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なんでもかんでも明け透けに喋ればいいと思うなよ! 4
しおりを挟む「行きましょうか」
差し伸べられた手に、おずおずと自分の手を乗せてしまってから、躊躇ってはいても違和感のない自分にはっと我に返った。
端から見たら男同士なのだということを、失念してしまっていた。
長年思考回路まで男になっていた僕が、すっかり女子に戻ってしまっている。
「手、繋いで恥ずかしくないんですか」
「え? 今までもたまに繋いでたじゃないすか」
「それは、貴方の勢いに負けただけで」
ってか、まさか今日一日ずっと繋ぐつもりなのだろうか。
「あんま他人の目とか気にしない質なんで」
「……そうでしょうとも」
「そんな誰も人のことなんて見てないすよ。それより、ご飯まだですよね?」
「はあ、まだです」
大きな手が、然程強くなく僕の手を包んで引いた。
今日一日、この手に任せてみようと決めてしまうと、少しあった不安は消えて高揚感だけが残った。
―――――
―――
てっきり、あちらこちらとハイペースで連れまわされるのかと思ったけど、それが案外そうでもなくて至極穏やかに時間は流れる。
慎さんといえばパンでしょう、とどや顔で連れて行かれたスープ専門店でブランチをすませた後は、また手を繋いで駅のある賑やかな方角へと歩いていた。
大筋から一本外れた道を通ってくれているのは、人の少ない道を探してくれているんだろう。
「パン、美味かったですか」
「はい。良くあんなお店ご存じでしたね」
焼き立てパンが豊富でいくらでも食べていい、というのは確かに魅力的だ。
しかもセットメニューで選べるメインが全てスープという、僕としては大変ありがたい店だったが、陽介さんにはちと物足りなかったのじゃないだろうか。
「ネットでめっちゃ調べました、昨日の夜。必死ですよ今日の為に」
あはは、と高い所から笑い声がする。
飾ることのない彼の一面に、此方も気負わなくて楽でいられた。
そういえば僕はいちいちかっこつけなところがあると、気付かされることが多い。
「じゃあ、他には? どんなところを調べてくださったんですか」
首を傾げて、陽介さんを見上げた。
自然と笑みが零れて、ぱちりと目が合った陽介さんが少し頬を染めた。
それを見て僕も少し、恥ずかしくなった。
……これではまるで中学生のようだ。
「あ、えーと。慎さんの好きなものを、探そうかと」
「好きなものですか」
「そうです、例えば……」
そこからは本当に、ゆったりとしたものだった。
映画館の前を通れば、映画が好きかどんなジャンルが好きかを聞かれ、アパレルメーカーが並ぶ場所では好きなブランドを。
洋菓子の本店が並ぶ通りではワゴン車の可愛いクレープ屋を見つけ、クレープはあったかいのが好きかアイス入りのが好きかを聞かれた。
それよりも、僕は陽介さんのお祝いに何か、と思ったのだが。
そう告げると、彼はそのクレープ屋を指差す。
「じゃあ、そこのクレープ奢ってください」
「そんなものでいいんですか」
「いや、俺もパンしか買ってませんからね」
確かに、そうなんだけど。
なんか他にも、色々奢ってもらってるから、僕としては一度きちんとフラットにしておきたいのに。
本当に他愛ない話ばかりを、散歩くらいのペースでゆっくりと歩く。
様々なメーカーの本店がゆったりと土地を使って構えているその通りは、中心街ほど人が多くない。
「ここら辺って、昭和の時代の服飾とか洋菓子のメーカーが本店とか本社を構えてて、土地の遣い方が贅沢なんですよね。小さい店がひしめきあってるとこって狭い場所に人も密集するけど、ここら辺なら慎さんも大丈夫かと思って」
雰囲気の違う理由を、彼が教えてくれた。
多分、それもわざわざ調べてくれたんだろうか。
「少しくらい大丈夫ですよ。苦手ってだけで」
「でも、苦手よりは気持ちいいとこ歩きたいじゃないですか。あ、遊園地は好きですか」
「まあ……昔行ったきりですけど、嫌いではないです」
「じゃあ、今度寂れた遊園地探しときます」
「寂れたって……酷いですね」
僕が苦手だと言ったものを避けてくれようとするのはいいが、その徹底ぶりに可笑しくて肩を揺らす。
「遊園地で人気のないのもあんまり寂しいでしょう。陽介さんの行きたいとこでいいですよ」
「え」
「でも、あれは苦手です。くるくるするやつ……ティーカップ? コーヒーカップ?」
酔ったんですよね、と言いながら、空いた方の手の指をくるくる回す。
隣を見上げると、驚いた顔で僕を見下ろしていて、意味がわからず首を傾げ「何か」と尋ねた。
「いえ、別に。じゃあ、次の約束は遊園地で」
ぶわっ、と幸せそうに笑顔になる。
そうか、次の約束をしたことになるのかと気が付いて、照れくさくなって進行方向へ目を逸らした。
降りた駅から、随分離れたと思う。
もしかしたら、一区間以上歩いたんじゃないだろうか。
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