くたたく。
「もう、ロイ。だめだって」
「いいだろちょっとぐらい」
「だーめ。もう準備しないと。シガルタまで遠いんだからさっさと出ようって言ったのロイだろ? いくらあいつらが早くても、夜まで乗りっぱなしは疲れるじゃ、ん…………んん、やぁっ……」
夫の指が、今度は器用にアイリーンの膣内をほぐしはじめた。水風呂のなかで、明らかに水ではないぬめりがロイの手を汚しているのがわかる。
ひときわ敏感な花芽は、ロイの指に触れられるために大きく充血して貪欲だった。軽く触られただけでも歯を食いしばってしまうほど、気持ちイイ。自制できないこの身が恨めしいと、アイリーンは心底思う。グググ、と小さな笑い声が風呂場に響いた。
「……夜まで待って明日の朝 寝坊すんのと、いま軽く抜いて終わらせんのと、どっちがいい」
「やだっ、それ結局、絶対夜もあるやつじゃん! やらないからな、どっちも、しなっ、あ、やだ、ほんとにだめ、だめだめだめ……っ」
「ぐずぐずに濡らして言われてもな、説得力に欠けるっていい加減覚えろ。ほら、このまま指でイくか? それとも別のもんがイイか? どうする、アリン……」
「~~っ、わかっ……わかったから、ゆび、やめて……」
ーーああくそ、ばかっ。
心のなかで吐き捨てながら、目の前に見える湯船のへりを掴んで四つん這いになり、白い尻をあげる。予定があるから、時間もないからとたかをくくって、ノコノコと夫のいる風呂に入った自分がいけなかった。
くるりと振り返って、ロイを見る。
銀色の瞳が欲を浮かべてわずかに歪んだ。
「……ほんとにすぐ、おわる?」
「さあな、てめえの頑張り次第だ。ほら、挿れんぞ」
「っア、がんばりって、どうすれば……っんん、ああ、ふかいぃ……ッ」
「てめえが奥までおびき寄せてんだろうが」
難なく夫のモノを受け入れ、きゅうう、とナカが切なく震える。もっともっとと強請るように腰をゆらして、バシャバシャと水音が跳ねていた。あられもない、肌のぶつかり合う音も。
「んぁ、あ……ッ」
「アリン、ああ……アリン……」
「ロイ、ろいっ……」
アリン、と囁かれるたび、鳥肌が立つ。
なんて甘い響きだろう。彼に呼ばれると、なんだか自分がとても素晴らしいものに思えてしまう。大事な宝物を愛でられるように肌をなぞられ、背中に舌が這い、いちいち敏感に感じ取った。
もうだめ、いきたい。
早くも昂められてしまった想いに連動するかのように、動きが早まる。ただ今朝は、わざとそうしているのか、どうにもあと一歩届かないもどかしさがあった。
もっと、もっと強く穿ってほしい。
丸くて太い先端でごりごり掻き回してほしい。
「ロイ、あの、もっと…………え?」
アイリーンは訴えるために後ろを振り返り、そして気づく。気づいてしまえば最後、激しい羞恥でぶわ、と身体が熱くなる。ぴたりと、挙動が止まる。
そう、止まるのだ。
なぜって、きっと……動いていたのは自分だけだから。
「だらしねぇ顔だな……もう終わりか、アリン?」
「や……っ、うそ、ロイ、なんで……っ」
「なんで? てめえの頑張りを邪魔しちゃ悪いだろ」
「いっ、いじわる! さいてい! ばっ……あああっ!」
逃げようとした身体に閃光が走る。
目の前がチカチカと弾ける。
ロイに穿たれるだけで、アイリーンは1度、達した。
「ッ……これが欲しかったんだろう? ずいぶん腰振って、頑張ってたからなぁ? 駄目だとか、さっさと終われとかぬかしやがって、てめえの方が欲しがりじゃねえか? ん?」
「うっ、ううう……! ロイ……!」
ずるずると、ギリギリまでそれが引き抜かれる。入り口に先端だけが触れている状態で、ロイの身体がアイリーンの背にぐっと押し付けられた。耳に唇が触れ、熱っぽいロイの呼吸にぞくぞくする。
「ああ……ッ」
「ほら、ちゃんと言え。俺が欲しいって、めちゃくちゃに突かれてイキたいって、こっちの口でもおねだりしてみろ……な?」
やさしく、いやらしく、吐息まじりに囁かれて、それだけでも拷問みたいに苦しくなる。耳から直接、蜂蜜を流し込まれたかのように、アイリーンの思考は彼だけに染まってゆく。
真っ赤な瞳が夫をとらえる。
うるんで濡れた唇から、細い息が漏れた。
「ロイ……ロイがほしい。ロイにいっぱい、ぐしゃぐしゃにされてイキたいの、こんなのもうやだ、ロイでイカせて……っ、おねがい、ろい……」
「は……上出来すぎんだろ」
「あぅう! あ、ろいぃ……ッ!!」
突如として、ロイが、襲いかかってくる。
もどかしさに飢えていた最奥がえぐられ、掻き乱されて、待ち望んだ強さに涙がでる。冷たい水風呂のなかなのに、身体が、指先まで火照ってひくひくする。
ばちゃ、ばちゃ、風呂が揺れている。
水面がゆらいで胸の先端をこすり、はねた雫が背中にかかる。普段よく知る何気ない刺激でさえ、今のアイリーンには毒でしかない。抽送のさなか、何度も押し上げられては、また引き戻される。大波に翻弄される貝殻のように、彼女は無防備だった。
「ひぁ、あ、やらぁっ! も、きもちい、きもち、よ、すぎて、おかしく、なるぅ……っ!」
