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Ⅳ.秋の章
68.お見舞い ※
しおりを挟む満月の夜に西はずれの駐屯地で仕事をしていたロイは、事件を聞きつけてすぐ妻のもとへ戻った。馬でもずいぶんかかるはずの帰路を数日で駆けつけて、その様相も乱れたままアイリーンをただ抱きしめた。土埃と朝露のにおいに、アイリーンの胸からつらいものが込み上げる。
「……っロイ、ロイ……!」
「大丈夫か、もっとよく顔見せろ……!」
この数日、何度も思い出しては泣いていたアイリーンの目は真っ赤だった。それだけではない。食事もろくに食べられておらず、眠れてもいなくて、なんとか生きているだけのアイリーンはボロボロだった。
「やつれやがって……!」
細くて長い手のひらに頬を包まれて、うっうっと泣きながら顔を上げると慰めるように唇が重なった。それでも涙はおさまらず、その腕がまた強い力で抱きしめる。
「ロイ、エメが……エメ……っ!」
「ああ分かってる。独りにさせて悪かったもう大丈夫だ」
「うんっ……!」
心細さがやわらぐとアイリーンは訴えた。
エメに会いたい、見舞いたい、王都の病院に向かいたいという彼女の願いを聞き入れて、ロイはすぐさま馬車の手配をしてくれた。
このところ寝衣のまま過ごしていたアイリーンもさすがに着替える気になって、クローゼットから適当な余所行きのドレスを1枚取る。するとロイが部屋から出ようとするから焦って止めた。
「待って! どこ行くんだよっ」
「侍女を呼んでくるだけだ」
「やだ、呼ばないで、ここにいてロイ……!」
ぐずぐずとまた涙があふれる。この数日、ほとんどを独りきりで過ごしてきた。心を通わせられる人もおらず、身の回りの世話をしてくれる侍女たちは一様に彼女を怖がった。食事の毒見役となる騎士たちは威圧的に彼女を見下ろし、何を食べても砂の味しかしなかった。
さみしい、と全身で訴えるアイリーンを前にロイは小さく舌打ちをしてその場にとどまった。そして彼女は思い知ることになる。
「……っ」
「さっさと着替えろ、馬車を待たせんな」
「ま、まってて! ちょっと待ってて!」
ーーなんて、恥ずかしいことを。
今度は羞恥で顔を真っ赤に染まらせながら、アイリーンは混乱した頭で考えた。この場で着替えるわけにはいかず、寝室に引きこもり、ばさばさと寝衣を脱いでドレスを着ていく。
あとは腰から背中まであるボタンを占めるだけだが、後ろ手ではどうも上手くいかない。早く、早くしなければ。そう思うほどに焦りで指が動かない。
「アイリーン」
「ひゃああっ! ま、待っててって言っただろ!」
「出来もしねえくせに何言ってやがる。背中向けろ」
「あ、う……ん、ありがと……」
すたすたと早い速度で詰め寄られて、どうやら着付けを手伝ってくれるらしかった。つくづく1人でなにもできない自分が恥ずかしく、素直にくるりと背を向けると……しかし彼の細い指先が、アイリーンの背中のくぼみをつう、となぞった。
「っ、や、あ……ロイ!」
「限界だ触らせろ」
「やっ、だめ、はやく、馬車が……っ!」
「まだ来てねえよ」
「なっ、このひきょうもの、や、ぁあん……!」
ーー馬車がどうとか言ってたくせに!
後ろからがっちりと腰をいだかれ、今度はべろりと舌が這う。このところ冷え切っていた身体が急激に灼熱を帯びてアイリーンの目にチカチカと星が飛び、ロイの唇がちゅう、とうなじに吸い付いた。ぞわぞわと、両手が服の中に入り込む。
エメを心配しているのに、こんな事をしている場合じゃないのに、彼女の身体は慣れ親しんだ夫の愛撫をいつものように受け取った。びくんびくんと腰が跳ね、たまらずに嬌声が漏れる。
「やぁあ……っ! だめ、ロイ、こんな……っ!」
「なにが駄目だ。ここにいろだの、待ってろだの、一体てめえは何様だ。俺がいつもどれだけ我慢してると思ってんだ、いい加減殺すぞこの野郎」
「っだって、それはロイが……ひぁ、あ! や! むねやだ、やめてっ、ああぁ……っ!」
服の内側から這い上がった手はアイリーンのふたつの乳房をやわやわと揉みしだき、指先でくに、とそのいただきを弄んだ。すでに固いしこりとなっていたその尖りはビリビリとアイリーンに刺激を与え、なにも考えられなくなる。
「俺がなんだ。あ? 後先考えて動けって何回言やぁ理解する。俺を誘うんじゃねえならさっさと侍女を呼んで準備すりゃ良かったんだろうがこの馬鹿が」
「ごめ、ごめんなさ……ロイ、おこんないで……」
「……怒ってねえ。泣くなアリン、こっち向け……」
胸をまさぐった手が腰にうつってくるりと正面を向かされる。冷淡だった今までとは打って変わって甘やかな声音で囁かれ、アイリーンも涙目のままロイの身体にしがみついた。
ちゅ、ちゅ、と頬やまぶたや額にくちづけられる。抱きしめられ、唇を重ねるとともにふわりと身体が宙を浮いた。どこかへ運ばれているなと感じながらキスをやめないでいると、どうやら寝台に足だけ下ろして寝かされる。
「あ、だめ……ロイ……」
「ちょっとだけだ。最後まではしねえ……」
「ん……あ、やだ、はずかし……」
「いつも見てんだろ」
無理にではなくドレスを腹まで降ろされて、ほんのりと桃色に染まった乳房がロイの前で露わになる。あの遠足以来そうされる事が多くなって、その度に恥ずかしくなるのはどうしようもなかった。
銀の目が欲情に光って、薄い唇が先端を含む。
濡れそぼる舌で舐め転がされて、ちゅぶ、と音を立てて離される。腰がうずいて、足の付け根の奥からとろりと漏れだす。その現象も最近ではいつもの事で、こちらもやはりどうしようもない。
「あ、ぁ……ロイ、きもち、いい……っ、もっと……あぁん……!」
「強請るんじゃねえ、今から見舞いに行くんだろうが……」
「でも、こんなの……もっと、してほし……ふ、あぁ……ずるいぃ……っ」
「言ってろ」
「ああ……ひゃ、ぁあん……っも、やだぁ……っ」
両の乳房に所有の証をつけられて、指で尖りを弾かれて……しかしあの場所には触れてくれない。遠足の日以降、ロイはアイリーンのそこまで触れて昂めてくれることもあったが、今日はそれほどの時間はないのだろう。
足りない。こんなの、苦しいだけだ。
そんな風に焦れているうちに、遠い場所から馬車の準備が整ったと誰かの声がした。どろどろに飢えたアイリーンをよそにロイは手早く彼女の服を整えてやる。
「……もう1回顔洗え、物欲しそうな目しやがって」
「だれの、せいだと……」
「さぁな。今度こそ待たせんじゃねえぞ」
どこか楽しそうに寝室を出るロイを見送って、それから緩慢に起き出して洗面器で顔を洗った。水面に映る赤い瞳がはっきりと欲で濡れていて、アイリーンはそれを消そうと洗面器に顔ごと突っ込んでぶくぶく激しく息を吐いた。
***
扉の向こうで声をかけてくれたのは他ならぬ先生ーーヨーデリッヒだった。王宮に戻っていた彼はみずから付き添いを志願して、ロイがそれを認めたらしい。
「ずっと気になってたんっすよ、エメ姐さんのことも、奥様のことも……」
「そうなんだ、ありがとな先生」
ロイを前に緊張で顔を青くしているくせに付き添ってくれる先生は、本当に見た目や口調よりもずっと情に厚い人だった。緊張しながらニコッと笑い、緊張しながら話を続ける。ロイはその様子をさして気にも留めていないようだった。
「でも良かったっす、思ったより奥様がお元気そうで。もっと泣き暮らして、ぐったりしてたらどうしようって思ってたんすよ」
「……ぅ、あはは、まぁな……」
どきりと胸が跳ね上がる。
言ってしまえば、つい先ほどまでそんな状態だったのだ。そうでなくなったのはロイとあんな事をしたからで……思い出せば頬が染まるのを止められない。
しかし、先生やエメに心配をかけるような自分でないならそれで良いとアイリーンは思い直した。過程はどうあれ、今の自分は先ほどよりもずいぶん元の自分に戻ったような気がする。ぐったりして泣き暮らすなんてまったく自分らしくない。
ロイがそこまで考えてあんな事をしたわけではないだろうが、ともかくアイリーンは落ち着いていた。これからはエメがいなくても元気であれるようにしよう。そうしなくてはエメにも心配をかけてしまうーーそう思って自分を律した。
「……っ」
「大丈夫か、一回止めるか」
「ううん大丈夫。コルセットしてねえから、だいぶマシだよ……」
ーーそれでも、やはり気分は悪い。
いくら気持ちを立て直したところで、食欲もなく、睡眠もとれていない自分の身体は正直だった。馬車の振動でめまいがして、目隠しごしの目を開けていられない。浅く胸で呼吸していると、ようやく馬車が止まってくれた。
「降りられるか」
「うん大丈夫、ありがとうロイ」
「俺、先行って話通してきます! ゆっくり来てください!」
「……いい人だよな、先生って」
「仕事はまるでなってねえがな」
「ひっでえ……!」
「"いい人"が務まる仕事じゃねえんだ。あいつは騎士の方がまだ向いてる」
「……じゃあロイは、悪い人?」
「言ってろ」
ばたばたと病院へ走る先生の背をふたりで見ながら話してゆっくりと歩を進めるが、しかし病院の向こうが騒がしくなってきた。その騒ぎの中心は先生で、彼は複数人の看護師らしき女たちと言い争っている。
思わず足を早めて駆け寄ると、アイリーンは突如として理解した。なぜこんな騒動になっているのか、その原因はなんなのかーー
「やめてください! 入らないでッ! 貴女のような忌み子を入れて患者様を殺されては困ります!!」
アイリーンはその場に、立ちつくした。
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