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貴女が涙を飲んだワケ3
しおりを挟む「何がですか」
「なんか、元気ないっすよね?」
「なんもないですよ。おかわりは?」
「あ、いただきます」
差し出された手に空になった茶碗を渡すと、彼女はキッチンに入っていく。
その背中を見ながら、やっぱり何か違うと首を傾げる。
質問への返答が、余りにもスラスラと簡潔過ぎたから。
本当に何もないなら、なんでそんなこと聞くのかとか、眠いからとかお腹空いてるからとか、なんか答えに会話の幅がありそうなものだ。
戻ってきた慎さんからお粥を受け取りながら、もう一度尋ねる。
「……お腹空いてるんすか?」
「貴方じゃあるまいし」
ぷっと吹き出して、眉を寄せ乍ら笑う。
それをじっと見続けていたら、観念したのか溜息を一つ落として言った。
「夕方に、実家から電話がありまして」
「あ、俺が寝てる時?」
「そう。佑さんが、姉と娘に会いに昨日から戻ってて、余計な事をいいやがって」
「はあ」
話しが見えなくて、相槌を打ちながらお粥を口に運ぶ。
慎さんの口調からして、どうやら佑さんに腹を立てているらしいが、一体何があったというのか。
彼女が一瞬口籠ったのをそのまま見守っていると、少し頬を染めて言いにくそうに口を開いた。
「ぼ……僕に、彼氏が出来たと。姉と両親に言ったらしくて。それ聞いて速攻電話かけてきて、姉はどんな男だとガンガン聞いて来るし、母親は本当に彼氏か、まさか彼女だったりしないかとか」
「ぶっ! 彼女て。容赦ないすねお母さん」
「悪気はないんですけどね。底抜けに明るい家族で裏表がないというか、なんでもストレートにぐいぐい来る……ので……」
そこまで話して、慎さんが呆けたように俺の顔を見る。
「なんすか」
「いえ、なんでも……」
言いながら彼女は頬を引き攣らせて笑いながら目を逸らし、俺は意味がわからず首を傾げる。
「まあ、兎に角あれだこれだと話を聞きたがって面倒くさくて。もうずっと帰ってないせいもあって、僕だけでも正月に一度帰って来いってことになったんです。だから遊園地はほんとに、ちゃんと陽介さんの体調が整ってからで」
「え、それって彼氏も連れて来いって話になったんじゃないんすか」
さらっとそこを流そうとするからつい突っ込んじゃったけど。
間違いなく、今の流れだとそうなるよな。
慎さんは、図星を指されたと言わんばかりに気まずそうな顔だった。
「俺、行きますよ」
「は?」
「慎さんが嫌なら隠れてついて」
「そっちのが気持ち悪いです。僕より、貴方の方が嫌でしょう。いきなりこんな」
「全然。佑さんもいるんすよね? 慎さんの家族、会ってみたいし」
それに。
慎さんの元気がない理由がわかってしまった。
絶対、一人で行かせらんないだろう。
慎さんも、ほんとは絶対付いて来て欲しかったんだと思う。
だって、ちょっと沈んでいた顔が、今ほんのちょっとだけ明るくなった。
多分、体調が思わしくないのに、とか、付き合って間もないのにいきなり重い、とか色々考えてたんだろうけど。
体調なんかもう全然問題ないし、別に重くない。
「二月、結婚式にも慎さん送って行くじゃないですか。だったら事前に挨拶しといた方が、角も立たなくていいんじゃないすか?」
家族ぐるみの付き合いだって言ってたから、慎さん一人じゃなく、全員出席じゃなくても家族の誰かが一緒なんだろう。
だったら、とんぼ返りの言い訳を俺にしといてくれれば、多少は丸く収まるだろうし。
俺の顔知っといてもらえたら、家族もちょっとは安心するんじゃないんだろうか。
「それは、その通りなんですけど」
「いつ行くんですか?」
「元旦に。長居せずに夜には帰るつもりですけど」
「了解っす。準備しときます」
そう言って残っていたお粥を掻き込む。
慎さんはちょっと、複雑な顔をしていたけれど、最後には笑ってくれた。
「家族にも、そう話しておきます」
ちょっとはにかむような、笑顔だった。
で、それからやっぱりどっちがベッドで寝るかで揉めた。
「病人の貴方がソファで寝てどうするんですか?!」
と、慎さんは言うけれど、もう全然しんどくもないし熱もないのに、俺としては彼女をソファに寝かせる方があり得ない。
押し問答の末、彼女は急に眉尻を下げ、申し訳なさそうに溜め息をつく。
「……すみません」
「え、何がっすか」
「こんなとき、普通の恋人同士なら……同じベッドで眠ればいいだけですよね、きっと」
なのにそれが、僕には出来ない。
と、余りにも申し訳なさそうに悄気た様子で口にするから、俺は慌てた。
「んなことないっすよ、そんなんみんな其々だし、俺はこうやって傍に居てくれるだけで充分です!」
「ほんとに?」
「勿論です、看病してくれて嬉しかったし」
「じゃあ、大人しくベッドに入って。病み上がりの人間からベッドを奪ってしまったなんて、僕に思わせないでください」
「…………はい」
そう言われると、返す言葉が見つからず。
結局、俺はベッドに戻ることになってしまった。
なんだかまた言いくるめられた気がする……と、そのことに気を取られていて。
俺はその時とても大事なことを見落としていたことに気が付かなかった。
一瞬彼女が見せた、俺に対する引け目のような言葉と表情は。
それは、俺をベッドに寝かせるための見せ掛けなんかではなかったのに。
温くなった水枕を引き取って、俺に布団を被せ直してぽんぽんと叩く。
その手を掴まえた。
「慎さんも、ちゃんと寝てくださいね」
「はい、わかってます」
「こんな時用に、布団一式買っときます」
そしたら、揉めることなくいつでも泊まってもらえるし。
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この時見過ごした彼女の引け目は、やがて質量を増していく。
それは、俺が傍に居たがるほど膨張し、彼女を苦しめていくことになるのだと、全くわかっていなかった。
気付いたときには、もう俺にはどうすることもできなくて。
いや、気付いてたって。
同じことしかできないかもしれない。
俺は自分の中に溢れる愛情を、まっすぐ彼女にぶつけるしか、きっとできなかった。
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