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月と太陽7
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――――――――
グラスを一つ一つ磨いては、棚に並べる。
傍らでは佑さんが水を出しっぱなしにしながら流し台を洗っている。
「佑さんこまめに水止めなよ」
「お? ああ、悪い」
あの二人が結構長く飲んでいったけど、やはり予想通り今日はあまり客は入らなかった。
余りよろしくない数字だ。
黙々とグラスを磨いていると、流し台を洗い終えたのかダスターで周辺を拭きながら佑さんがぼそりと言った。
「気にしてんのか、浩平に言われたこと」
「……別に」
「嘘つけー」
「……うるさい」
陽介さんが機嫌を直した後(彼から見れば、機嫌を直したのは僕の方だと言うだろうが)気が抜けたのかお手洗いで席を立った時だった。
浩平さんは、このために今日店に来たんだろう。
彼と少し話をした。
「陽介は、馬鹿だけどめちゃくちゃいい奴です」
突然、僅かな時間も惜しむように切り出されたのは、陽介さんが戻るまでに言いたいことを言ってしまいたかったのだろう。
「そうですね。それはよく、わかります」
「応えるつもりもないなら、さっさと振ってやってください」
「僕は、ちゃんと断ってるつもりですが」
それでもお構いなしに纏わりついて来るのが、彼であって。
浩平さんの主張は、少々お門違いではないだろうかと鼻白む。
「慎さんと知り合ってから、あいつ急に付き合いも悪くなったんです。仲間内の飲み会にも来なくなって」
「……そうなんですか」
まるでとぼけたような相槌になってしまったが、思えば確かにそうだろう。
彼は週末の殆ど、それだけでなく平日でもちょくちょくこの店に顔を出していて、仕事と睡眠以外のかなりの時間をここで費やしているようには感じていた。
ともすれば、睡眠の時間さえ。
番犬扱いで佑さんが多少まけてはいるものの、彼の懐具合が心配にもなってきているところだった。
それだけでなく……身体の方も。
「俺は友達だし、慎さんが心配するような変な噂たてたりなんかしませんけど」
「……」
「けど、男相手の恋愛なんて賛成できません。慎さん、ゲイってわけじゃないんでしょう。さっさと次へ行けるように、引導渡してやってください」
今日会ってから、少しも好意的な空気を見せなかった彼だが、その時だけはきっちりと頭を下げて見せた。
真剣なその様子に、僕は何も言い返すことができなかった。
話していて、よく伝わってきた。
彼は、陽介さんにとって本当に良い友人で信頼できる人なんだろう。
だからこそ、陽介さんも僕とのことを話したのだろうと思う。
「……心配して当然だよな」
「そうだな」
思い出して呟いた僕の言葉を、佑さんが拾って相槌を打つ。
大事な友人が、本来なら普通の恋愛ができるものを逸れた道筋を歩こうとしている。
浩平さんの言い分は、尤もだ。
最後のグラスを磨き終えて、凝った肩を軽く回して溜め息をつく。
一区切りを待っていたかのように佑さんが「なあ」と声をかけてきた。
「何?」
「全部解決する方法、わかってるよな」
わかってる。
わかっているけど、それは。
「その年季の入った殻、ぶっ壊しちまえば。ヤキモチ妬くくらいには、気に入ってんだろ」
「……るさい」
陽介さんと恋愛をする。
その前提で語る佑さんが、鬱陶しい。
ほっといてほしい。
年季が入ってるからこそ、そう簡単にはぶち壊せない。
それに、彼が好きになったのは、男の僕であって。
元々の恋愛対象は女なのだから問題ない、というそんな単純なものでもないだろう、と思う。
男も女も関係なく。
それは、本当に?
男の僕に惹かれたからこそ、出た言葉じゃないのだろうか?
踏み出すには勇気がいる。
色々と。
ここまでこじらせて来たのだ、今更簡単にいくわけないだろう。
陽介さんが絡むと何かと煽る一方の佑さんに、ウンザリと溜め息がでた。
ほんとに空気の読めないオヤジめ。
だから姉さんに振られたに違いない。
大体いつも佑さんは、人を茶化してみたり放置してみたりして眺めては楽しそうで……あの性格はなんとかならないものか。
ぶちぶちと佑さんに愚痴を溢したその時、はた、とあることに気が付いた。
……いやいや。ちょっと待て。
いつのまにか、流されてないか。
カウンターテーブルに両肘をついて、上半身を預けながら頭を抱える。
秘密を打ち明ければ、僕と陽介さんがどうにかなるという前提の話になってないか。
いつの間にそんな、『前向きに検討します』みたいな思考回路になってんだ!
