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僕と、勝負してください。6
しおりを挟むえっ。
と、彼女の表情に釘付けになる。
決して、簡単に許してもらえたとは思わないけれど、目の前の彼女はそれこそ湯気でも上りそうなくらいに赤くなった頬を恥ずかしそうに片手で隠して顔を逸らした。
そしてきゅっと唇を噛んで、何かを考えて。
言葉を探しているようだった。
「……僕は、」
「はい」
「男でも関係ないってくらい、僕を好きだと思ってくれてるんだと、思って……その事が案外、自分でも驚くくらい嬉しかったみたいで」
「それは、嘘じゃありません」
「でもほんとは知ってた。だからちょっと、ショックでした」
ぐっ、と言葉に詰まった。
慎さんは俺の表情を見て、少し拗ねたように口を尖らせてから軽く睨んだ。
そしてふっと、諦めたように眉尻を下げ口許を緩める。
今日は慎さんにどんな冷たい顔をされても仕方ないと覚悟してた。
なのに案外、彼女の表情は柔らかくて、だけどそれが、逆に少し怖い。
このまま、簡単にはいかない気がしていた。
「だから僕には少し、わがままを言う権利があると思うんです」
「なんですか。言ってください、なんでも」
それで、慎さんの気持ちが晴れるなら。
少しでも信頼を取り戻せるなら、なんでもすると本気で思った。
慎さんが、大きく深呼吸をする。
赤くなっていた顔が、バーテンダーとしてのいつもの営業スマイルに代わっていた。
「では、賭けをしませんか。僕と、勝負してください」
「……勝負、すか」
正直、慎さんの意図がさっぱり読めなくて俺はただ、困惑するばっかりだった。
だけど、わがままを聞いてくれと言われたなら、受けないわけにはいかない。
「はい。勝負内容は、飲み比べ。グラスを空けられなくなった方が負け。簡単でしょう?」
「それは……いいっすけど、何を賭けるんですか」
ってか、俺はかなり飲む方だけど、慎さんもそれはよく知ってるはずなのに良いんだろうか。
随分と自分に分がある勝負内容に、もっと何か罰ゲーム的なものを言われるかと思った俺は、拍子抜けしていた。
だが、次の瞬間。
受けたことを、後悔した。
「貴方が勝てば、僕はあなたと付き合う。でも僕が勝ったら、二度とこの店に貴方は来ない」
わからない。
慎さんが、何を考えてるのかさっぱり、わからない。
「そんな賭け嫌ですよ! 大事なことを、そんな決め方で」
「じゃあ、僕の不戦勝です。いいですか?」
「そっ……」
だって。
なんで、そんな。
躊躇う。
戸惑う。
今度こそ誠実でいたいとおもうのに、だけどここで引いたら二度と慎さんに会いに来れなくなる。
「……わかり、ました」
覚悟を決めて絞り出した。
聞き届けた慎さんは、最初から決めていたんだろう。
佑さんに向かって、ある指示をした。
「佑さん、今夜陽介さんが飲んだのを同じだけ作って」
「あいよ」
え、まさか。
それ飲んでから、始めるつもりだろうか。
今まで影で黙っていた佑さんが、グラスに酒を作り始める。
その間に慎さんがカウンターを出て、俺のすぐ傍に座った。
「僕も同じだけ飲んでからのスタートです。公平でしょう?」
「 いや、俺なんか随分前からちびちびやってたくらいっすよ? 」
佑さんが手際よく作ったモヒートを、順に三つ慎さんの前に並べた。
慎さんは、
「炭酸ばっかりで、水っ腹になりそうですね」
と僅かに眉を潜めながらも、それらを一息に飲み干していく。
「ちょっ、本気ですか。急に三杯も飲んだら慎さんのが不利に決まってるじゃないっすか!」
もしかして、わざと負けようとしてるのか?
でもだったらなんで、わざわざ賭けなんて。
そんな、俺の考えは、随分甘いものだった。
慎さんが、グラス三つを全て空けて口許を手の甲で拭う。
「では、ハンデということで」
首を傾げて俺に向け、口角を上げる。
それは怖いくらいに妖艶で、ぞくりと背筋が寒くなるほど美しい微笑みだった。
「ご心配なく。多分、僕の方が強い」
「え?」
とても、はったりには見えない微笑みにヒヤリとする。
佑さんが、頬をひきつらせながら言った。
「……陽介。気合い入れていけよ。俺は、慎が潰れたとこを見たことない」
……マジで?
あの、薄められたモヒートの意味を今悟った。
それだけでなく、氷が溶けただろとか言われて中途半端にしか飲まないまま新しいのをいれてくれたりした、それを含めての三杯だ。
多分、今日は最初から飲み比べをすることは慎さんの中で決まっていて。
あれは、それを知る佑さんの、最低限の手心だったのだ。
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