優しさを君の傍に置く

砂原雑音

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溢れる気持ちの受け止め方を1

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【僕と勝負してください:神崎慎side】





「……知ってたんですか」


慌てた様子で翔子さんの口止めをする陽介さんに、ピンと来た。
彼女の出身校を思い出して、今知った?

違う、そうじゃない。


「知ってたんですか」


もう一度聞くと、陽介さんは明らかに『しまった』という顔をした。
その表情に、血の気が降りる。

陽介さんが、嘘を吐いてた?
いつから知ってた?

デートの時は?
キスされた時は?

好きだと言ってくれた時は?
もしかして最初から?


男の僕に「好きだ」というフリをして、男の僕にキスをするフリをして
本当は、全部知ってた。


……知ってたから、だから出来たのか


即座に脳内でリピートされたのは陽介さんの告白の言葉だった。


”男も女も関係なく、慎さんが好きです”


男が好きなわけじゃないだろうに、なんで僕がいいんだろうこの人は、と何度も不思議に思った。
でも、何のことはない。
本当は知ってたんだ。

そう思ったら途端に、色褪せて薄っぺらいものであったように、感じられて。
衝撃を受けることで、気付いた。


僕はその言葉を随分、大切に思っていたらしい。


随分長い間、茫然としていた気がするけど、もしかしたらほんの数秒だったのかもしれない。
カララララ……と、硬質な何かが落ちた音で我に返る。
気付くと指の力が抜けていて、手の中にあったシェーカーが消えていた。


「失礼しました」とシェーカーを拾い上げて、彼から視線が外れたのをいいことにそのまま背を向ける。


「ま、慎さんっ、あの」


焦って何か言い訳をしようとする、その声に、なんでだろう。
振り向くことが出来なかった。
なぜか、酷く、怖くて。
言い訳を聞くのが、怖くて顔を見ることも出来ない。


佑さんが店内の空気を読んで、三人を帰らせたのは声と扉の音だけで聞いていて、その間一度も僕は、彼を振り返らなかった。


陽介さんが、言い訳もしないで帰った。
背中を向けて拒絶したのは僕のくせに、裏切られたような気持ちになる。
僕だって男のフリをしていたのだから、陽介さんを責められる立場にはないのに。

でも、あの言葉と一緒に、なんか全部が嘘だったみたいに色がなくなっていく。
拒否しても冷たくしても、しつこいくらいにくじけずに向けられてきた笑顔も、キスも、デートも。

無条件で与えられてきた、最大級の優しさも。


「……慎、お前今日はもう部屋に入れ」
「何言ってんの、大丈夫……」

「その顔で接客は無理だ」


たかが恋愛の縺れくらいで、仕事を放り出すには行かないだろう。
そう思うのに、指摘されて頬に触れると、指先に濡れた感触が伝わる。
気付いたら、僕は泣いてた。

他の客にばれないように、背中を向けたまま扉の奥に押し込まれる。


「お前、勘違いすんなよ。最初は知らなかった、それは本当だ」


扉が閉められる寸前、低い声でそう言われて振り向いた。


「陽介がなんで黙ってたのか。全部お前の為だろ。たった一つで、全部を零にすんな。それにお前、今なんで泣いてんだ?」
「え……」

「バレたことが、ショックだったんじゃないだろ。陽介が黙ってたことが、ショックだったんだろ。自分の気持ちを見失うなよ」


言うだけ言って、あとは突き放すようにバタンと扉を閉められた。
その、通りだった。

バレたことそのものは頭からすっぽり抜けて、ただただ『陽介さん』のことで頭がいっぱいで。

どうして、黙ってたのか。
その理由が、自分の都合の良いのものじゃなかったらと思うと、怖かった。
陽介さんの気持ちが、自分の信じたものと違ったらと思うと、怖かったんだ。






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