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大人の男は安全牌を装うのが上手いらしい4
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唇同士が触れ合う寸前、そんなセリフを言ったのは、極度の緊張と罪悪感からだった。
それと、不安。
この人は、どんな気持ちで男の僕とキスをしたいと思ったのだろう。
僕がこのキスを受け入れた後、本当の性別を知ったら?
騙されたと思うだろうか。
なんで黙ってたと、怒るだろうか。
それとも、女で良かったと思ってくれるだろうか。
「嫌ですか」と、間近に迫った唇から声と同時に吐息が触れた。
それが余計に、緊張を強いる。
「……そっちこそ」
問いたいのは、僕の方だ。
陽介さんにとって、男の僕の方がいいのか女の方がいいのか。
答えはとても模範的で、一番聞きたい言葉でもあった。
「俺は……慎さんだから、キスしたいだけです」
”僕だから”
嬉しい、という感情を確かめる余裕も隙もなく、唇が重なった。
最初こそ、様子を窺うように触れた。
だけどそんなのは、ほんとに僅かで気が付けば濃厚な、深いキスに変わってた。
舌がほんの僅かな隙間を、入りたそうに何度もなぞる。身体ががちがちに緊張して、息の殆どを僕は止めてしまっていたらしい。苦しさに慌てて息を吸い込めば、陽介さんの熱の籠った吐息も一緒くたに吸い込んだ。
それが酷く、恥ずかしい。
唇が熱い。
口の中まで侵入を許してしまえば、頭がぼやけて、もう、訳が分からない。
「……ん、も……やめっ……」
「もう少し……すんません」
謝っている割には、彼は随分と自由に僕の口の中を蹂躙していた。
息が苦しい。
熱い。
”相手が陽介なら?”
蕩けた頭の中で、佑さんの声がした。
盛って何をされるかわからない。
確かにその通りだし、今まさに盛られてるし。
「……くるしっ……」
「もう、ちょい」
怖くないと言えば嘘になる。
首を掴む手の大きさを、肌で実感する。
強くはなく優しく支えられてるのに、逃げる隙はなくて怖い。
宥める様に僕の首筋を撫でる指の感覚にもぞくぞくさせられて、怖い。
だけど嫌じゃなかった。
「怖い」と「嫌」は別物の感情らしいと知った。
だけど、僕の器はデカくない。
寧ろ狭量だ。
キャパシティは限界で、本当に限界ギリギリで。
苦しくて身体が熱くて、それでも嫌じゃない自分を持て余してどうしたらいいかわからなくて、咄嗟に噛みついてしまったことは、許して欲しい。
「いっ!!」
「はあっ」と、大きく息を吸いこむ。首に手を当てると、濡れた後が指に触れた。心臓が、壊れるんじゃないかと思うくらい早鐘を打っていた。
中々整ってくれない息が、キスの長さを物語る。濡れた感触が唾液のものだと知って、恥ずかしさに頭がおかしくなりそうだった。噛みつかれて前屈みになり、痛みを堪え地団駄を踏む陽介さんに、ちょっと罪悪感はあったが……。
手加減しろよ!
頑張ったんだよ、これでも。
これ以上、頑張らせるな!
「くっ、苦しいって、言ってるだろう、いいかげんにしろ!」
「す、すんませ……気持ちよくてつい」
「き、きもちよいって……」
恥ずかしげもなく、なんつーことを!
また体温が上昇し始めるのを感じて、自分がどこまで羞恥心に耐えられるかの試練を受けているような気になった。
敢えて色気のない方へ話を逸らそうと、息継ぎの不足を訴えたが今度は練習にもう一回とか言い始めた。
馬鹿な!
誰がするか!
「疲れたからもういい」というのは心からの本音だ。
まるで、ジェットコースターのような夜だった。
僕は決してジェットコースターが嫌いなわけではないが、ひっきりなしに次から次へと絶叫系に乗せられた気分。
嫉妬させられて、不安になって
佑さんが女を扱う時の手法を垣間見て二度と近づくまいと誓って
陽介さんに、安心した。
頭を撫でる大きな手のひらも、熱の孕んだ目もしつこいくらいに絡みたがる唇も、怖いけど嫌じゃない。
秘密がばれるのは時間の問題じゃなかろうか、とふと思った。
このまま一緒にいればきっと、僕の方から露見させてしまう気がする。
それでも、いいかもしれない、と少し諦めの境地に立たされた心持で、だけど不快でもない。
本当の性別も、ひた隠しにしてきた、僕の
佑さんも知らない事実
当てつけることしかできなかった、醜くて弱い自分を
あなたになら、言ってもいい。
ぴし、と殻の割れる音を聞く。
この殻を全部壊せたら、僕はやっと歩き出せるのかもしれない。
もうずっと会っていない幼馴染から結婚式の招待状が届いたのは、それから三日後のことだった。
あの廃ビルの、埃臭い匂いを嗅いだような気がした。
それと、不安。
この人は、どんな気持ちで男の僕とキスをしたいと思ったのだろう。
僕がこのキスを受け入れた後、本当の性別を知ったら?
