優しさを君の傍に置く

砂原雑音

文字の大きさ
上 下
58 / 134

大人の男は安全牌を装うのが上手いらしい4

しおりを挟む
唇同士が触れ合う寸前、そんなセリフを言ったのは、極度の緊張と罪悪感からだった。
それと、不安。

この人は、どんな気持ちで男の僕とキスをしたいと思ったのだろう。
僕がこのキスを受け入れた後、本当の性別を知ったら?
騙されたと思うだろうか。
なんで黙ってたと、怒るだろうか。

それとも、女で良かったと思ってくれるだろうか。

「嫌ですか」と、間近に迫った唇から声と同時に吐息が触れた。
それが余計に、緊張を強いる。


「……そっちこそ」


問いたいのは、僕の方だ。
陽介さんにとって、男の僕の方がいいのか女の方がいいのか。

答えはとても模範的で、一番聞きたい言葉でもあった。


「俺は……慎さんだから、キスしたいだけです」


”僕だから”

嬉しい、という感情を確かめる余裕も隙もなく、唇が重なった。
最初こそ、様子を窺うように触れた。
だけどそんなのは、ほんとに僅かで気が付けば濃厚な、深いキスに変わってた。
舌がほんの僅かな隙間を、入りたそうに何度もなぞる。身体ががちがちに緊張して、息の殆どを僕は止めてしまっていたらしい。苦しさに慌てて息を吸い込めば、陽介さんの熱の籠った吐息も一緒くたに吸い込んだ。
それが酷く、恥ずかしい。

唇が熱い。
口の中まで侵入を許してしまえば、頭がぼやけて、もう、訳が分からない。


「……ん、も……やめっ……」

「もう少し……すんません」


謝っている割には、彼は随分と自由に僕の口の中を蹂躙していた。

息が苦しい。
熱い。

”相手が陽介なら?”

蕩けた頭の中で、佑さんの声がした。
盛って何をされるかわからない。
確かにその通りだし、今まさに盛られてるし。


「……くるしっ……」

「もう、ちょい」


怖くないと言えば嘘になる。
首を掴む手の大きさを、肌で実感する。
強くはなく優しく支えられてるのに、逃げる隙はなくて怖い。
宥める様に僕の首筋を撫でる指の感覚にもぞくぞくさせられて、怖い。

だけど嫌じゃなかった。

「怖い」と「嫌」は別物の感情らしいと知った。
だけど、僕の器はデカくない。
寧ろ狭量だ。
キャパシティは限界で、本当に限界ギリギリで。


苦しくて身体が熱くて、それでも嫌じゃない自分を持て余してどうしたらいいかわからなくて、咄嗟に噛みついてしまったことは、許して欲しい。


「いっ!!」


「はあっ」と、大きく息を吸いこむ。首に手を当てると、濡れた後が指に触れた。心臓が、壊れるんじゃないかと思うくらい早鐘を打っていた。
中々整ってくれない息が、キスの長さを物語る。濡れた感触が唾液のものだと知って、恥ずかしさに頭がおかしくなりそうだった。噛みつかれて前屈みになり、痛みを堪え地団駄を踏む陽介さんに、ちょっと罪悪感はあったが……。

手加減しろよ!
頑張ったんだよ、これでも。
これ以上、頑張らせるな!


「くっ、苦しいって、言ってるだろう、いいかげんにしろ!」
「す、すんませ……気持ちよくてつい」

「き、きもちよいって……」


恥ずかしげもなく、なんつーことを!

また体温が上昇し始めるのを感じて、自分がどこまで羞恥心に耐えられるかの試練を受けているような気になった。
敢えて色気のない方へ話を逸らそうと、息継ぎの不足を訴えたが今度は練習にもう一回とか言い始めた。

馬鹿な!
誰がするか!

「疲れたからもういい」というのは心からの本音だ。
まるで、ジェットコースターのような夜だった。


僕は決してジェットコースターが嫌いなわけではないが、ひっきりなしに次から次へと絶叫系に乗せられた気分。
嫉妬させられて、不安になって
佑さんが女を扱う時の手法を垣間見て二度と近づくまいと誓って

陽介さんに、安心した。
頭を撫でる大きな手のひらも、熱の孕んだ目もしつこいくらいに絡みたがる唇も、怖いけど嫌じゃない。


秘密がばれるのは時間の問題じゃなかろうか、とふと思った。
このまま一緒にいればきっと、僕の方から露見させてしまう気がする。

それでも、いいかもしれない、と少し諦めの境地に立たされた心持で、だけど不快でもない。


本当の性別も、ひた隠しにしてきた、僕の
佑さんも知らない事実
当てつけることしかできなかった、醜くて弱い自分を
あなたになら、言ってもいい。


ぴし、と殻の割れる音を聞く。
この殻を全部壊せたら、僕はやっと歩き出せるのかもしれない。



もうずっと会っていない幼馴染から結婚式の招待状が届いたのは、それから三日後のことだった。
あの廃ビルの、埃臭い匂いを嗅いだような気がした。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R18】優しい嘘と甘い枷~もう一度あなたと~

イチニ
恋愛
高校三年生の冬。『お嬢様』だった波奈の日常は、両親の死により一変する。 幼なじみで婚約者の彩人と別れなければならなくなった波奈は、どうしても別れる前に、一度だけ想い出が欲しくて、嘘を吐き、彼を騙して一夜をともにする。 六年後、波奈は彩人と再会するのだが……。 ※別サイトに投稿していたものに性描写を入れ、ストーリーを少し改変したものになります。性描写のある話には◆マークをつけてます。

私を犯してください♡ 爽やかイケメンに狂う人妻

花野りら
恋愛
人妻がじわじわと乱れていくのは必読です♡

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。 ——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない) ※完結直後のものです。

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

【R18・完結】蜜溺愛婚 ~冷徹御曹司は努力家妻を溺愛せずにはいられない〜

花室 芽苳
恋愛
契約結婚しませんか?貴方は確かにそう言ったのに。気付けば貴方の冷たい瞳に炎が宿ってー?ねえ、これは大人の恋なんですか? どこにいても誰といても冷静沈着。 二階堂 柚瑠木《にかいどう ゆるぎ》は二階堂財閥の御曹司 そんな彼が契約結婚の相手として選んだのは 十条コーポレーションのお嬢様 十条 月菜《じゅうじょう つきな》 真面目で努力家の月菜は、そんな柚瑠木の申し出を受ける。 「契約結婚でも、私は柚瑠木さんの妻として頑張ります!」 「余計な事はしなくていい、貴女はお飾りの妻に過ぎないんですから」 しかし、挫けず頑張る月菜の姿に柚瑠木は徐々に心を動かされて――――? 冷徹御曹司 二階堂 柚瑠木 185㎝ 33歳 努力家妻  十条 月菜   150㎝ 24歳

【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎ ——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。 ※連載当時のものです。

処理中です...