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皇弟の思惑と貴族令嬢の計算

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 話を逸らされてしまった。が、こちらも微笑んではぐらかす。


「まあ。そんな大層なものではございません」
「奪うなんて、わたくしにできることではございませんもの」
「確かにな。悪女というにはかわいらしい。あのような自作自演に後れを取るようでは」


 その言葉に、わずかに口角がぴくりと反応してしまった。
 ダリアの自作自演だったことが彼にはわかっている。ということは、アンジェとダリアのやりとりをほぼ最初から見ていたに違いない。先に煽ったのがアンジェだということも彼は知っている。

 この男が、一筋縄ではいかないということはわかっていた。それでもアンジェがローレン家から逃れる手段になりえる人物だ。彼の協力を得るには、女として彼の庇護を求めるのが可能かどうかはさておいて手っ取り早い。だというのに、しっかり本性を見られてしまったらしい。


 仕方ない。これは、もう無意味だわ。


 すっぱりと諦めると、淑女の仮面を剥がすみたいに微笑みを消す。ふいっと窓の外へ目を向けて肩を竦めた。


「仕方ありませんわ。王太子殿下のお出ましには敵いません」


 もう、ジルベルト相手に猫を被っても通用しない。となればいちかばちか素を晒すのが一番か、とそんな計算をしていたからか。次のジルベルトの言葉に、アンジェは見事に反応してしまった。


「悔しくはないのか、あの程度の女に奪われて」


 ……あの程度。

 それはあの令嬢を貶めるような言葉で、アンジェは微かに眉を上げる。自分は良いのだ、家格の差はあれど同じ貴族令嬢でありある意味対等である。だがしかし、彼が言うのは違う。それはアンジェの持つ独特の矜持に基づく考えでもあるのだが。


「まあ。これは異なことをおっしゃいます。彼女には私、感服いたしておりましたのに」


 少々大袈裟なくらいに驚いてみせた。


「呆然としていたではないか?」
「確かに、驚いてはいましたけれど」


 やられた、とも思った。カーライルの隣から勝ち誇った笑みを向けてくるダリアには、腹も立っていた。だが、それ以上に感じていたことがある。
 アンジェはダリアが好きではない。恋敵の立場でもあったが、決して見下しているわけでもなかった。テラスでの彼女を思い出す。それまでのやりとりを見ていた人間にとっては茶番であっただろうが、あの思い切りの良さと度胸にアンジェは感心していた。


「あれほどの早さで涙を流して見せるなんて、私ならもう少し時間がかかりますわ。しかも美しい見事な泣き顔でした」


 身を乗り出して力説すれば、ジルベルトの方こそテラスでのアンジェに負けないほど呆気に取られていた。これは決して、アンジェの強がりなどではない。本気でそう思っている。


「貴族令嬢にとって、政略結婚は当たり前。良い家に嫁いでこそ役に立つのだと教育をされて育つのです。社交界で美しく着飾り、殿方の心を射止めるのは貴族令嬢にとって家から課せられた義務であり、己を守る術。女性同士、敵対する立場になれば戦うのが当たり前、ですがそのように殿方に悪く言われる筋合いはございません。第一、そのような貴族社会を作り維持し続けているのは男性ではありませんか」


 日頃彼女自身が理不尽だと感じている部分でもあり、つい感情的になってしまう。しかもこれは、ジルベルトにとって八つ当たりにほかならない。何せ彼は、マーレの人間ではないのだから。
 

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