愕然としていると、ゴミ袋をまとめていた佑さんに顔を覗き込まれ。
にやっと笑われて苛っとした。
「いいか、迷うって時点ですでにアレなんだよ」
「アレってなんだよ」
「アレって言ったらアレだよ」
「……鬱陶しいよ! ニヤニヤ笑うな!」
声を荒げた僕に、佑さんが肩を竦めて逃げていく。
別に迷ってるわけじゃないっつの、ただ。
僕が陽介さんを……どう思っているかが、大事なのであって。
ウザい暑苦しいと思うこともあるけれど、近くに居ることにはいつのまにか随分慣れた。
じゃあ、この先どうしたいか。
このままでいい、このままがいい。
そう思ってしまうのに、浩平さんの言葉が頭を過るとそうもいかない。
考えていると、段々と頭も重くなってきて、思考を放棄したくなってくる。
「……疲れる」
そもそもこんな追い詰められて、急き立てられて考えることだろうか。
重々しく溜息を付き、落ち着きそうにない思考回路を一度手離すことにした。
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グラスを一つ一つ磨いては、棚に並べる。
傍らでは佑さんが水を出しっぱなしにしながら流し台を洗っている。
「佑さんこまめに水止めなよ」
「お? ああ、悪い」
あの二人が結構長く飲んでいったけど、やはり予想通り今日はあまり客は入らなかった。
余りよろしくない数字だ。
黙々とグラスを磨いていると、流し台を洗い終えたのかダスターで周辺を拭きながら佑さんがぼそりと言った。
「気にしてんのか、浩平に言われたこと」
「……別に」
「嘘つけー」
「……うるさい」
陽介さんが機嫌を直した後(彼から見れば、機嫌を直したのは僕の方だと言うだろうが)気が抜けたのかお手洗いで席を立った時だった。
浩平さんは、このために今日店に来たんだろう。
彼と少し話をした。
「陽介は、馬鹿だけどめちゃくちゃいい奴です」
突然、僅かな時間も惜しむように切り出されたのは、陽介さんが戻るまでに言いたいことを言ってしまいたかったのだろう。
「そうですね。それはよく、わかります」
「応えるつもりもないなら、さっさと振ってやってください」
「僕は、ちゃんと断ってるつもりですが」
それでもお構いなしに纏わりついて来るのが、彼であって。
浩平さんの主張は、少々お門違いではないだろうかと鼻白む。
「慎さんと知り合ってから、あいつ急に付き合いも悪くなったんです。仲間内の飲み会にも来なくなって」
「……そうなんですか」
まるでとぼけたような相槌になってしまったが、思えば確かにそうだろう。
彼は週末の殆ど、それだけでなく平日でもちょくちょくこの店に顔を出していて、仕事と睡眠以外のかなりの時間をここで費やしているようには感じていた。
ともすれば、睡眠の時間さえ。
番犬扱いで佑さんが多少まけてはいるものの、彼の懐具合が心配にもなってきているところだった。
それだけでなく……身体の方も。
「俺は友達だし、慎さんが心配するような変な噂たてたりなんかしませんけど」
「……」
「けど、男相手の恋愛なんて賛成できません。慎さん、ゲイってわけじゃないんでしょう。さっさと次へ行けるように、引導渡してやってください」
今日会ってから、少しも好意的な空気を見せなかった彼だが、その時だけはきっちりと頭を下げて見せた。
真剣なその様子に、僕は何も言い返すことができなかった。
話していて、よく伝わってきた。
彼は、陽介さんにとって本当に良い友人で信頼できる人なんだろう。
だからこそ、陽介さんも僕とのことを話したのだろうと思う。
「……心配して当然だよな」
「そうだな」
思い出して呟いた僕の言葉を、佑さんが拾って相槌を打つ。
大事な友人が、本来なら普通の恋愛ができるものを逸れた道筋を歩こうとしている。
浩平さんの言い分は、尤もだ。
最後のグラスを磨き終えて、凝った肩を軽く回して溜め息をつく。
一区切りを待っていたかのように佑さんが「なあ」と声をかけてきた。
「何?」
「全部解決する方法、わかってるよな」
わかってる。
わかっているけど、それは。
「その年季の入った殻、ぶっ壊しちまえば。ヤキモチ妬くくらいには、気に入ってんだろ」
「……るさい」
陽介さんと恋愛をする。
その前提で語る佑さんが、鬱陶しい。
ほっといてほしい。
年季が入ってるからこそ、そう簡単にはぶち壊せない。
それに、彼が好きになったのは、男の僕であって。
元々の恋愛対象は女なのだから問題ない、というそんな単純なものでもないだろう、と思う。
男も女も関係なく。
それは、本当に?
男の僕に惹かれたからこそ、出た言葉じゃないのだろうか?
踏み出すには勇気がいる。
色々と。
ここまでこじらせて来たのだ、今更簡単にいくわけないだろう。
陽介さんが絡むと何かと煽る一方の佑さんに、ウンザリと溜め息がでた。
ほんとに空気の読めないオヤジめ。
だから姉さんに振られたに違いない。
大体いつも佑さんは、人を茶化してみたり放置してみたりして眺めては楽しそうで……あの性格はなんとかならないものか。
ぶちぶちと佑さんに愚痴を溢したその時、はた、とあることに気が付いた。
……いやいや。ちょっと待て。
いつのまにか、流されてないか。
カウンターテーブルに両肘をついて、上半身を預けながら頭を抱える。
秘密を打ち明ければ、僕と陽介さんがどうにかなるという前提の話になってないか。
いつの間にそんな、『前向きに検討します』みたいな思考回路になってんだ!
愕然としていると、ゴミ袋をまとめていた佑さんに顔を覗き込まれ。
にやっと笑われて苛っとした。
「いいか、迷うって時点ですでにアレなんだよ」
「アレってなんだよ」
「アレって言ったらアレだよ」
「……鬱陶しいよ! ニヤニヤ笑うな!」
声を荒げた僕に、佑さんが肩を竦めて逃げていく。
別に迷ってるわけじゃないっつの、ただ。
僕が陽介さんを……どう思っているかが、大事なのであって。
ウザい暑苦しいと思うこともあるけれど、近くに居ることにはいつのまにか随分慣れた。
じゃあ、この先どうしたいか。
このままでいい、このままがいい。
そう思ってしまうのに、浩平さんの言葉が頭を過るとそうもいかない。
考えていると、段々と頭も重くなってきて、思考を放棄したくなってくる。
「……疲れる」
そもそもこんな追い詰められて、急き立てられて考えることだろうか。
重々しく溜息を付き、落ち着きそうにない思考回路を一度手離すことにした。
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