優しさを君の傍に置く

砂原雑音

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酔っぱらいの妄想か勘違いかもしくはこれがひとめぼれ1

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*************

ちょっとまて あれは男だ
  目を覚ませ 俺

(陽介心の俳句、的な)
*************


隣の男が青い顔をしたのは、それから三杯目の時だった。
俺の前には、綺麗に空のグラスが置かれているのに対し、そいつが漸う置いたグラスにはまだ中身が半分ほど残っていた。


「ちょっと、翔さん。もう無理しない方がいいですよ」


慎さんがそのグラスを遠ざけて、水のグラスを差し出した。

いよっしゃ!
と、ひそかにカウンターの下でガッツポーズをする。
互いに言葉はなくとも目と目の会話で始まった意地の張り合いは、どうやら俺の勝利で片付きそうだ。

つってもやばかった。
俺の方も多分あともう一杯いかれれば、無理だった。
そう素直に認めるくらいに、視界はグラグラ揺れていて頭も瞼も異様に重かった。

こん、と音がして俺の目の前にもグラスが置かれた。
多分、水だ。


「ほんと、馬鹿ですか貴方たち」
「いやいや煽ったのアンタだから」


絶対、わかってて調子乗らせたろ。

グラスに口を付けて、中のひやりと冷たい液体を流し込む。
やっぱり、水だった。

散々アルコールを流し込んだのに(というより明らかにその所為で)ひどく乾いた喉に心地よい。


「まさかここまで張り合うとは思わなかったんですよ」


軽く肩を竦めて飄々と言ってのけるこの男は、絶対確信犯だ。
性質が悪い。

彼は佑さんと軽く言葉を交した後、カウンターから出てきて隣の男に近寄った。


「ほら、翔さん。今タクシー呼びましたから……来るまでに水飲んで少しでも覚ましてください」


背中をさすりながら促すと、男は突っ伏していた顔を上げてのろのろと水のグラスに手を伸ばす。
だがその手が余りにも不安定で、察した慎さんが自分の手も添わせて口許までグラスを運ぶ。

あ……くそ。
なんかわからんけど、なんか腹立つ。

それにこれじゃ、まるで俺が悪者みたいじゃねえか。
あ、だから腹が立つのか。


妙に甲斐甲斐しく見える慎さんと世話される男の構図にいらっと来て、そっぽを向いた。
それでも、二人の会話は当然聞こえてくる。


「やべ……まじで飲み過ぎた」
「もう……仕方ない人ですね」
「うるせ」

「あ、待ってください。タクシーが来るには多分まだ……」
「いい。外で風にあたってる」


そんな言葉と同時に、二人がカウンターを離れる気配がした。

なぜだか湧き上がってくる、焦燥感。
子供染みた勝負をした責任が俺にもあるからだと結論付けて、振り向いた。
そこそこ背の高い男の肩を慎さんが支えるようにして、外へと向かっているところだった。


「俺、支えましょうか」
「何言ってるんですか。二人してフラフラされたら僕で支えられるわけないでしょ」


と、呆れた顔をされた上に、今現在フラフラの男にえらい嫌そうな目で睨まれたので、内心舌打ちをしながら黙って見送る。

男の腕が、慎さんの背中から脇腹に添うのが妙に親し気で図々しい。

なんだ、あいつ。
あんなにくっついて、そっちの趣味かよ。
と、心の中で悪態をついていて、ふと思い出したのだ。


『あの人目当てで来るの、女だけじゃないって話。所謂あっちの人? そん中でも特に熱心なのが一人いるとかなんとか』


浩平が、そう言っていたことを。

”そんなかでも、特に熱心な”

その部分が頭の中で妙に強調されリピートする。

慎さんを口説こうと熱心な男がいるらしい。
酔った頭の短絡思考は、そいつと今慎さんが付き添っていった男と直結した。
別に決め手なんかないのに、何故かそうだと確信していて、俺は慌ててカウンターを離れる。


「陽介? どこ行くんだよ」
「え、あー……酔い覚ましに、煙草。外で吸ってくる」


と、胸ポケットに入れた煙草の箱をスーツの上から叩いて見せると、そのまま早足で扉の外に出た。

時刻はもうかなり遅い。
段々と通りの人も疎らになってくるだろう時間だった。

店内よりも少しひやりとした空気を感じながら、目の前の階段を駆け上がる。

いや、俺が行ったところで、どうすんだよ。
そんな疑問も確かにあったが、足が止まらなかった。

そもそも慎さんはどっちなんだ。
女に接する時の柔らかい物腰、男の客に接する時よりも少し優しい気がする表情、それらを見てると普通に女が好きなんだろうな、とは思うけど。

階段を上りきると、そこには誰もいなかった。

てっきり、タクシーは店の真ん前に来るんだろうと思っていたが、違ったのか。
周囲を見渡しても二人の姿は見えなかったが、五、六メートルほど行った先に路側帯が少し広くなったところがあった。

タクシーを停めるならそこか、と足を進める。
すぐ傍まで近づいた時だった。

路に面した店と店の間に細く小さな路地があり、そこから微かな人の声が聞こえた。


「……困ります。そんなこと言われても」


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