「……ッ、アリン、もうイくぞ……」
「ん、うんっ、きて、きてロイ……! なかに、おれんなかに、いっぱいちょうだい……っああ、ふぁあッ……ーーっ!」
えぐられて肉厚な隘路がロイを締めつけ、果てる。ぐったりと上体が支えきれず、へりに倒れこんで、じっくりと余韻に浸る。頭のなかにぽわぽわと綿菓子でも飛んでいるような気分だ。もっとも、アイリーンはこうなった自分をよく知っている。ロイに抱かれたあとは、いつだってそうなるのだから。
「ん、ぁ……ろい、よかった……?」
「ああ……」
「ふ。なら、よかったあ……んん……」
彼が刺さったままくるりと身体を反転させられ、向かい合って唇を重ね、その左手が頭を撫でてくれる。愛されているのだと、疑いようもなく分かってしまうから、この時間が好きだ。
「あっ……」
まだ固さは充分なのに、ロイはキスしながらもゆっくりと自身を引き抜いた。ぽっかり風穴でも空いてしまった気分になって、さみしくて、彼の首へ両腕を回す。だというのに、夫は離れようとしてしまう。
「やだぁ……いかないで、ろい……」
「早めに行くんだろう? 明日の式に間に合わねえんじゃ、流石にまずい」
「あ……そだった……」
「ゆっくり浸かってろ、準備しといてやるから。いいな?」
「うん、ありがと……ごめんな、ロイ……」
言えば、ふ、と音もなくかすかに笑ったロイが、アイリーンの頬やまぶたにくちづけた。そうして先に湯船からあがる夫を横目に、アイリーンはぼんやりと身体を風呂へ預ける。当分動けそうにない。
いつから?
……きっとはじめから。
時間もないのに、夫に触れたくて仕方なかった。だって寂しかったのだ。ここ数日、夜はずうっとひとり寝でつまらなかった。熱っぽい身体をもてあまし、風呂場で裸のロイを見てしまえばもう、触って欲しくてたまらなくなって……
きっとすべて、見抜かれていたのだろう。
「ああ、もう……ばか……!」
ぶくぶくぶく。
彼に溺れた身体は、罪深いほど貪欲だった。
***
「いってらっしゃいませ旦那さま、奥さま。ご無事のお戻りをお待ちしてます」
「ああ、行ってくる」
なんとか準備を整えて彼らに乗る。彼らは普段、北端の森の寝ぐらに住むが、こうして数名が持ち回りでアイリーンのそばを守護し、時には移動係としての役割も担った。
街はずれの小さな城が、今のアイリーンたちの住まいとなっている。ここなら獣たちがうろついても余裕があるし、ふたりの職場にも近くて、アイリーンは気に入っている。
「留守のあいだ、頼むなティリケ」
「はい。お任せください」
見送りに来てくれたティリケは半年前、アイリーンの嘆願を受けた陛下の温情により短縮された刑期を明けたため、正式な侍女として雇った。家庭の事情を知っていたアイリーンが誘って、それをティリケが受けた形だ。几帳面で仕事の早い彼女は、あまり人を置かない城のなかで重宝した。
一方でエメは5年前の戦争のあと、すぐに結婚してイェーナの田舎町へと引っ込んだ。お相手とは戦争中に出会って意気投合し、倉庫や物陰でこっそり肌を重ねていたと聞いたときには……なんというか、豪胆なエメらしいと笑ってしまった。今は手紙のやり取りが主だが、ときどき旦那と子どもを連れて、ここへも遊びに来てくれる。
この5年、色々変わった。
ヒエロンド、イェーナ、シガルタの3国は新たに同盟を結び、それぞれの国は旅券があればいつでも誰でも自由に行き来できるようになった。ロイが所有するこの領地はヒエロンドのものだが、イェーナとも繋がっていて、海を隔てた遠い文化や商業がここから大陸にも浸透しはじめていた。
アイリーンたちは進む。
街をでて、森を抜け、また新たな街につく。この街はイェーナまでの通り道で、ロイがよく使っているために、おおきな獣たちの姿にも人々は慣れたものだった。
「わー! もふもふー」
「背中のせて!」
食堂で気楽に休憩していると、街の子どもたちが遊びにくる。そんな姿を窓ごしに微笑ましく見て食事をすませると、不意にロイから手のひらほどの小箱を渡される。
「んっ、なにこれ?」
「レオナルドからだ。『返しておいてくれ』だと」
「えっ、陛下から? ほんとになんだろ…………
あ……ああッ! ロイ、これ……っ!」
箱をあけると、アイリーンの赤目が大きく開いて、頬が赤く染まった。とんでもない喜びに声がうわずる。胸がぎゅう、と締め付けられ、思わず涙が、出てしまう。
向かいに座るロイの指が、頬を拭った。
「泣くなよアリン……綺麗だな、つけるか?」
「っううん……落としたら嫌だから、あとにする。あ、そうだロイ。ちょっと相談なんだけどさ、オレの髪ーーーー」
アイリーンは目をこすり、夫にある提案をした。彼はそれをやや複雑そうにしながらも、最終的には折れて、受け入れてくれた。結局ロイはいつだってそうだ。いつだって、妻を優先してくれる。
ふたりはまた彼らに乗り、走りはじめる。
ある初秋の昼前、風が気持ちよく頬を撫でていた。
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