騙されたと思うだろうか。
なんで黙ってたと、怒るだろうか。
それとも、女で良かったと思ってくれるだろうか。
「嫌ですか」と、間近に迫った唇から声と同時に吐息が触れた。
それが余計に、緊張を強いる。
「……そっちこそ」
問いたいのは、僕の方だ。
陽介さんにとって、男の僕の方がいいのか女の方がいいのか。
答えはとても模範的で、一番聞きたい言葉でもあった。
「俺は……慎さんだから、キスしたいだけです」
”僕だから”
嬉しい、という感情を確かめる余裕も隙もなく、唇が重なった。
最初こそ、様子を窺うように触れた。
だけどそんなのは、ほんとに僅かで気が付けば濃厚な、深いキスに変わってた。
舌がほんの僅かな隙間を、入りたそうに何度もなぞる。身体ががちがちに緊張して、息の殆どを僕は止めてしまっていたらしい。苦しさに慌てて息を吸い込めば、陽介さんの熱の籠った吐息も一緒くたに吸い込んだ。
それが酷く、恥ずかしい。
唇が熱い。
口の中まで侵入を許してしまえば、頭がぼやけて、もう、訳が分からない。
「……ん、も……やめっ……」
「もう少し……すんません」
謝っている割には、彼は随分と自由に僕の口の中を蹂躙していた。
息が苦しい。
熱い。
”相手が陽介なら?”
蕩けた頭の中で、佑さんの声がした。
盛って何をされるかわからない。
確かにその通りだし、今まさに盛られてるし。
「……くるしっ……」
「もう、ちょい」
怖くないと言えば嘘になる。
首を掴む手の大きさを、肌で実感する。
強くはなく優しく支えられてるのに、逃げる隙はなくて怖い。
宥める様に僕の首筋を撫でる指の感覚にもぞくぞくさせられて、怖い。
だけど嫌じゃなかった。
「怖い」と「嫌」は別物の感情らしいと知った。
だけど、僕の器はデカくない。
寧ろ狭量だ。
キャパシティは限界で、本当に限界ギリギリで。
苦しくて身体が熱くて、それでも嫌じゃない自分を持て余してどうしたらいいかわからなくて、咄嗟に噛みついてしまったことは、許して欲しい。
「いっ!!」
「はあっ」と、大きく息を吸いこむ。首に手を当てると、濡れた後が指に触れた。心臓が、壊れるんじゃないかと思うくらい早鐘を打っていた。
中々整ってくれない息が、キスの長さを物語る。濡れた感触が唾液のものだと知って、恥ずかしさに頭がおかしくなりそうだった。噛みつかれて前屈みになり、痛みを堪え地団駄を踏む陽介さんに、ちょっと罪悪感はあったが……。
手加減しろよ!
頑張ったんだよ、これでも。
これ以上、頑張らせるな!
「くっ、苦しいって、言ってるだろう、いいかげんにしろ!」
「す、すんませ……気持ちよくてつい」
「き、きもちよいって……」
恥ずかしげもなく、なんつーことを!
また体温が上昇し始めるのを感じて、自分がどこまで羞恥心に耐えられるかの試練を受けているような気になった。
敢えて色気のない方へ話を逸らそうと、息継ぎの不足を訴えたが今度は練習にもう一回とか言い始めた。
馬鹿な!
誰がするか!
「疲れたからもういい」というのは心からの本音だ。
まるで、ジェットコースターのような夜だった。
僕は決してジェットコースターが嫌いなわけではないが、ひっきりなしに次から次へと絶叫系に乗せられた気分。
嫉妬させられて、不安になって
佑さんが女を扱う時の手法を垣間見て二度と近づくまいと誓って
陽介さんに、安心した。
頭を撫でる大きな手のひらも、熱の孕んだ目もしつこいくらいに絡みたがる唇も、怖いけど嫌じゃない。
秘密がばれるのは時間の問題じゃなかろうか、とふと思った。
このまま一緒にいればきっと、僕の方から露見させてしまう気がする。
それでも、いいかもしれない、と少し諦めの境地に立たされた心持で、だけど不快でもない。
本当の性別も、ひた隠しにしてきた、僕の
佑さんも知らない事実
当てつけることしかできなかった、醜くて弱い自分を
あなたになら、言ってもいい。
ぴし、と殻の割れる音を聞く。
この殻を全部壊せたら、僕はやっと歩き出せるのかもしれない。
もうずっと会っていない幼馴染から結婚式の招待状が届いたのは、それから三日後のことだった。
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