優しさを君の傍に置く

砂原雑音

文字の大きさ
上 下
71 / 134

僕と、勝負してください。6

しおりを挟む


えっ。
と、彼女の表情に釘付けになる。

決して、簡単に許してもらえたとは思わないけれど、目の前の彼女はそれこそ湯気でも上りそうなくらいに赤くなった頬を恥ずかしそうに片手で隠して顔を逸らした。

そしてきゅっと唇を噛んで、何かを考えて。
言葉を探しているようだった。


「……僕は、」
「はい」

「男でも関係ないってくらい、僕を好きだと思ってくれてるんだと、思って……その事が案外、自分でも驚くくらい嬉しかったみたいで」

「それは、嘘じゃありません」
「でもほんとは知ってた。だからちょっと、ショックでした」


ぐっ、と言葉に詰まった。
慎さんは俺の表情を見て、少し拗ねたように口を尖らせてから軽く睨んだ。
そしてふっと、諦めたように眉尻を下げ口許を緩める。

今日は慎さんにどんな冷たい顔をされても仕方ないと覚悟してた。
なのに案外、彼女の表情は柔らかくて、だけどそれが、逆に少し怖い。

このまま、簡単にはいかない気がしていた。


「だから僕には少し、わがままを言う権利があると思うんです」
「なんですか。言ってください、なんでも」


それで、慎さんの気持ちが晴れるなら。
少しでも信頼を取り戻せるなら、なんでもすると本気で思った。

慎さんが、大きく深呼吸をする。
赤くなっていた顔が、バーテンダーとしてのいつもの営業スマイルに代わっていた。


「では、賭けをしませんか。僕と、勝負してください」

「……勝負、すか」


正直、慎さんの意図がさっぱり読めなくて俺はただ、困惑するばっかりだった。
だけど、わがままを聞いてくれと言われたなら、受けないわけにはいかない。


「はい。勝負内容は、飲み比べ。グラスを空けられなくなった方が負け。簡単でしょう?」
「それは……いいっすけど、何を賭けるんですか」


ってか、俺はかなり飲む方だけど、慎さんもそれはよく知ってるはずなのに良いんだろうか。
随分と自分に分がある勝負内容に、もっと何か罰ゲーム的なものを言われるかと思った俺は、拍子抜けしていた。
だが、次の瞬間。
受けたことを、後悔した。


「貴方が勝てば、僕はあなたと付き合う。でも僕が勝ったら、二度とこの店に貴方は来ない」


わからない。
慎さんが、何を考えてるのかさっぱり、わからない。


「そんな賭け嫌ですよ! 大事なことを、そんな決め方で」

「じゃあ、僕の不戦勝です。いいですか?」

「そっ……」


だって。
なんで、そんな。

躊躇う。
戸惑う。
今度こそ誠実でいたいとおもうのに、だけどここで引いたら二度と慎さんに会いに来れなくなる。


「……わかり、ました」


覚悟を決めて絞り出した。
聞き届けた慎さんは、最初から決めていたんだろう。
佑さんに向かって、ある指示をした。


「佑さん、今夜陽介さんが飲んだのを同じだけ作って」
「あいよ」


え、まさか。
それ飲んでから、始めるつもりだろうか。

今まで影で黙っていた佑さんが、グラスに酒を作り始める。
その間に慎さんがカウンターを出て、俺のすぐ傍に座った。


「僕も同じだけ飲んでからのスタートです。公平でしょう?」
「 いや、俺なんか随分前からちびちびやってたくらいっすよ? 」


佑さんが手際よく作ったモヒートを、順に三つ慎さんの前に並べた。
慎さんは、


「炭酸ばっかりで、水っ腹になりそうですね」


と僅かに眉を潜めながらも、それらを一息に飲み干していく。


「ちょっ、本気ですか。急に三杯も飲んだら慎さんのが不利に決まってるじゃないっすか!」


もしかして、わざと負けようとしてるのか?
でもだったらなんで、わざわざ賭けなんて。

そんな、俺の考えは、随分甘いものだった。
慎さんが、グラス三つを全て空けて口許を手の甲で拭う。


「では、ハンデということで」


首を傾げて俺に向け、口角を上げる。
それは怖いくらいに妖艶で、ぞくりと背筋が寒くなるほど美しい微笑みだった。


「ご心配なく。多分、僕の方が強い」

「え?」


とても、はったりには見えない微笑みにヒヤリとする。
佑さんが、頬をひきつらせながら言った。


「……陽介。気合い入れていけよ。俺は、慎が潰れたとこを見たことない」


……マジで?

あの、薄められたモヒートの意味を今悟った。
それだけでなく、氷が溶けただろとか言われて中途半端にしか飲まないまま新しいのをいれてくれたりした、それを含めての三杯だ。

多分、今日は最初から飲み比べをすることは慎さんの中で決まっていて。
あれは、それを知る佑さんの、最低限の手心だったのだ。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R18】優しい嘘と甘い枷~もう一度あなたと~

イチニ
恋愛
高校三年生の冬。『お嬢様』だった波奈の日常は、両親の死により一変する。 幼なじみで婚約者の彩人と別れなければならなくなった波奈は、どうしても別れる前に、一度だけ想い出が欲しくて、嘘を吐き、彼を騙して一夜をともにする。 六年後、波奈は彩人と再会するのだが……。 ※別サイトに投稿していたものに性描写を入れ、ストーリーを少し改変したものになります。性描写のある話には◆マークをつけてます。

私を犯してください♡ 爽やかイケメンに狂う人妻

花野りら
恋愛
人妻がじわじわと乱れていくのは必読です♡

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。 ——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない) ※完結直後のものです。

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

【R18・完結】蜜溺愛婚 ~冷徹御曹司は努力家妻を溺愛せずにはいられない〜

花室 芽苳
恋愛
契約結婚しませんか?貴方は確かにそう言ったのに。気付けば貴方の冷たい瞳に炎が宿ってー?ねえ、これは大人の恋なんですか? どこにいても誰といても冷静沈着。 二階堂 柚瑠木《にかいどう ゆるぎ》は二階堂財閥の御曹司 そんな彼が契約結婚の相手として選んだのは 十条コーポレーションのお嬢様 十条 月菜《じゅうじょう つきな》 真面目で努力家の月菜は、そんな柚瑠木の申し出を受ける。 「契約結婚でも、私は柚瑠木さんの妻として頑張ります!」 「余計な事はしなくていい、貴女はお飾りの妻に過ぎないんですから」 しかし、挫けず頑張る月菜の姿に柚瑠木は徐々に心を動かされて――――? 冷徹御曹司 二階堂 柚瑠木 185㎝ 33歳 努力家妻  十条 月菜   150㎝ 24歳

【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎ ——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。 ※連載当時のものです。

処理中です...