8 / 9
皇弟の思惑と貴族令嬢の計算
2-2
しおりを挟む
話を逸らされてしまった。が、こちらも微笑んではぐらかす。
「まあ。そんな大層なものではございません」
「奪うなんて、わたくしにできることではございませんもの」
「確かにな。悪女というにはかわいらしい。あのような自作自演に後れを取るようでは」
その言葉に、わずかに口角がぴくりと反応してしまった。
ダリアの自作自演だったことが彼にはわかっている。ということは、アンジェとダリアのやりとりをほぼ最初から見ていたに違いない。先に煽ったのがアンジェだということも彼は知っている。
この男が、一筋縄ではいかないということはわかっていた。それでもアンジェがローレン家から逃れる手段になりえる人物だ。彼の協力を得るには、女として彼の庇護を求めるのが可能かどうかはさておいて手っ取り早い。だというのに、しっかり本性を見られてしまったらしい。
仕方ない。これは、もう無意味だわ。
すっぱりと諦めると、淑女の仮面を剥がすみたいに微笑みを消す。ふいっと窓の外へ目を向けて肩を竦めた。
「仕方ありませんわ。王太子殿下のお出ましには敵いません」
もう、ジルベルト相手に猫を被っても通用しない。となればいちかばちか素を晒すのが一番か、とそんな計算をしていたからか。次のジルベルトの言葉に、アンジェは見事に反応してしまった。
「悔しくはないのか、あの程度の女に奪われて」
……あの程度。
それはあの令嬢を貶めるような言葉で、アンジェは微かに眉を上げる。自分は良いのだ、家格の差はあれど同じ貴族令嬢でありある意味対等である。だがしかし、彼が言うのは違う。それはアンジェの持つ独特の矜持に基づく考えでもあるのだが。
「まあ。これは異なことをおっしゃいます。彼女には私、感服いたしておりましたのに」
少々大袈裟なくらいに驚いてみせた。
「呆然としていたではないか?」
「確かに、驚いてはいましたけれど」
やられた、とも思った。カーライルの隣から勝ち誇った笑みを向けてくるダリアには、腹も立っていた。だが、それ以上に感じていたことがある。
アンジェはダリアが好きではない。恋敵の立場でもあったが、決して見下しているわけでもなかった。テラスでの彼女を思い出す。それまでのやりとりを見ていた人間にとっては茶番であっただろうが、あの思い切りの良さと度胸にアンジェは感心していた。
「あれほどの早さで涙を流して見せるなんて、私ならもう少し時間がかかりますわ。しかも美しい見事な泣き顔でした」
身を乗り出して力説すれば、ジルベルトの方こそテラスでのアンジェに負けないほど呆気に取られていた。これは決して、アンジェの強がりなどではない。本気でそう思っている。
「貴族令嬢にとって、政略結婚は当たり前。良い家に嫁いでこそ役に立つのだと教育をされて育つのです。社交界で美しく着飾り、殿方の心を射止めるのは貴族令嬢にとって家から課せられた義務であり、己を守る術。女性同士、敵対する立場になれば戦うのが当たり前、ですがそのように殿方に悪く言われる筋合いはございません。第一、そのような貴族社会を作り維持し続けているのは男性ではありませんか」
日頃彼女自身が理不尽だと感じている部分でもあり、つい感情的になってしまう。しかもこれは、ジルベルトにとって八つ当たりにほかならない。何せ彼は、マーレの人間ではないのだから。
「まあ。そんな大層なものではございません」
「奪うなんて、わたくしにできることではございませんもの」
「確かにな。悪女というにはかわいらしい。あのような自作自演に後れを取るようでは」
その言葉に、わずかに口角がぴくりと反応してしまった。
ダリアの自作自演だったことが彼にはわかっている。ということは、アンジェとダリアのやりとりをほぼ最初から見ていたに違いない。先に煽ったのがアンジェだということも彼は知っている。
この男が、一筋縄ではいかないということはわかっていた。それでもアンジェがローレン家から逃れる手段になりえる人物だ。彼の協力を得るには、女として彼の庇護を求めるのが可能かどうかはさておいて手っ取り早い。だというのに、しっかり本性を見られてしまったらしい。
仕方ない。これは、もう無意味だわ。
すっぱりと諦めると、淑女の仮面を剥がすみたいに微笑みを消す。ふいっと窓の外へ目を向けて肩を竦めた。
「仕方ありませんわ。王太子殿下のお出ましには敵いません」
もう、ジルベルト相手に猫を被っても通用しない。となればいちかばちか素を晒すのが一番か、とそんな計算をしていたからか。次のジルベルトの言葉に、アンジェは見事に反応してしまった。
「悔しくはないのか、あの程度の女に奪われて」
……あの程度。
それはあの令嬢を貶めるような言葉で、アンジェは微かに眉を上げる。自分は良いのだ、家格の差はあれど同じ貴族令嬢でありある意味対等である。だがしかし、彼が言うのは違う。それはアンジェの持つ独特の矜持に基づく考えでもあるのだが。
「まあ。これは異なことをおっしゃいます。彼女には私、感服いたしておりましたのに」
少々大袈裟なくらいに驚いてみせた。
「呆然としていたではないか?」
「確かに、驚いてはいましたけれど」
やられた、とも思った。カーライルの隣から勝ち誇った笑みを向けてくるダリアには、腹も立っていた。だが、それ以上に感じていたことがある。
アンジェはダリアが好きではない。恋敵の立場でもあったが、決して見下しているわけでもなかった。テラスでの彼女を思い出す。それまでのやりとりを見ていた人間にとっては茶番であっただろうが、あの思い切りの良さと度胸にアンジェは感心していた。
「あれほどの早さで涙を流して見せるなんて、私ならもう少し時間がかかりますわ。しかも美しい見事な泣き顔でした」
身を乗り出して力説すれば、ジルベルトの方こそテラスでのアンジェに負けないほど呆気に取られていた。これは決して、アンジェの強がりなどではない。本気でそう思っている。
「貴族令嬢にとって、政略結婚は当たり前。良い家に嫁いでこそ役に立つのだと教育をされて育つのです。社交界で美しく着飾り、殿方の心を射止めるのは貴族令嬢にとって家から課せられた義務であり、己を守る術。女性同士、敵対する立場になれば戦うのが当たり前、ですがそのように殿方に悪く言われる筋合いはございません。第一、そのような貴族社会を作り維持し続けているのは男性ではありませんか」
日頃彼女自身が理不尽だと感じている部分でもあり、つい感情的になってしまう。しかもこれは、ジルベルトにとって八つ当たりにほかならない。何せ彼は、マーレの人間ではないのだから。
0
お気に入りに追加
158
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる