1 / 9
真実の愛、その末路
1-1
しおりを挟む
王城の夜会会場で、人々の視線と話題を集めているのはこの国の王太子殿下だった。細身で背が高く金髪碧眼の美青年は、この国マーレの貴族令嬢にとって憧れの的だ。マーレ国王唯一の嫡子、カーライル王太子殿下の視線が熱心に注がれているのは、『今は』一体誰なのか。
「ごらんになって、美しい銀髪がまるで白薔薇の精のよう」
「男爵家の御令嬢と聞いてますわ。随分と贅を凝らしたドレスをお召しになって……」
「殿下が贈られたのではなくて? ずいぶんと御執心ですこと」
羨望と嫉妬が入り混じる女性たちの噂話はやがて、壁際でひとり立つアンジェリカにわざとらしく向けられるのだ。侮蔑と嘲笑を滲ませて。
「……お気の毒なのは、アンジェリカ様よ」
「仕方ないのではなくて? 殿下の御心の移ろいを、咎めることなんてできませんもの」
気の毒だと言いながら、会話の途中で小さな笑い声が混じって聞こえる。アンジェリカ・ローレンはただ静かに微笑みを浮かべ、誰とも目を合わさぬようにして背筋を伸ばした。
嘲りの理由は、つい二か月ほど前までカーライル殿下の隣に立っていたのは何を隠そうアンジェリカだからだ。それと、もうひとつ。
「以前はあの方の姉君であるクリスティナ様が、殿下の婚約者だったのですもの。それを奪ったのだから……文句を言えるわけがありませんわ」
アンジェリカの肩が小さく震えた。
ただの噂話ではない、それは確かな真実だ。アンジェリカは一年前、義姉でありローレン公爵家の長女クリスティナ・ローレンから、王太子殿下の婚約者という立場を奪った。
彼女は、誰よりも王太子妃という立場に相応しい人物であったというのに。
その頃のことを思い出して、アンジェはいよいよ表情を保っていられなくなる。ちらりと女性の輪へと視線を投げると、すぐに目を逸らして会場内を壁に沿って移動しはじめた。
どうして、みんな気づかないの。いえ、本当はわかっていて嘲笑っているんだわ。だって他人の醜聞ほど面白いことはないものね……!
唇を噛み、閉じた扇を強く握りしめる。すっかり孤立した社交界に自分の居場所はない。
クリスティナは月明りを紡いだような銀髪と涼やかなアイスブルーの瞳を持つ、美しさも聡明さにおいても非の打ちどころのない淑女だった。その彼女を王太子妃候補の座から追いやったアンジェは、今となってはすっかり悪女呼ばわりされている。
その頃は姉よりも似合いだと周囲に持て囃されていたにも関わらず。
だが、アンジェは言いたい。そこかしこで自分を笑っている淑女たちに言いたかった。王太子に言い寄られ、ただの公爵家の養女がどうして逆らえると思うのか。
「ごらんになって、美しい銀髪がまるで白薔薇の精のよう」
「男爵家の御令嬢と聞いてますわ。随分と贅を凝らしたドレスをお召しになって……」
「殿下が贈られたのではなくて? ずいぶんと御執心ですこと」
羨望と嫉妬が入り混じる女性たちの噂話はやがて、壁際でひとり立つアンジェリカにわざとらしく向けられるのだ。侮蔑と嘲笑を滲ませて。
「……お気の毒なのは、アンジェリカ様よ」
「仕方ないのではなくて? 殿下の御心の移ろいを、咎めることなんてできませんもの」
気の毒だと言いながら、会話の途中で小さな笑い声が混じって聞こえる。アンジェリカ・ローレンはただ静かに微笑みを浮かべ、誰とも目を合わさぬようにして背筋を伸ばした。
嘲りの理由は、つい二か月ほど前までカーライル殿下の隣に立っていたのは何を隠そうアンジェリカだからだ。それと、もうひとつ。
「以前はあの方の姉君であるクリスティナ様が、殿下の婚約者だったのですもの。それを奪ったのだから……文句を言えるわけがありませんわ」
アンジェリカの肩が小さく震えた。
ただの噂話ではない、それは確かな真実だ。アンジェリカは一年前、義姉でありローレン公爵家の長女クリスティナ・ローレンから、王太子殿下の婚約者という立場を奪った。
彼女は、誰よりも王太子妃という立場に相応しい人物であったというのに。
その頃のことを思い出して、アンジェはいよいよ表情を保っていられなくなる。ちらりと女性の輪へと視線を投げると、すぐに目を逸らして会場内を壁に沿って移動しはじめた。
どうして、みんな気づかないの。いえ、本当はわかっていて嘲笑っているんだわ。だって他人の醜聞ほど面白いことはないものね……!
唇を噛み、閉じた扇を強く握りしめる。すっかり孤立した社交界に自分の居場所はない。
クリスティナは月明りを紡いだような銀髪と涼やかなアイスブルーの瞳を持つ、美しさも聡明さにおいても非の打ちどころのない淑女だった。その彼女を王太子妃候補の座から追いやったアンジェは、今となってはすっかり悪女呼ばわりされている。
その頃は姉よりも似合いだと周囲に持て囃されていたにも関わらず。
だが、アンジェは言いたい。そこかしこで自分を笑っている淑女たちに言いたかった。王太子に言い寄られ、ただの公爵家の養女がどうして逆らえると思うのか。
0
お気に入りに追加
162
あなたにおすすめの小説


なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開



悪役令嬢カテリーナでございます。
くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ……
気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。
どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。
40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。
ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。
40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

メリザンドの幸福
下菊みこと
恋愛
ドアマット系ヒロインが避難先で甘やかされるだけ。
メリザンドはとある公爵家に嫁入りする。そのメリザンドのあまりの様子に、悪女だとの噂を聞いて警戒していた使用人たちは大慌てでパン粥を作って食べさせる。なんか聞いてたのと違うと思っていたら、当主でありメリザンドの旦那である公爵から事の次第を聞いてちゃんと保護しないとと庇護欲剥き出しになる使用人たち。
メリザンドは公爵家で幸せになれるのか?
小説家になろう様でも投稿しています。
蛇足かもしれませんが追加シナリオ投稿しました。よろしければお付き合いください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる