きずもの華族令嬢は初恋の男とクズ夫に復讐する 〜わたしたちは、罪悪です。〜

サバ無欲

文字の大きさ
6 / 18

《六》

しおりを挟む
「腹違いなんて、うそ。本当に妾の子なら、石にかじりついてでも尾上に残ろうとするはずだもの。むしろ嫌気がさしているのは、おおかた自分が千晃様の実の弟か……いえ、双子。それなら、お顔立ちが瓜二つなのも、お名前に同じ一字をもらっていることも理由がつきますもの。そういえば『尾上は外聞を気にする』とは、あなた自身がおっしゃっていたのだし……」

 からくり箱のむつかしい一か所が解けると、あとは簡単に開いてしまうように。

 わたしの頭のなかではそれが唯一の解であった。
 戦後の今ならばいざ知らず、少し昔に双子は『犬腹』と言われて忌避されていた。それを思えば、みえっぱりの尾上がどちらか一方を妾の子として育てさせたのはままあることのように思える。

 かくして──

「そもそもこの姿では、あれに似ているかどうかすら考えない人のほうが多いのに……本当に聡い」

 男はうなだれ、くぐもる声で低くこたえた。
 観念した声だった。

「でもどうして? それならなおさら、後継として財産や会社のひとつでも受け取る権利があるはずなのに……」

「僕はもう、この家とは金輪際関わり合いたくないのです。聡いあなたならその理由もお分かりでしょう……どうかこの件は他言無用にしてください。本当は、誰にも言うつもりはなかったのです」

 「……どうかお顔をあげてください」

 男が深々と頭を下げている。

 本来ならばわたしこそ、この男に頭を下げなければならない立場であった。そして男のいうことが今のわたしには重々理解できる。

「承知いたしました。鷹山の名に誓って、この件は一切他言無用にいたします。……今更、こんな名に誓っても信用に欠けるやも知れませんが」

「充分です」

 男は虫かごを取って立ち上がる。窓へと向かい、そのまま虫かごの蓋を開けた。ぶぶ、と羽音をたてて花かまきりがみかん色の空高く飛んでゆく。それをながめる横顔もまたみかん色に染まり、その瞬間、完成された一枚の絵のようだった。
 この時間が永遠に続けばいいのにと思うけれど、そんなことはなく、男はふと視線を下げる。忌々しげに眉をひそめて言い放った。

「ああほら……あれが、本邸へ帰ってゆくようですよ。お嬢さんの足袋なんか持って、あきらめの悪い……」

 その言葉を聞いた途端、どっと力が抜けた気がした。まだ気を抜いていいわけではないのに、体は正直だった。

「……わたしも、あまり騒ぎになる前に戻ったほうがいいですね」

「ええ。なにがあったか聞かれるでしょうが、迷ったとでも言ってとにかく今日はやり過ごした方がいい。本当のことを言えば、あれはきっと、苦しまぎれの嘘をつきますから」

「はい、わかっています」

 立ち上がると片方の足の裏がひやりと冷たい。
 足袋が脱げたままだった。すこし間を置いて、男もそれに気づいたらしかった。

 自分の足袋を脱いでわたしの足もとへひざまずく。

「こんなものですが、無いよりましでしょう」

 言われるがまま足を入れる。
 まだあたたかくて、男はひざまずいたままで……さっきも感じたむずがゆい熱が、つま先から上がってくる。

「……おおきすぎるわ」

「かかとを詰めます。肩をつかんでいてください」

 裁縫箱を持ち出し、慣れた手つきでかかとが縫われていく。わたしは広い肩に手を置き、上からその姿を眺めていた。

 つむじや、やわらかそうな茶色の髪や、耳の裏……


 触れてみたい。
 触れれば、この先はどうなるの?


「──どうです、歩けますか?」

「はい」

「よかった」

「きっともう、お会いすることはないのですよね……?」

 男がはたとわたしを見上げる。
 また、困ったように眉を下げて笑った。

「ええ、そうです」


 ──諦めなければならない。


「……なにからなにまで、本当にお世話になりました。千景さん、どうぞお達者で」

「お嬢さんこそ、どうぞお元気で」

 階段を降り、教えてもらったとおりの道を進む。遠いと思った玄関はすぐだった。少しブカブカする足袋の上から下駄を履き、庭へ出て離れの屋根を見上げるが、窓はすでに閉められていてなにも見えない。


 それで終わるはずだった。
 わたしたちはそれでもう、永遠に会わないはずだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

処理中です...