悪役ヒロイン、隣国の皇弟殿下にスカウトされる

砂原雑音

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真実の愛、その末路

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 王城の夜会会場で、人々の視線と話題を集めているのはこの国の王太子殿下だった。細身で背が高く金髪碧眼の美青年は、この国マーレの貴族令嬢にとって憧れの的だ。マーレ国王唯一の嫡子、カーライル王太子殿下の視線が熱心に注がれているのは、『今は』一体誰なのか。


「ごらんになって、美しい銀髪がまるで白薔薇の精のよう」
「男爵家の御令嬢と聞いてますわ。随分と贅を凝らしたドレスをお召しになって……」
「殿下が贈られたのではなくて? ずいぶんと御執心ですこと」


 羨望と嫉妬が入り混じる女性たちの噂話はやがて、壁際でひとり立つアンジェリカにわざとらしく向けられるのだ。侮蔑と嘲笑を滲ませて。


「……お気の毒なのは、アンジェリカ様よ」
「仕方ないのではなくて? 殿下の御心の移ろいを、咎めることなんてできませんもの」


 気の毒だと言いながら、会話の途中で小さな笑い声が混じって聞こえる。アンジェリカ・ローレンはただ静かに微笑みを浮かべ、誰とも目を合わさぬようにして背筋を伸ばした。

 嘲りの理由は、つい二か月ほど前までカーライル殿下の隣に立っていたのは何を隠そうアンジェリカだからだ。それと、もうひとつ。


「以前はあの方の姉君であるクリスティナ様が、殿下の婚約者だったのですもの。それを奪ったのだから……文句を言えるわけがありませんわ」


 アンジェリカの肩が小さく震えた。
 ただの噂話ではない、それは確かな真実だ。アンジェリカは一年前、義姉でありローレン公爵家の長女クリスティナ・ローレンから、王太子殿下の婚約者という立場を奪った。
 彼女は、誰よりも王太子妃という立場に相応しい人物であったというのに。

 その頃のことを思い出して、アンジェはいよいよ表情を保っていられなくなる。ちらりと女性の輪へと視線を投げると、すぐに目を逸らして会場内を壁に沿って移動しはじめた。


 どうして、みんな気づかないの。いえ、本当はわかっていて嘲笑っているんだわ。だって他人の醜聞ほど面白いことはないものね……!


 唇を噛み、閉じた扇を強く握りしめる。すっかり孤立した社交界に自分の居場所はない。

 クリスティナは月明りを紡いだような銀髪と涼やかなアイスブルーの瞳を持つ、美しさも聡明さにおいても非の打ちどころのない淑女だった。その彼女を王太子妃候補の座から追いやったアンジェは、今となってはすっかり悪女呼ばわりされている。
 その頃は姉よりも似合いだと周囲に持て囃されていたにも関わらず。

 だが、アンジェは言いたい。そこかしこで自分を笑っている淑女たちに言いたかった。王太子に言い寄られ、ただの公爵家の養女がどうして逆らえると思うのか。


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